門と私
あれから数日間、私は思いの外のんびりとした異世界生活を満喫していた。
唯一気になっていることは、朝起きる度にノヴァイハの腕のなかで起きる。という不可解な状況について。これさえなければとても平穏な異世界生活。
ノヴァイハは夜に仕事に行くことが多い。就寝の挨拶をして、仕事にいくノヴァイハを見送り、自分のベッドに潜り込んで寝て…
朝になったら違うベッドでノヴァイハの腕のなかで寝ている。
何故だ。
そしてキラキラ笑顔に朝からやられる。という繰り返し。
異世界だけれど…冒険や街に出る!とかそういうのは無い。じゃあ、何をしていたかっていえば…主に勉強していたといっていい。
右も左もわからない状態で外に飛び出るほど私は無謀なタイプではなかったから。そんな私は旅行に行くときはちゃんと調べる派。
突貫の詰め込み教育の先生だったメロデイアさんからも、昨日やっと及第点をもらえた。
曰く、『とりあえず、これだけ知っていれば王城までは自由に移動していいわ。』ということ。
そして練習してらっしゃい、ととある指令を下された。
かくして私は今西の離宮から王城を繋ぐ回廊がある場所まで来ている。
指令を完遂するためにはまず、この門から外に出ていいということなのだけれど…
非常に堅牢な雰囲気漂う鉄柵の門扉。優美なラインで花と竜を美しくデザインしてその鉄柵のむこうに見える王城が絵画のように見えている。
目的地は王城内にある。だから門扉を開けていかなければいけないのだけれど…。
鉄製のこの門扉を動かせる気がしない。
近づいても触れてもびくともしない。触ったら泥棒よけの電気がビリビリ~!!ってきたらどうしよう?って思って猛烈ビクビクしながら触ったのに。
普通でした。
ビリビリしても困るんだけど、ドキドキを返せ的な。
そして、ふれてわかったけれど、この門扉は自動扉とかじゃない。
色々探したけど魔道具的なしかけも無かった。
恐らく、というか確実に手動。
この重い門扉を手動。
…無理だよ!!
はじめてのおつかい並の簡単なミッションだと思ったのに…それすらできない現実に私は思わず遠い目をしてしまう。
そうだ、裏口とかならもう少し小さな門のはずだよね。
予定より遠回りになるけれど仕方がない。
そう考える直した私は花の咲く庭の小道を歩いていく。
そして、曲がり角の手前で微かに花とは違う臭いが漂っていることに気づく。
鉄っぽいような生臭い…獣の臭い?
歩くのをとめると自分の足音が消え、ズルリ、ガサッ、ズルリと何かが枝を掻き分けて歩いてくる音が聞こえた。
ドッドッドと心臓が早鐘をうちはじめる。
ここは安全だとノヴァイハもメロデイアさんも言っていた。なら突然何かに襲われるなんてことはないはず。
…でも、
野犬とかが入り込んでいたら?この世界の野犬って噛まれても大丈夫なのかな?
引き返す?それとも…
ガサッズスズ…
そっと曲がり角から音のする方を覗くと背丈より大きな茶色い獣が背を向けて立っていた。
覗く気配を感じたのか、のそりと獣がこちらを振り向いた。
「ーーッ!!」
ギラリと光る眼光に息を飲んだ。
鈍く底光りするようなその瞳にぞくりと背筋に冷たいものが走る。
思わず踵を返しにげようとしたその時…
「よう、お嬢ちゃん、散歩か?」
獣はその腹からやたらと暢気な声で話しかけてきた。聞き覚えのあるその声は…
「レーゲンユナフさん?」
西の離宮の料理長そのひとだった。
私がみたのはレーゲンユナフさんの背負った大きな獣だった。熊と狼の間のような生き物。
「そろそろさむくなってくるからな、脂がのる前に保存用の干肉に加工するんだ。」
そういって大きな熊と狼の間のような生き物をどーんと私の前に置いた。
レーゲンユナフさんによると竜人は保存食を作ることがあまりないそうだ。新鮮な肉を好むことが多いし、冬の間に獲物を探せないということもあまりない。そもそも寒い間は眠っていて活動しない竜人もたくさん居るらしい。冬眠?冬眠なの?
「人間は好きだろ?保存食」
取れたて新鮮な獣の前でレーゲンユナフさんはハッハッハーと豪快に笑った。
人間は保存食が好きっていうか保存食を作らないと冬をこせないからですね。
「じゃあな、お嬢ちゃん、こっちは裏方用の出入口になるからあんまり近寄るなよ。」
そう言って去っていった。
…その、裏方用の出入口に用があったんですが…なんとなく先ほどの門扉と似たような大きさな気がする。
だってあの、獣を通せる大きさの門扉なんだから。
仕方がないので私は再び元の扉に戻ることにする。
うん、誰かに開けてもらおう。