芦の祭 15
「うわぁ、人がいっぱい。」
光希が、こっそり垂れ幕の隙間から覗いて呟く。
今は、開演の待ち時間。
人が殺到するだろうからと事前に抽選が行われて見事勝ち得た生徒たちが入場しているのだが、人数が多いので入場規制をかけているため時間がかかっているようだ。
ちなみに、生徒の家族は参加が基本少ないため、そのまま受付だ。
光希は現在、ローブ・ア・ラ・フランセーズという、これも18世紀のスタイルに身を包んでいた。
クリーム色にマーガレットが散りばめられたドレスで、袖や縁には同色のレースがあしらわれている。
そして、ストマッカーという胸当ての逆三角形の部分は、無地のオレンジ色を少し薄くした色で胸元にドレスと同じ柄のリボンがついていて、可憐なイメージに仕上がっている。
髪はそのままにして、マーガレットの髪留めを付けている。
「そんなに見つめると、余計に緊張するんじゃないか?」
そばにいた一兄が、心配そうに言った。
一兄の衣装は、相対する私と一緒の格好で色違いだ。
光沢のある黒色のジュストコールとキュロット(両方の縁にはグレーのバラの蔓など刺繍要り)に濃紺のジレには大輪の白いバラが描かれている。
確かに、登場して頭が真っ白にならないように、先に観客を見て慣れると言っていたが、見すぎのような気がする。
「光希、そのぐらいで・・」
私が声をかけようとすると、私たちの横を通りすぎようとしていた寿先輩が言う。
「この子、固まってるわよ?」
「え!!?」
慌てて光希にこっちを向かせて顔の前でヒラヒラさせるが、顔に血の気がなく何処か目が虚ろだ。
「本番前に、頭が真っ白になってる・・・。」
呆然と呟く私に、寿先輩は笑った。
「ふふ。面白いわね、この子。」
寿先輩の衣装も、光希とデザインはほぼ同じだ。
薄紫色のドレスで、袖や縁には同色のレースがあしらわれている。
そして、ストマッカーの部分は、白地に紫色のスミレの花が散りばめて描かれといた。
長い髪はシニヨンにして、気品で清楚なイメージだ。
「舞台に出る前になんて、始めて見たわ。」
「すみません。。」
正気に返った光希は、寿先輩の言葉に下を向き、顔は真っ赤だ。
それに対し、寿先輩は気にした素振りもなく伝える。
「初めての舞台だったら、仕方ないわ。それに、舞台でよりはマシだから気にしないで。」
寿先輩に会ってみると、噂通りの人物で、舞台への情熱が凄い人だった。
台本内で気になることがあれば花園さんに言う、演技内での指導で気に入らなければ水無月先輩と討論し、私たちにはアドバイスをくれる姉御肌の先輩だ。
「毎回言っているでしょう?本番も同じ、役になりきるの。そうしたら、練習の成果が出て、観客も気にならなくなるから。」
寿先輩が、いつもの口癖を言う。
「でも、寿先輩。役に入りきる前に、我に返りそうで怖いです。」
これに対し、光希もいつもの素直な思いを口にした。
光希に対してすごいと思うのは、誰に対しても物怖じせず素直に気持ちを言えることだ。
時々、今回みたいに素直すぎて大丈夫かとヒヤヒヤすることもあるが、自分で納得しないと動けないタイプのようで、相手の話を聞いて納得してから行動する。
「まあ、その気持ちもわからなくもないわ。」
この光希の性格を舞台の練習で皆わかっているため、寿先輩は気にした様子もなく受け止める。
「・・そうね。なら、あとは王子が頑張って。」
「へ!?」
突然私に話が振られ、私は素っ頓狂な声が出てしまう。
「寿先輩、なんで私・・。」
「ハムレットの彼女でしょう?私には無理みたいだから。頑張って、王子!」
それは、無茶ぶりと言うやつでは。
私は、寿先輩に促されて光希の前に立たされる。
寿先輩を見ると、ワクワクした目で私を見ていた。
「・・・・・・。」
時折、寿先輩はこうやって人に演技をさせて演技の参考にする。
本人がうまいんだからいいんじゃないかと私は思っているのだが、自分と違うことをするのを見ると勉強になるのだそうだ。
・・これがなければ、いい先輩で終わるのに。
「遥ちゃん、私は大丈夫だから!だから、気にしないで。」
光希は私に気を使って笑顔で言いながら両手を左右に振るが、すでに緊張しているのか笑顔は強張っているし、手の振り方はぎこちない。
ハムレットで、か。
そう思いながら、私は光希の両手をそっと両手で包み込んだ。
「え・・・?」
驚くオフィーリアに、僕は微笑みかけた。
「笑って、オフィーリア。いつもの天真爛漫な君でいて。失敗なんて、気にしなくていいんだ。」
「で、でもハムレット。私、・・・。」
オフィーリアは言い募ろうとするが、僕は強ばっているオフィーリアの手を、ぎゅっと強く握りこんだ。
「大丈夫。どんなことがあったって、僕が守ってあげる。心配いらないさ。いつもの一生懸命な君は、きっとみんなに伝わるから。」
「ハムレット・・・。」
「ね?」
僕はそう伝え、安心してもらえるようにオフィーリアに笑顔を向けて見つめ合った。
すると、オフィーリアの顔つきが、不安げなものから徐々にやる気に満ちたものに変わっていった。
「・・・うん。私、頑張るわ。ハムレット。」
「うん、一緒に頑張ろう。」
私は、これでひと安心とほっとして顔を横に向けると、爛々とした目の寿先輩と目が合った。
「ねえ、やっぱり」
「入りません。」
私は、何回目かになる寿先輩の入部勧誘をすっぱりと断った。




