思案する灰色の竜
レーゲンユナフは早朝に騎獣舎の前に立った。
丁度そこには騎獣の世話をする竜人がいた。
低い背で背伸びをするように騎獣の毛並みを整える幼竜。
未だ番のいない竜の証の白い髪は肩で切り揃えられた巻き毛。
騎獣飼育の専属として騎獣舎に配置された稀少な天竜の幼竜モステトリスだった。
天竜は竜人の中では珍しく獣が怯えない竜人である。
竜型となっても硬い鱗はなく。かわりに柔らかな長い獣毛と羽毛の中間のような毛に被われている珍しい竜だ。
食生も肉は好まず主に大気中の魔素を吸収し、それを活動源としている。
しかも、竜人の中では水竜に次いで気性が穏やかで安定している。
烈火のこどく荒い気性の火竜や全てを覆い、奪い尽くすような砂竜などの竜人が騎獣舎で働いた場合、騎獣達は本能的に畏れ、食欲不振、睡眠障害、自傷等の問題行動を起こすため天竜のモステトリスは期待の新人と歓待されている。
わずかな間だったがレーゲンユナフが街で開いていた食堂でも小さな巻き毛の幼竜の話はよく耳にしていた。
竜人は寿命が長く子どもが生まれにくい、そのため幼竜は常に皆の興味の的だ。
成体となったとはいえ、まだまだ成長途中。他の竜人から見たらまだ尻尾に殻をつけているような幼い竜人。しかも、あのメロデイアに猛烈に番だと言い寄り邪険に扱われているとなれば噂にもなろう。
「朝から勢がでるな。モステトリス」
「あっ!レーゲンユナフさん!」
声をかけるとモステトリスは箒を片手に走りより、「今日のは凄く出来がいいと思いますよ」と満面の笑みで青い瞳を細めた。
そして開け放たれた騎獣舎の扉の奥から篭を取り出してきた。
「ここ数日世話を俺と水竜が担当してたんです、余計な心労がなかったから絶対いい卵ですよ」
そう言ってモステトリスは篭をレーゲンユナフに手渡した。
騎獣舎の中では話に出た水竜だろうか、濃紺の髪の竜人が会釈をした。
渡された篭のなかかには産みたての卵。
「人族もそのまま食べるんですか?」
竜人は卵をそのまま食べることが多い、竜体の場合などは殻ごとまるのみも当たり前だ。けれど、あの小さな人族の少女にそれが出来るようには思えないそう言って…モステトリスは不思議そうに首を傾げた。
「いや、人族は卵をする生のままは食べないな、加熱したり菓子にしたり色々な使い方をするな」
「へぇ~そうなんですね」
ニコニコと笑うモステトリスはふと遠い目をした。
竜人がこんな目をした時は大概番のことを考えているときだ。とレーゲンユナフは思う。
そして卵は砂竜の好物だと気付く。
本来、番ことを考える竜人はもっと蕩けるような甘い瞳をする。
しかし、小さな幼竜の瞳は暗くしずんでいる。
レーゲンユナフはこんな荒んだ目をした竜人と一時期共に旅をしていたことがある。
竜人は強靭な肉体に反して、心は酷く脆い。
店に来ていた者達はモステトリスのメロデイアに向ける想いは幼い恋心だと微笑ましく見ていた。
本当の番に逢えばメロデイアへの想いなど、子供の幻想だったと思う日が来るだろうと。
確かに、あれだけモステトリスがメロデイアの近くに寄っているというのに、二人の色は互いに白いまま。
ならば、この二人は番ではないと誰が見ても解る。
しかし、もしこの幼い竜の想いが本物ならば?
本物の番に否定され続けているならば?
もし、そうならば…この幼い竜人に残された時間は、そう長くはないのかもしれない。
レーゲンユナフは狂った同胞を見送ったことが1度だけある。
番に出会えず、狂気に染まり静粛された竜人。そして、それを無表情に見おろす友。
自分もいずれ血塗れで地に這うその竜人のように、この友に終止符をうたれるのだろうと覚悟もした。
レーゲンユナフの髪は白い。
白いが、それはほとんど灰色のくすんだ艶のない白だ。
その髪を見てレーゲンユナフの番に反応する組織は壊滅的に鈍い。と友に笑われた事がある。
その鈍さのせいで番には逢えず、けれども、そのおかげで今まで狂気に犯されることもなく済んでいる。
友の手を汚さずに済んでいる。
目の前の幼竜の髪は艶やかな純白。
番のために、番の色に染まるために用意された美しい髪。
この髪が赤い血で染まり地に臥せるとき、その側に立つのは…
とうの昔に狂ったもう一人の友だろうか。