緑の竜と命の重さ
メロデイアは痛む眉間を揉みながらため息をついた。
部屋の空気を入れ替えたものの臭いはまだそこかしこに残っている。
ミルエディオとルエルハリオはあの液体を分析すると部屋を去っていった。部屋にはメロデイアとリーデオルグテマとその番のイリイだけ。
あのとんでもない液体を口に入れられたら自分ならば死にそうだ。
思い出すだけて鼻が痛む。
「まったく、ひどい目にあったわ」
そう呟き、メロデイアはその大元となったウサギの獣人をひたと見据えるた。
部屋の空気がひやりとしたものに変わった。
リーデオルグテマは素早く番をメロデイアの眼差しから庇う。
メロデイアが常日頃浮かべられている微笑みはそこにない。
「とんでもないことを…してくれたものね」
「すまない。だがっ!…イリイに悪気は無かっ…たっ…」
震えるイリイを抱えながらリーデオルグテマは、見えない何かに抑えつけられているかのように荒い息を吐きながら必死にいいつのる。
「もし、ノヴァイハの番が死んでたとしても、その言葉がでるのしら?」
赤く塗られた唇が毒々しく歪み険のある言葉が紡がれていく。
キシキシ、キリキリと、薄く硬いものが擦れる音が辺りに響く。
「悪気がなかったらなにをしても赦されるというのならば…ノヴァイハとお嬢ちゃんのために善意をもって、今お前達をここで消してあげまょうか」
音がミシミシと低くなっていく。
「ぐあっ!!」
透明な目に見えぬ何かに締め上げられ、リーデオルグテマの甲冑が歪み、剥き出し肌が赤黒く変色していく。
「リオっ!!」
腕の中ではイリイは青い顔で震えながら必死に恐怖で掠れる小さな声でリーデオルグテマの名前を呼んでいる。
「まだ番を庇う余裕があるのねぇ…昔から只の竜人のわりに頑丈だけが取り柄だものね。なら、先にそれを潰してあげるわ」
くすりと笑ってメロデイアは赤く染まった指先をくいとうごかした。
リーデオルグテマの腕の中でイリイの体がビクリと痙攣した。
「キュッ!」
小動物が握りつぶされる瞬間のような微かな声が上がり、リーデオルグテマは悲鳴を上げた。
「イリイーーーッ!!!」
「そこまでにしておけ、メロデイア。」
低い冷ややかな声と共に現王ヘリディオフが部屋に入ってきた。
「どうせ本気ではないのだろう。いくら釘をさすためだとしても、腕の中で番を潰すなど趣味が悪い」
「本当にやる気だったわよ?」
「フッ…どうだかな」
二人の背後でどさりと崩れ落ちる音がした。リーデオルグテマは荒い息でイリイを抱き締める。
「お前のことだ、気を失わせただけなのだろう?」
「さあ?どうかしらね?」
リーデオルグテマはフーッと深い息をはいて床に頭をつけるように糠付いた。
「た…大変、申し訳ありませんでした」
広がる緑の髪を見下ろしながら
「以後気をつけろ、二度目は無いぞ。番を傷つけられた竜王種にその場で殺されなかった幸運に感謝するがいい」
そう言い棄て、ヘリディオフは部屋を去っていった。
「すまない、嫌な役をさせたな。」
リーデオルグテマは床に胡座をかき膝にのせたイリイの乱れた髪を撫でて整えた。そして、メロデイアを見上げ、疲れた顔でそういった。
「さあ、なんのことかしらね」
メロデイアはいつものようにとらえどころの無い微笑みを浮かべた。しかし、その瞳に先ほどの冷たい色は無かった。
緑の髪をかきあげながらリーデオルグテマは苦笑を浮かべた。
「陛下は手を下しにきたのだろう?」
そうでなければこの場所に現れるような方ではない。
あの方は竜人の誰よりも冷酷だ。
竜人や世界の天秤が常に正しくあるように。それがあの方の竜王種としての使命であり、存在意義。
ならば天秤を傾く原因であるノヴァイハとその番の平穏を脅かしたリーデオルグテマとその番を処分しに来てもなんらおかしくないのだ。
リーデオルグテマとその番の命は今、そこらに茂る木の葉に等しいほど軽い。
「さて…どうかしらねぇ…」
赤く染まった唇がニヤリと歪む。
逆光となりメロデイアの表情は口元以外は見えない。
リーデオルグテマはぞくりと走る寒気に身を震わせた。