声に気づく私
ふわふわの布団の中でくふふふと笑う。
暖かくて柔らかくてとっても気持ちよくて。
まだ起きたくないなぁ
このままぬくぬくしていられたらとっても幸せ。
そう思いながら体を丸めると…
おでこを体温よりもすこし冷たい柔らかくて、でも硬いものが触れた。
滑らかで、ほんのすこし冷たくて。
ぽかぽかあったかい体をほどよく冷ましてくれる。
その心地よさに私はまた、くふんと笑う。
あ~もうこのままずーっと丸まっていられたらとーっても幸せ。
お布団とひとつになっていく幸せ。
あったかくてほっこりする感じ?
それともほんわかする感じ?
ううん、そうだ、しっくり来る感じ。
うん、そう、そんな幸せな感じ。
…
あれ?
それってお布団に思うことだっけ?
……うーん、でもやっぱり、しっくり来る感じかなぁ?
しっくり来るけど、ほんわかあったかくて、ふんわりほっこりして…
うん、割れてたのが、ひとつのまるになって…
それを掌で包んで温めた感じ。
しっくりしてて、まんまるくて、あったかいの。
もう離れなくていいんだって。
よろこんでるの。
あれぇ?
何が喜んでるんだろう?
私なのに。
なのに…私じゃないだれか?
……
ああ、そうか…これが…
ーーーなんだ。
そう思った所でぱちりと目が覚めた。
これがーーーって…
なんだったっけ?
もそりと起きると、大きなベッドには私しかいなくて。
カーテンの隙間からのぞく明かりはまだ朝早い時間なのが判る薄暗さ。
さっきの温かさはもう、そこには無くて…
ぶるりと肌寒さを感じて、私は夜着越しの腕を擦る。
しんと静まる部屋、聞こえてくるのは自分の呼吸だけ。
『なんでーーーは私の側にいないの?』
ふと何かがそう問いかける。
『なんで私はーーーの側にいないの?まだーーーになってないのに?』
ぼんやりとした寝起きの頭が、その問い掛けに答えられるわけもなくて…
頭がどんどんこんがらがっていく。
なぁに?
なんのこと?
あれ…?
でも、なんで私は一人なの?
そう思ったら急に鼓動が早くなった。
ドッドッドッと胸を突き上げるほどに早く。
そして、その鼓動を聞きながら、薄暗い部屋にひとりでいる現実に急に不安になる。
私はここで何をするんだっけ?
ううん、何をしていたんだろう?
昨日は、ノヴァイハが作ってくれた扉から部屋に戻って、のんびりソファーに座って本を読んでもらって、ご飯を食べて…夜寝る時にはノヴァイハがベッドの側の椅子に座っていて、なんだか私って子供みたいだなって…
あれ?
ノヴァイハはどこにいるんだろう?
ドクドクと心臓から押し出される血液が、ひやりと冷たくなったような気がした。
私はベッドから抜け出し、そろそろと続きの間に向かう。
毛足の長い絨毯が裸足の足裏にふれ、足音を消していく。
けれど、続きの間には誰も居ないかった。
昨日ノヴァイハが作ってくれた執務室に続く扉のノブに手をかざすと、扉はひとりでに開き…
誰も居ない大きな机と暗い部屋がそこには広がっていた。
そうだよね、こんな時間に仕事しないよね。
ふと、私はノヴァイハの部屋を知らないことに気づく。
だって、いつも仕事が無いときは側に居てくれたから。
「ノーイ…」
ぽつりと呟いた声は、まるで迷子の子供のような声だった。
そして、その声は受けとるものもなく、薄暗い部屋にすいこまれ、消されてていく。
私の不安を煽るように、私の中で私に似た声が囁きかける。
『ノヴァイハの側にいなくちゃ、一緒じゃなきゃ…』
そうだ、側に居ないといけない。
じゃないとまたわかれてしまうから。
だって、まだ…まだ私はあの人の…
おかしいな、思考が纏まらない、寝起きだから?
寝室に戻り、窓辺のカーテンをあける。
そこから見える薄暗いテラスにも、庭園にもノヴァイハはいなかった。
当たり前か、こんな時間に外に居るわけがない。
じゃあ、どこにいるんだろう?
ノヴァイハの部屋は何処だろう?
廊下に並ぶ部屋は多すぎて皆目検討がつかないし…
窓から伝わる寒さにぶるりと震える。
あれ?
なんで…
なんで私はこんなに必死なんだろう?
普通、会ったばかりの人に、こんなに依存するものなんだろうか?
そうだ、そもそも私は何をこんなにも恐れているんだろう?
子供じゃないのに、部屋が暗くて一人だからって…
苦手なドリブルをするときみたいに、体とボールが合わないような…
そんな、ちぐはぐさをなんとなく感じて首をひねる。
「ノーイ」
ぽつりとその名前を呼んでみる。
「ノアイハ…」
私はあの人の優しさに甘えて、名前すらちゃんと呼べていないんだと、今さら気づく。
ヴァが難しいんだ。
すごく舌を巻いてるから。
つぶれた英会話教室みたいな言い方ならできるんだけど…やっぱり違うから…
でも、何回か練習したら呼べるようになるよね。
「ノ…ヴァ…イハ」
名前を舌にのせるとノヴァイハの姿が頭に浮かぶ。
ピンクのさらりとした長い髪の毛は見た目は柔らかそうなのに張りがあって意外と固いんだよね。
綺麗な爪の指先はいつでも低い体温で、ひんやりしているんだよね。
指先に、触れると、柔らかな声で名前を呼んでくれて…いつもは薄いのに、照れると色の濃くなるチョコミント色の瞳で…
「ツムギ?どうした?」
そう声をかけられて振り返ると、ノヴァイハがそこにいた。
さっき思い描いたそのままの姿で。
思わず私は、ノヴァイハの腕の中に飛び込む。
ひやりと冷えた布越しに触れる。
戸惑ったような気配と、抱き締め返されるその腕の強さに、私を覆っていた不安感が一瞬にして消えていく。
胸の奥でぱちりと、欠けていた何かがひとつはまった音がする気がした。
ああ、そうかこういうことか。
急に私は納得した。
ちぐはぐだったものが、すとんと落ちついた。
私はノヴァイハにもっと近づきたくて、ぎゅうぎゅうとしがみつく。
『ひとつになれればいいのに。』
私の中で私の声がする。
私のようで私じゃない私の声。
そうか、魂に刻まれてるってこういうことか。
私の魂が知っているんだ。
このままじゃすぐに、バラバラになってしまうから。
そうしないように、そうならないようにしがみつく。
だってもうこんなにも…ひびわれてしまっているから。
てをはなしたら、われてしまうから。