「汚れているから隠してるんです……」 エデアール家の令嬢の私はカビだらけの服を着た彼が、なぜ自分の服を隠していたのか知らなかった。
「はーつまらないわ……」
もう何人目の男でしょうか? 私のことも大して知らずに一方的に婚約破棄ばかり申し上げてくる殿方は……。一体どうなっているのでしょう。家の名前でしか私は見てくれない殿方からそんなことをされる筋合いはございません。! そうだわ……窓からしか見たことのない庶民の生活でも見てみましょうか。
エデアール家の令嬢である私は、今日も今日とて庶民の生活を見に街へ繰り出す。そこで一人の青年と出会った。
「何をしているのです……?」
その青年を新聞紙で自分の服を隠している。
「あ、あの……」
ためらいがちなその言葉が私にはとてももどかしくて。
「もうもっと堂々としていなさい」
そう言って私は彼の新聞社を取り上げる。私は彼に自信がないからよくないのだと思った。だからこれはいいことだと思っていた。でも彼の服はカビだらけだった。
ボロ雑巾や布など、床を拭くときに使うものだと思っていた。それを自分の服として、身にまとっている人のことを私は知らなかった。その青年は黙ったままうつむいてしまった。
「……こんな汚らしいものを私に見せるんじゃありません、帰ります」
慌てて動揺してくだらない言葉が出ていた。そのまま城まで戻った時、私の判断は間違っていたのだと気付いた。
次の日何事もなかったかのように庶民は私に微笑みかける。でもその裏では着々と革命の準備が進んでいた。
これは些細なきっかけなのかもしれない。そう時間も経たぬうちに私は断罪を受ける。父のせい、母のせい、そもそもここに性をうけたことばかりがおかしかったのだ。でも今の私にはそんなことはどうでもいい。
その青年を探しに路地裏やら、私が普段行かないようなところを歩いていく。埃まみれたって構わない。とにかくあの青年に一言、もう一言謝りたかった。だがそんな青年は見つからない。何かが足元まで飛ばされてきた。あの時彼が持っていた新聞紙が落ちていた。その日付はつい数日前のもので……そこへまたあの青年が現れた。あの子……。
「つい先日は動揺してしまい失礼なことを……すいませんでした」
「……」
その青年は怯えていた。
「ずっとその服を着ていらっしゃるのですか?」
「え、ええ……」
「お待ちなさい」
私は自分のドレスの裾を断裁していく。
「滅相もないそんなこと……」
「いいのです、これくらいはさせてください」
私は習い事は一通りそことなくこなせる。こういうこともできなくはない。
「はい出来ました」
私より一回り小さいベスト。何もないよりはいいと思って小さな花飾りを胸元にあしらった。
「これでどうですか? これをせめてきていなさい」
「せめてものお詫びのしるしです」
「ありがとうございます」
その青年は実に嬉しそうにぴったりのサイズのその服を着て、はしゃいでいた。
「その服はどうするのです……もう捨てなさい」
青年はカビだらけの服を自分の家に持ち帰ろうとしていた。
「いえこれのおかげで……ご令嬢とお話することができたことができましたから♪…」
「そういうものなんですか」
物に魂が宿る。彼はそういう類のことを嫌いでないのかもしれない。
次の日革命は起きる。
何の前触れもなかった。私がのんきに町を歩いていることができたということは、私には大して関係のないことだと思っていた。だが父も母も断罪され、私は帰る場所なくなった。
「ここはどこなんですの……」
「お姫様ぜひあなただけでも……ぐあ!」
「もう遅いですよ……」
革命軍は私たちの喉元までその剣を突き刺す。なんでこんなことになってしまったのでしょうか……私がのんきに町を散策しに行っていたからでしょうか。
のどかな街にしたかったと今更ながら思うのでした。
これは後の話であるが、このご令嬢は革命の時のターゲットにはされていなかった。それは皮肉にも、日々いろんなことを観察し、国民に認識されていた、この人だからなのかもしれない。
逃げ出そうとする父母を革命軍は容赦なく切り刻んでいく。政治が失敗したからでしょうか? 国民への税の負担が重すぎたからでしょうか? 無知な私にはあまりわかりません……。もし利権を求めて革命を起こしたのならば、なんと愚かなことでしょうか。
未だ混迷の中のこの国は新たな歴史を迎えるのでしょう。そこに元貴族の私が入れる場所はありません。革命ということは少なからず王族に不満を持っていた人たちが行っていたことで、彼もそのうちの一人なのでしょうか……。もし彼がそうでなくても、彼のご両親はこのクーデターに参加していたりするのでしょうか。私が言えることではありませんがそれはあまり嬉しいことではありません。もしそうだとするのならば、私の喉元にその剣を届けて見せなさい。奥深くまで。私は喜んで受けましょう。
「庶民がカビだらけの服を着ねばならないことさえ、知らなかったこの私をその刃で断罪しなさい」
恋愛や賭け、遊びにうつつを抜かしていた私への裁きは、鋭く喉元まで届くのであった。
数日の上に革命は完了した。あの時、高らかに宣言した私の言葉を聞いた人が、何人いただろうか。もしいたのであるならば、その人たちが革命を成功させた時に、少しでも覚えていただければ幸いだと思いました……。そしてその中にあの人がいてくれたら……。
革命が成功した数年後。その王国はまた不穏の種火を迎える。誰が指揮を取ったのかわからぬまま、不幸な悪循環が国中を包んでいく。でもそれは誰も止められない。そんな些細な違いですら、日常の些細な違いですら分かり合えないような僕たちが、まったくもって身分の違う人たちの意識の違いを、ひとつひとつ紡いでいくことは難しいのかもしれない。