蝶を追うようなこども
メロデイアが展開している遠視の魔術は園庭をさ迷いゆくノヴァイハの番の姿を映し続けていた。
ふらふらとさ迷う様子は花から花へ渡りゆく蝶をおいかける幼子のようだ。
そんな番の様子にノヴァイハは何か思い当たることがあったのだろう。
海底に沈み混むような勢いで落ち込んでいる。
感情の起伏が他の竜に比べて激しくない、そう言われる水竜をここまで凹ませるとは、番の呪の力は恐ろしい。
魂にまで刻まれた深い呪いだ。
そのうえ竜王種への縛りは他の竜人の比ではない。
そのせいだろうか…
瀕死状態での邂逅だったとしても、未だに番に手を出していないノヴァイハの行動は、長く出会えなかった番へ向ける求愛行動としては、健全過ぎて不健全なほどだ。
相手が人族で、しかもほとんどの魔力を持たず、増幅の呪が機能不全を起こしていたとはいえ、この忍耐強さは砂竜からみれば変態の域だ。
(水竜の忍耐力は凄まじいな。)
いや、番との力の差を考えれば慎重にならざる得ないのか。
メロデイアはちらりと、未だにどんよりと沈む薄赤いく染まった髪を見る。
まあ、この真面目な幼馴染みは…番を害なすものは己でも許さない。ぐらいは思っていそうだ。
(俺は…出会った瞬間に頭の先から丸のみだったがな)
抑圧された欲望は解き放たれたときが一番おそろしい。
それはもう何百年も前に身を持って体験しているのだ。
(お嬢ちゃんがうまく手綱をにぎれればいいんだが…)
そう思いながら使い魔から送られてくる映像を見ていると、ノヴァイハの番は数日前に通った騎獣用の門扉の前に居た。そして丁度そこに通りかかったとある幼竜が彼女に話しかけている。
背を向け姿が重なる状況では、二人が何を話しているのかわからない。
しかし、先ほど発動要件を書き換えたばかりの魔術が働き扉が開かれた。
(使い方をおしえていたのか?)
会話の内容を推測するメロデイアを鋭い視線が射ぬく。
使い魔越しだというのに青い瞳がひたとこちらを見据えた。
白い巻き髪を風に揺らしながら幼竜が、にこにこと満面の笑みを浮かべこちらに手を振った。どうやらノヴァイハの番にこの遠見の魔術を説明しているらしい。
『覗き見なんて趣味悪いぞ~へんたーい』
形のいい唇から毒のある言葉を音もなく紡いだ。
軽い口調からは想像もできないような鋭い視線。
うっと隣でノヴァイハがたじろぐ
。
メロデイアも心もち息苦しさを感じた。
にこやかな笑顔と軽快な言葉とは裏腹なじっとりと重く暗い気配。
まるで責められているかのように。
いや、責められているのだろう。
人族の夫婦でよくあると聞く妻に不貞を責められる夫は、こういう気分なのかもしれない。
背筋に嫌な汗が一筋流れた。
「最低…最低って…ツムキが最低って…」
隣ではノヴァイハが番にとどめを刺されていた。
幼馴染みはすでに…手綱を握られているのかもしれない。