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迷い子と竜

メロデイアの使い魔から送られてくる映像のなかで、ツムギは、王城とは反対の方向へ向かう道へ歩き出した。途中、小さな小路へ入り、そのまま歩みを進めた。


「お嬢ちゃんはどこにむかってるのかしらねぇ?」


映像の中でツムギはキョロキョロとあちらこちらを落ち着きなく見ながら歩いていた。

その様子はほとんど迷い子だ。

大丈夫なのだろうか…だんだん心配になってくる。


ツムギは先の見えぬ門の前で急に歩みをとめた。

急に何かに怯えるような動きをし…


少し迷いつつもそろそろと角に近く。


「メロデイア」

「曲がった先にはレーゲンユナフがいるだけみたいよ?」


使い魔と交信をしたメロデイアは不可解だという顔をする。


角の壁からその先の道をそろりと覗いたツムギは、後ろ姿からでもわかるほどにビクリと飛びはねた。

そして怯えるような小動物のように

そろそろとレーゲンユナフに近づき会話を始めた。


その顔に先ほどの異常なほどの怯

えはない。


先ほどから目まぐるしく変わるツムギの感情は、ノヴァイハの胸の奥深くにも伝わってくる。

手の中に閉じ込めたモイマフィフィーリアの鼓動のように、かすかにけれど確かにそこにある振動のように伝わる感情。

そっと胸に片手をあてる。


「人だからか、それともツムギだからか…」

その呟きにメロデイアが、ちらりと向けた目線だけで言葉の先を促す。

「先ほどからツムギから伝わってくる感情が激しく変化しているんだ…

乱高下といってもいいほどに。こんなにも心が振れていいものなのだろうか?人とはそういったものなのか?」


己の胸のすぐ下で脈打つ心臓は、人の、ツムギのそれに比べてひどくゆっくりではないか。


歯痒いほどに重ならぬ、刻まれる命の時間。


レーゲンユナフと楽しそうに話す笑顔がひどく儚く見えた。

この一瞬が奇跡のように。


しかし…


己の居ないところで番のいない雄と笑顔で話すツムギをみていたら、もやもやとした黒い思考が己を取り巻いていく。


そんなに見上げるように他の雄をみつめてはいけない。


ああ、首を傾げないでくれ。


そんなに愛らしい唇を動かして…

他の雄に誘惑していると勘違いされたらどうするんだ。


君の愛らしい笑顔はすべて番である私にむけるべきではないのか。



ミシッ!!


手が触れていた机が音をたててて歪んだ。


映像のツムギはレーゲンユナフと手を振って別れたところだった。


ふう、っとため息をつく。

私は少し歪んでしまった机に腕をついた。

「番のいない雄竜人にツムギをこれ以上近づけたくないな…迎えに行く。」

胸に渦巻くどろどろとした不快感に眉をしかめる。竜王種の番への執着は兄上を間近で見ていたために解っていた気になっていたが…

こんなにも心を千々に乱されるとは。

映像の中のツムギは先ほどの道を再び戻った。その途中で小路に入り、そのまま進んでいく様子を見ながらメロデイアはニヤリと笑った

「雄竜人はともかくとして迎えに行くべきかも知れないわね。このままじゃいつまでも、ここに辿りつけないわよ。」

メロデイアがあきれたように肩をすくめた。

「そうだな…しかしなぜここまでさ迷うことになっているんだ?」

足取り軽く歩いていくツムギを見ながら、ノヴァイハは首をかしげる。

目的地は王城だというのに…


…ああ、そうか。


そして突如思い至り、己の不甲斐なさに唇を噛んだ


籠の中の鳥が空を飛ぶのを躊躇うように…あの子は世界の歩き方を知らないのだ。あの箱庭のような離宮の庭でさえ…


空を飛べぬ竜ほど憐れなものはない。


狂った同胞を幾度となく地に臥させたからこそ、ノヴァイハは他の誰よりも強くそう思う。翼を折られ地に縛られるようにもがき刈られるだけの命。


獰猛な牙も鋭い爪も頑丈な鱗も強靭な翼さえ持たぬ人の子は憐れだ。


その人の子ですら、剣を振るい、己の守るべきものを持ち、敵に立ち向かう、そんな姿をいくつも見てきた。


けれど…


そんな人の子でありながら、剣も記憶も守るべきものも無い、あの子は誰よりも憐れだ。


そしてなによりも…

羽根をもがれ、牙を奪われ、爪を折られ、身体すら潰されて、死の瀬戸際まで虐げられるまで、番を見つけられないような…


そんな情けない番しか持てぬあの子は本当に不運だ。


私はいつか。地に這うあの子の命をこの牙でかりとるのだろうか。

この手で散らしていった同胞のように…


それとも…


あの子の爪の無い手で、この命を刈り取られるのだろうか?


つきりと胸が甘く痛んだ。


そうだ。


私の時をとめることができるのはツムギだけだ。

その事実に指先まで甘美な喜びが行き渡る。


なるほど、これが竜王種が強く番への執着する所以か。



ノヴァイハはうっとりと唇に笑みを浮かべ愛しい番のもとへ向かった。



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