棘と私
ふと、此処が廊下のど真ん中だということに気付いた。離宮とはいえ人が通る場所で何をしているんだろう。バカップルそのものだ…恥ずかしい。
「ノーイ、いい天気だからお外の椅子に座りませんか?」
そういって外を指差す。ちょうど花壇の奥に椅子が置いてあったから。
「体調は大丈夫?」
「はい。今はなんとも無いです」
ノヴァイハは少し考えた後、調子が悪くなったらすぐに言うんだよと行ってから大窓から庭へと出た。
そして小路に茂る枝葉が私の靴先にに当たらないように注意しながら椅子まで歩き、そっと私を椅子に降ろした。
そして、自分は椅子に座らず地面に片膝をついた状態で私のことを見上げてくる。まるで主人の傍に侍る大型犬のように。
私は思わず苦笑して椅子の隣をポンポンと叩くとノヴァイハは嬉しそうに隣に座った。
触れるか、触れないか微かに温もりを感じるそんな距離。
ノヴァイハは私をとても丁寧に扱う。まるで壊れもののように。実際、竜にとって人間はとても弱いのかもしれないけれど…それにしても丁寧過ぎて少し居心地が悪い。あまりの気の使いようになんだか申し訳なくなってくるのだ。
いや、違う。
そうじゃないんだ。
私は気付いてしまった。
この漠然とした居心地の悪さの正体に。ノヴァイハに向けられる申し訳なさの正体に。
返せないから。
向けられる想いに返せるものがないから、だから申し訳ないと思うんだ。
するりと髪を撫でられた。
見上げれば、すぐそばに柔らかな微笑みのノヴァイハ。縦に裂けたチョコミントのような瞳がても幸せそうにすがめられる。
この人の想いと同じ重さの想いを私は持っていない。番の呪の強さは力の大きさに左右されるとメロデイアさんに聞いた。
おそらく、私はこの世界では最弱なのだろう。虫けら程度の力しか無い。むしろ、虫よりも弱いかもしれない。
だから…
そっとノヴァイハの肩にあたまを寄せる。せめて髪を撫でやすいように。目を閉じると感じる包み込むような柔らかな空気。
この人を好きにならないといけない。
世界を終わらせないために。
けれど…
この世界に何の思い入れがあるだろうか。
壊れても何も失うものはないというのに?
守りたいものなどないというのに?
やりたいこともなにもないのに?
私は繋がっていない。
この世界と、この世界の誰とも。
番であるこの人とさえ。
ちくりと口のなかで先ほど割った飴が刺さる。
子供の食べる飴玉でさえ私を傷つけるこの世界で、私はこの人を…
ぼんやりと見ていた先に薄荷色の花が咲いているのが目に留まった。
ノヴァイハの瞳と同じ色。
ひょいと椅子から降りてその花を手折る。一重咲きのバラのようなその花を持ってノヴァイハの元に戻り、そっと淡いピンクの髪の毛にさす。
うん、似合う。
やっぱり私の番は女子力が高い。
「可愛い」
驚いた顔だったノヴァイハの頬一気に赤く染まった。それを俯いて片手で隠した横顔は男の人のそれで…
「ありがとう」
くぐもった声でお礼を伝えてくる。
「どういたしまして」
私は好きになるのかな。
この人を。
可愛いなって思う。大人の男の人なのに、わたしの中のなにかがこの人に惹かれているから。
もう、嫌いにはなれない。
子供の初恋のような柔らかな想いがこの胸にあるから。
ちくり
口のなかに甘さと共に血の味が広がった。
いつか、二人の想いが混ざって同じ重さになれればいい。
奇妙な味の飴を舌でころりと転がす。
舌をさした棘は唾液に混ざって消えていった。