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みつめる竜

「邪魔するわよ」

声と共に執務室の扉がノックもなしに開かれた。

勝手知ったる様子でズカズカとメロデイアが入ってくる。

「あら!本当に仕事してるのねぇ」

「当たり前だ、ツムギに仕事をすることが大切だと言われたからな。番を安心させるのも雄竜の甲斐性なのだろう?」

「あんたから甲斐性って言葉がでる日がくるとはねぇ」

くつくつとメロデイアは赤い唇を歪めて喉の奥で笑った。

「それで?進捗はどうなのよ?」

「世界の秩序を乱していたような力あるものは消した、あと数年は問題がないだろう。ただ、ここ数日間竜人国内で少し気になる事件が発生しているな。」

「気になる?」

「ああ、暴竜化しつつある個体があるのでは…とな。思い過ごしならいいか。」

「今、番に会えていないのは…成体になったばかりのも含めるとそれなりに居るのわねぇ。」

「まだ若い竜人でも早くに狂うものもいるからな。」

「長く独りでも全く平気なやつもいるのにねぇ」

お互いに脳裏に共通の友人の顔を思い浮かべた。

「ところで何か用があったんじゃないのか?」

「ああ、そうね。お嬢ちゃん教育について報告よ。あの子の頭のよさはなかなかのものだったわ。それに、学ぶことになれているのね、この数日で基本的なことは教え終えた感じ。ま、それ以外のことも大分教えたけれどね。」


メロデイアの言葉にノヴァイハは無言で頷いた。


会話していてもわかるが、ツムギの知能の高さや視点は施政者のそれだ。

行政機能や統治方法、治水に貿易と向けられる興味は多岐にわたる。メロデイアも同じように感じたのだろう。

「王弟の嫁としては最高じゃないの。」

「あの子を表舞台に出すことは無い。」

茶化す言葉にノヴァイハは唸るような低い声でそう答えた。


竜人は力無いものを見下す傾向がある。しかし、自分よりも秀でるものがある者には、一定の敬意を払うのも事実。あの子の知能が高いのならばこの国での過ごしやすさも変わってくる。


ノヴァイハは眉間に深いシワを刻んだ。


できることならばあの離宮で恙無く過ごしてほしいのだ。綺麗な優しいものに囲まれて微笑んでいてほしい。しかし…それは彼女を虐げてきた者達と変わらぬ行動だという自覚はある。


「そんな囚われのお姫様は今日はじめてのお散歩よ」


ごとりとメロデイアは拳大の装飾された石を机に置いた。

リーンと鈴のような音を立てて、石は映像をうつし始めた。

置いた台と同じ大きさの映像を写す魔道具だ。写すものは術者の使役する精霊の瞳に映るもの。


そこには花に囲まれた庭をひとりで歩く、小さな少女がいた。


…可愛い。

いつみても私の番は愛らしい。


いや、違う。


ツムギはどこに向かっている?

「目的地はここ、ノヴァイハの執務室よ。」


映像のなかでツムギは門扉の前で立ち止まった。

見上げるように鉄柵の向こうの王城を見た。

そして門扉に手を…翳したまま動きを止めた。

戸惑うような様子に使い魔が不審に思ったのか画面が揺れツムギの顔の判る位置に変わった。恐らく側の木の陰に移動したのだろう。


ツムギは手を出したり、門扉に触れる直前で引っ込めたりしている。そして、意を決したように、胸に抱いていた片手を伸ばし、かなりの逃げ腰でぎゅうっと目をつぶったまま指先で微かに触れた。

そしてビクッ!!っと体を震わせ、慌てて手を引き、そして再びそろそろと、しかし先ほどよりは核心を持って扉に触れ、そのまま、手を離すこと無くはぁーっと大きなため息をついた。


そのツムギの一連の行動を見ていたメロデイアは

「胸糞わるくなるわ…」

とボソリと呟いた。

ノヴァイハも全くもって同感であった。


行動から察するに…ツムギの知る扉には何らかの術式が刻まれていたのだろう。

そして、それは恐らく対象に苦痛を与えるような術式。

逃げないように、入れないように、行動を制限するもの。

そしてツムギは過去にその術式に触れ、相当な苦痛を味わったのだろう。そうでなければ、あれほどまで怯えるはずがない。


画面の中でツムギは再び門扉に触れたが、それを開け王城に来ることはことはなかった。

僅かに力を入れて押すだけの門扉だとらふいうのに。

門扉を押すその行動そのものが、ツムギにとって多大な勇気を必要とする作業だったのだろう。


映像の中でため息をつき困った顔でツムギは横の小路に入っていった。使い魔もそれを後ろから追いかける。


微かに見えた諦めたような苦い笑みを浮かべた横顔が胸に突き刺さる。


「思慮不足だったわ。」


はあーっと重くため息をついてメロデイアはそう呟いた。

ノヴァイハは無言で花に囲まれ歩くツムギの後ろ姿を見ていた。


握りしめた掌に爪が突き刺さってポタポタと書類を汚した。

「…離宮も王城も全ての扉はツムギが触れずとも開くようにするべきだな。」

ぼそりとそう呟き、ノヴァイハは大きくため息をついた。


映像の中のツムギは、大輪の花に驚きながら近づき、己の掌ほどもある花弁にそっと触れていた。


柔らかな微笑み。


その下に潜む闇は深い。


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