お酒の話と私
ノヴァイハと部屋に戻るとマリイミリアさんが迎えてくれた。
扉の前でノヴァイハは少し悲し気な空気を纏って去っていった。
なんとなく、ごくなんとなくだけれど、彼の考えていることが伝わってくるような気がする。
悲しいとか嬉しいとか…そんな感情が。そしておそらく私の感情も、向こうには伝わっているんだろう。
マリイミリアさんに私は部屋に入るなりそのままお風呂に入れられ、念入りに洗われた。そりゃもう、念入りに。
そしてぐったりとしたお風呂上がりにちょっとコーディアルに似た何かを入れたお水を飲んだ。味はハチミツとオレンジに似てる。
「さっき食べたルコルアの根ってお酒みたいでした。そういえばこの国にお酒はあるんですか?」
「ええ、ございますわ。竜人は酒を好むものも多いですわ。私はあまりお酒をのまないのですがツィー様は?」
「うーん、あんまり飲んだことないような…でも、お酒には強くないような気がします」
「まぁ、お酒を飲むのに強い弱いがあるのですか?」
マリイミリアさんは不思議そうな顔で聞き返してきた。マリイミリアさんはお酒強そうな気がする。顔色変えずにのんでる…みたいな。
「ないんですか?確か一回に飲める量が人によって違って…でも、どんな人もお酒を飲みすぎると死んじゃうそうです。」
「あら!?そんな大変なことになるんですの?」
「はい。特に若い年の人は宴会でお酒を飲みすぎて死んじゃったりすることもあったそうです。あとは…長い間お酒を毎日飲みすぎても病気になったりするんですが…竜人の皆さんにはそういうことないんですか?」
「あまりそういったお話は耳にいたしませんわ。そもそも竜人は酒精の影響は受けにくいですから。なので酔うために竜人のお酒は竜人が酔う果実を漬け込んでおきますの」
そうすれば酔えますわ。そうマリイミリアさんはにっこりと微笑いながらいった。
「そのお酒を呑んだ時の竜人の宴会はとても賑やかなんですよ。酔いすぎて地形が変わるほど暴れてしまう方もいらっしゃるので普段はあまり振る舞われませんが…ノヴァイハ様とツィー様のお祝いの席ではきっとふるまわれますわ」
…地形が変わるほど暴れるって…ちょっと危険な気がするんだけど…大丈夫なのかな?酔うっていうと寝るとかへろへろになるイメージなんだけど…あっ!
「そういえば…私の国に頭が8つの竜をお酒をたくさん飲ませて退治する古い物語がありました!」
お酒と竜といえばこの話だよね。あとは首を切られてもお酒を飲みに飛んでいく鬼の話とかくらいかな?
「まぁ…それは珍しい竜のお話ですわね」
マリイミリアさんはとても驚いた顔をした。やっぱり異世界でも8つの頭は珍しいらしい。
「頭だけじゃなくて尻尾も8本あって…お姫様を食べてしまうそうです。」
「あらあら、まあまあ!ずいぶん暴れられのですね。それで、その竜はどうなったのですか?」
「退治されたそうです。確か退治した人が王さまになったとか…うーん、この話が国の建国に関係したような気が…治水?だったかな…あんまり詳しくは思い出せないです…」
異世界は神様って概念がないってたしか誰かが言ってたな~あ、だから神様について思い出せないのか。
ん?あれ?誰が言ってたんだろ?
うーん、と悩んでいるとマリイミリアさんがにこにこと笑って
「珍しい話を教えていただけてようごさいましたわ。」
と優しく言ってくれた。私はこんな適当な話で申し訳ない気分になったのだけれど。
「あんまり覚えてなくてすいません…あっ!確か、目がとっても赤かったんだそうです。」
そうそう、鬼灯のように赤かったって。
マリイミリアさんはあらまぁとにこやかに笑って、話しているうちに空になったグラスを片付けてくれた。
『つむぎがお酒を呑めるようになったら一緒に呑もう。』
そう誰かが言ってた、もう居ない誰か。夏には枝豆を食べる私の横で野球をみながら、秋には煙をもくもくと上げながら七輪で焼いた魚を食べながら。そして、冬には温めたお酒を炬燵で美味しそうに飲んでた。
そう、飲む度にその人はそう言ったんだ。
そう、そして春に満開のーー
ーーそう、ノヴァイハみたいなピンク色。急にぼんやりと霞む頭の中でノヴァイハの綺麗な顔だけはっきりとうかぶ。
窓の外には綺麗な花が咲いていた。
色とりどりの鮮やかな花達。
私がいちばん好きな花はそこにはないけれど。