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震える幼竜

ぼんやりと目を開けると、誰かに謝っている医術師団長の後ろ姿がぼやける視界にうつる。

「うちの部下が申し訳ない」

「いいのよ、まだ子供のしたことよ、それにノヴァイハも過剰に反応し過ぎたわ」


柔らかな口調…しってるこの声は友の想い人の声。

あんな…あんな普通の雄竜人のような話し方も出来るだなんて知らなかった。これを教えたら友はどんな反応をするのかな…そんな、とりとめのない思考が突如もやがはれるようにすっきりとする。


先ほどまでの出来事が甦り、がばりと飛び起きる。

「目か覚めた?」

甘くかすれる低いメロデイア様の声。垂れ目ぎみの優しいその瞳が目の前にあるのに…


気を失うその時まで目に写していたあの人の顔が浮かんでくる。


冷たい氷のような光を宿すごく薄い緑色の瞳。

さらりと流れる水で薄めた血のような淡い赤い髪。


「ノヴァ…イハ様」


ハッハッと呼吸が浅くなる。


冷たい、冷たい氷の瞳。

向けられる殺気だけで体がすくんで動けなかった。まるで柔らかなものを潰すように喉に刺さる指先の感触。


あれが、最強の竜王種のちから…

格の違いなんてものではない。

圧倒的過ぎるほど竜としての強さの次元が違う。


冷えていく指先にそっと手が添えられた。

「落ち着きなさい。まずは治療の報告を。」

ミルエディオ様の手から暖かな波動が伝わってくる。

はあっ…とつめていた息をはく。

「つ、番の方の解毒はすんでます。胃の中のルコルアの根も酒精分の分解も完了しました。ただ、とても微量でしたので…原因がそれだけとは思えず…ッ!!」


グルル…と竜が怒る時に鳴る喉の音が部屋に低く響きビクリと体が跳ねる。

あれはノヴァイハ様の…


…っ呼吸が苦しい。


思わず体をまるめるとミルエディオ様が背中を擦ってくれる。


他を威圧するように圧倒的なほどのノヴァイハ様の竜気。

それが怖くて体がガタガタと震える。


「いいのよ、あれは放っておきなさい」

ふっと呼吸が急に楽になった。

メロデイア様の意外なほど力強い竜気に包まれ言葉に顔をあげる。

どうやらメロデイア様が護ってくださるようだった。

本当にこの方は外見と口調が中身とは違う方だ。


「それで、お嬢ちゃんから甘いにおいがしていたっていうのはどういうことかしら?」

「は、はい。この部屋に入ってきたときから甘いようなにおいがしていたのですが…ノヴァイハ様の番の方からもしていまして…何かお香でも焚いていて、それが番の方と合わないのかと」

「…それは、どんな匂い?」

「甘い…すいません。うまく表現できません。でも、最初嗅いだときに頭の中がぼうっとして動悸がしたので血の巡りに作用するような効能があるように思うのですが」

わかる範囲で質問に答えるとメロデイア様とミルエディオ様が息をのんだ。


「それは…まずいわね…」

そう呟いてメロデイア様はノヴァイハ様の方を振り返る。


メロデイア様の視線を追うように長椅子で番の方を抱き締めるノヴァイハ様を見る。

すがりつくように番の方を抱き締めるその姿は…

先ほど私の首を絞めていた竜人とは思えぬほど儚い。


いとおしげに撫でられる艶ややかな髪。

柔らかな表情、番が愛しいと言葉ではなく伝えてくるそんな優しい表情。

それが急にひそめられ、魔術を使う気配。そして再び満足気な…


「あれ?」


急にノヴァイハ様の番の方から香っていた甘いにおいが消えた。

「今、番の方からしていたにおいが消えました」

「今?ノヴァイハは水と風の複合魔術で汚れを落としただけだけれど…?」

「番の方に何か…ついていたんでしょうか?」

ミルエディオ様も不思議そうに首をかしげる。

「何かついて…?そついえば…あなたはまだ、番には出会っていないのよね?」

「はい。残念ながらまだ…」

出会いたいような出会いたくないような…そんな気持ち。

まだ覚悟ができていないのだ。

誰かを深く愛するというその覚悟が。だから…まだすこし出会いたくないとも思ってしまう。


「ノヴァイハが落ち着いたらもう一度お嬢ちゃんの側に行ってみましょう。いいわよねミルエディオ?」

「ええ、私も同じ予想です」

二人は何か合点がいったように頷きあった。

「だ、大丈夫なんですか?」

「恐らく大丈夫よ」

うふふとメロデイア様が茶目っ気あふれる顔で笑い、ミルエディオ様も頷くだけ。何だか自分だけが解っていないみたいでもやもやする。



ノヴァイハ様は機嫌良さげにクルルと喉をならしはじめた。

幸せそうな微笑みを浮かべ番の方の指先に唇を落とす。

そっと目を閉じ…



「大丈夫、そばにいればいつでも君を食べてあげられる」



そう、うっとりと呟いた。

「相変わらず頭の螺が数本飛んでるわねぇ」ぼそりとメロデイア様が呟く声が遠くで聞こえた。

怖い。

とても衝撃的な発言に背筋にぞくりと悪寒が走る。


私も番に出会えたらあんなに幸せそうな顔で…番を食べると言うのだろうか?


どれほど冷たい瞳と言葉を投げつけられても『あの人は僕の番だから嫌いにはならない、でも、いつかこの思いが真実だとわかってもらうんだ。』そう言い切る友を思い出す。


怖い。


私は番に出会いたくない。



番とはいったい何なのだろう?

まるで呪いのように縛り付けるそれがとても…とても怖い。


クルルと歌うように喉を鳴らす音が響く。



番に狂った竜の愛の唄だ。



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