入学式 6
ちょうど教室の真ん中辺りの席の側で、それは繰り広げられていた。
「君みたいなモテる顔にルックスなら女の子とすぐに仲良くなれるからいいよ。しかし、僕らのような者が親しくなるには、勇気を振り絞って声をかけてだね・・・」
さも勉強一筋と言えそうな、綺麗に髪を切り揃えた眼鏡の男子生徒3人組の一人がそう言うと、相対する十哉はこう返す。
「いや、その話はわかったって。俺は別に親しく話しかけたりするのはいいと思うよ。だけど、見た感じ戸惑ってる女の子に3人がかりでラ○ンしようって持ちかけるのは止めなって。」
「じゃあ、どうやって親しくすればいいんだい!?どんな女の子たちだって、こんな僕たちとは親しくしてく・・ううっ。」
「八代くん、頑張って!負けちゃダメだよ!!」
「そうだ、高校生活で僕たちは生まれ変わるんだって言っていたじゃないか!」
説得を試みる十哉に対して、感情が高ぶり涙ぐむ眼鏡代表の八代くん。
そこですかさず、八代くんの後ろ左右に立つ太郎と次郎(勝手に命名)がエールを送る。
その側では、彼らの標的になった女の子だろう。
席に座ったまま、彼らを交互に見ておろおろしていた。
「ここは十哉に頑張ってもら…」
「だめ。頑張って行ってきて。」
現状を見た私がもう少し見守りたいとそう言うが、すぐ絢に一刀両断されてしまう。
…あの中に入っていくというだけで、私は心が挫けそうだ。
教室にいる生徒たちも、どうすることもできず遠巻きに見守っている。
不良なら対応したことはあるが、これは今までにないタイプだ。
進学校だからこうなるのだろうか?
「あ。おい、遥!こいつらどうにかしてくれ!」
十哉もどうしようか困り果てていたのだろう。目ざとくこちらに気づいて声をかけてきた。
見つけないでほしかった。
そう思って心の中でため息をつき、仕方ないので十哉のいるところまで歩いていった。
「女子が来たぞ。」
「きっと奴の彼女に違いない。」
八代くんの後ろで囁き合うように太郎と次郎が会話していたが、それは無視して八代くんに話しかける。
「なんでラ○ンしようって持ちかけたの?」
八代くんは、私を見ておどおどしていたが、逡巡したのちおずおずと言った。
「親しくなるには、まずラ○ンからだろう。」
当たり前じゃないかというように言われ、私はそれ当たり前じゃないからとすぐに切り返したくなった。
だが、先ほどの彼らのやり取りを思い出し、別の質問をしてみた。
「声をかけた子は、知ってる子なの?」
「始めて会った子だ。友人がいないのか、一人で座っていたので好機だと思ってラ○ンをしようと声をかけた。」
まあ、そういった判断はあながち親しくなるには正しいかなと思いつつも質問を続ける。
「その前に何か会話した?」
「いや?いるのか??」
驚いたように声をあげる八代くんに、これだけ不器用な人っているのかとはじめて会うタイプの人間に唖然としつつも、思ったことをそのまま伝える。
「会話もせずに急に教えてくださいは戸惑うよ。まず、たわいもない会話をして親しくならないと。」
「そ、そうなのか。」
今では真剣に私たちのやり取りを聞いていた太郎と次郎にも向けて、私は言葉を続けた。
「君達3人はどうやって仲良くなったの?急には友達にならないでしょう。話して仲良くなって、それから連絡取り合うのにラ○ン。」
「「「おおお!!!」」」
そう言うと、3人揃って感嘆の声をあげた。
いや、驚かれても普通のことです。内心そう思ったが、黙っておいた。
当初は引き下がってくれるか不安だったが、これで大丈夫だろう。
「すごいな、遥。メガネーズが納得したぞ。」
横で傍観していた十哉は、感心したように声を上げた。
すると、いつの間に来ていたのか、絢が私の隣に立って自慢げに言う。
「モテる山城くんより、異性の遥の方が納得するでしょう。」
「なら、なぜ異性の絢が行かないの。」
何故私が行かなきゃいけなかったのかと、じと目で絢を見ると、呆れた顔で言われた。
「だって私、行きたくないし。それに、私だと綺麗系だからまともに会話できないわよ、あの人たち。」
お人形のように可愛らしい絢だが、性格が顔に出てるため確かに気が強い綺麗系である。
彼らにとっては、確かにハードルが高いだろう。
しかし、そんな理由ではなんだか釈然としないと遥は思った。
だが、すぐ考え直す。
まあ、困っている女の子を守れたのだ。それでよしとしよう。
そう思い一人で満足していると、「あの…」と側で声がかかった。
声のした方を見ると、160ぐらいの身長の可愛らしい顔立ちの女の子が立っていた。
髪は肩にかかるくらい。くせっ毛なのかウェーブがかっていて、ウサギのようなくりくりの目が際立つ。
そんな小動物を彷彿とさせる少女の姿を見て、可愛い子だなと思いつつも返事をする。
「どうしたの?」
「あの、助けていただいてありがとうございました!」
私がにっこり笑って訊くと、少女は私の目を見てから深々と頭を下げた。
そこで、私はやっと気づく。
この子が八代くんたちに声をかけられた子だ。
強烈な会話に気を取られ過ぎて気付いてなかったが、確かに声をかけたくなる可愛さだ。
「八代くん達、急に迫ってきて大変だったでしょう?」
そう声をかけると、彼女は困ったような顔で笑いながら答えてくれた。
「声をかけてくれたのは嬉しかったんです。でも、急にラ○ンしてくださいと言われてビックリしてしまって。どうしたらいいかと困っていたら、彼が助けてくれたんです。」
そう言って、彼女は私の横にいる十哉を見て、十哉にも「ありがとうございました」と頭を下げた。
「まあ、携帯突きだして頭下げてるメガネーズに困り果てた顔でいたから気になって。」
うん、それは誰もが気になるだろう。だが、声はかけないはずだ。
しかし、そこを無視せずに声をかけるのが十哉らしいというか。なんというか。
まあ、私も似たようなことをしそうなので、人のことは言えないが。
でも、これだけ可愛い子だ。同じ中学の子もいただろうに誰も助けなかったのだろうか。
「どの中学から来たの?」
不思議に思って聞いてみると、疑問はすぐに解決した。
「私、違う県から引っ越して来たばっかりで。近隣から来てないんです。」
「だから1人で座ってたのね。」
横で話を聞いていた絢が、話に加わる。
「そうなんです。同じ中学からの子とみんな話してるから、話すきっかけがつかめなくて。」
しょんぼりした顔で話す少女に、私は同情した。それはなんとも心細いだろう。
そんな思いで彼女を見ていると、急に絢が言い出した。
「よかったじゃない、遥。これでお友だちができるわよ。」
「え?」
「あなたも同じクラスに友達いないって言ってたじゃない。ちょうどいいからなりなさい。」
「ちょっと、絢。」
ちょうどいいからなんて、何を言い出すんだと絢に言おうとする前に彼女が先に反応した。
「いいんですか!!」
少女が、期待に満ちた目でこちらを見てきた。
そんな目で見つめられると、私の返す言葉は決まっている。
「あなたが嫌でなければ、私は喜んで。」
可哀想な女の子は、放っておけない質である。
確かに、あまり言いたくはないが、絢の言うように調度良かったとも言えるし何かの縁だ。
「ぜひ、お願いします!よければ、みなさんともお友達になってもいいですか。」
十哉に絢と、側にいた麗くんを見て言う少女に、三人も頷く。
「別に構わない。」
「遥の友達は私の友達だから、大丈夫よ。」
「僕も、大丈夫だよ。」
そう三人が答えると余程嬉しかったのか、満面の笑顔で彼女は言った。
「嬉しいです。今日、友達ができるかずっと不安だったから。これからよろしくお願いします!」
またまた頭を下げる彼女に、私は笑った。
「そんなかしこまらなくて大丈夫。敬語も使わなくていいよ。私は土ヶ谷 遥っていうの。あなたの名前は?」
私の言葉に彼女は照れ笑いしつつも答えた。
「それもそうだよね。私は、空 光希。」
その名前を聞いて、私はあれ?と首を傾げた。どこかで聞いたことがある名前だと思ったのだ。
「光希ね。私は水沢 絢よ。この子は、弟の麗。分かりにくいから下の名前で呼んで。」
「わかった。絢ちゃんに麗くんだね。」
「俺は山城 十哉。十哉でいいよ。」
「じゃあ、私も光希で。」
などと自己紹介して笑いあってる傍らで、私は思い出そうと頭を巡らせた。
だが、上手く出てこない。
「土ヶ谷さんも、遥ちゃんって呼んでもいい?」
私を見て、無邪気に光希は笑顔で訊いてきた。
「いいよ、光希。」
私は慌てて悩んでいる顔を引っ込めて笑顔で答えると、それは嬉しそうな顔で光希はにっこり笑った。
「ありがとう、遥ちゃん!」
その顔を見て、私の頭の中であるものと合致した。
あれは、確か妹が見ていた・・
思い出すと、何だか体がフラフラしてきた。
「え?ちょっと、遥!!?」
「おい、遥!!」
そんな声が、私のすぐ側で聞こえる。
ああ、この声は絢と十哉の声だな。
そんなことをぼんやり思いながら、私の視界は暗転した。
投稿が遅くなりまして、申し訳ない。
少々私生活が忙しくなってしまい、今時分になりました。
でも、なんとか前の投稿から2カ月後にならなくてほっとしてます。
今回は逆に文章が長くなっております。その分、1話のみの投稿です。