のどを鳴らす竜
『とてもいいにおいが』
その言葉が頭の中に何度も甦りる。
そのたびに腹のなかがぐつぐつと煮えたぎる。
ギリリっと噛み締めた歯がなる。
指先を染めた赤をみつめる。
いっそ一息に殺してしまえばよかった。
あの幼竜が二度とツムギを見ることかできぬように。
目も潰してしまえばよかった。
鼻も切り取ってしまえばよかった。
喉も躰もこわしてしまえばよかった。
手も足も…
ツムギに向かう全てを消し去ってしまえばよかった。
グルルと怒りが喉を震わせる。
眠ったままのツムギを胸に抱く。
艶やかでコシのある髪の毛を撫で、ツムギの花のような香りを堪能する。
番だけが感じることのできるこの香り。
この香りを他の竜人が知るなど…赦せるわけがない。
あの小さな頭の中に指をいれてかきまぜて、全てを忘れさせてやればよかった。
ツムギの番は私だけなのに。
私が誰よりもこの子を愛しているのに。
誰よりも求めているのに。
ずつと待っていたのに…
ずっと、ずっと…
きつく目をつぶる。
沸き上がるこの感情に身を任せてはいけない。
番以外のすべてを消したらきっとツムギは悲しむから。
本当はツムギの心が自分以外へ向くなんて嫌でしかたがないのに。
そんな暗い感情をツムギはきっと理解できない。
ツムギの心はとても真っ直ぐだ。
濁りも陰りもない。
不可解なほどに。
恐らくツムギの失われてしまった記憶に関係があるのだろう。
…けれど、ツムギがどのような感情を抱こうと、私の愛情が揺らぐことはない。
ツムギが願えばツムギを虐げてきた生き物全てを根絶やしにするのに。
ツムギの苦しみを知らず、のうのうと暮らしていた全ての生き物に、同じ苦しみを味あわせてから死へと誘うこともできるのに。
ツムギにはそれを望まない。
健やかに、穏やかに日々を過ごすことを望むのだ。
私は君以外の全てを消し去ってしまいたいのに。
可愛い愛しい私の番。
ぎゅうと抱き締める。
いっそひとつになれればいい。
誰も二人の間に入れないほど。
どろどろに融けあえればいい。
それができないなら…
いっそ食べてしまいたい。
そうすれば君を誰にも奪われない。
竜体になれば一口だ。
眠っている今ならば痛みもなにも感じずに…
腕の中のツムギがもぞりと身じろぎをする。
髪の毛から血の匂いがした。
先ほど撫でた時に指を染めていた血が僅かにかみついていたようだ。
よく見たら服にも点々と血の染みがついていた。
腹のなか再びムカムカとする。
魔術でツムギを清める。
ツムギを食べるなら洗ってからにしよう。
腹のなかに入れるならツムギの匂いだけがいい。
けれど、洗ったらきっとツムギは起きてしまう。
起きてから食べたらツムギはきっと痛いし怖がるだろう。
痛みと恐怖を与えた私を嫌いになってしまうかもしれない。
嫌われてしまうのはいやだ。
…仕方ない。
ツムギを食べるのはまた今度にしよう。
誰にも奪わせないために。
「大丈夫。そばにいればいつでも君を食べてあげられる」
歌うようにツムギに囁く。
クルルっと喉が甘く鳴った。