赤い花と幼竜
ノヴァイハ様の腕に抱かれた番の方はとても小さな人族の女の子だった。頭の大きさや骨格からして小さい。幼竜の私より小さい。閉じられた目も口も鼻も全て小ぶりでありながらバランスよく収まっている。
自分のぎょろりとした目とは大違いだ。そう思いながら、番の方に手を翳す。
番の方には触れてはいけない。
『番になりたての竜人は気が荒い。
特にノヴァイハ様は長く番の居なかったため番に対し、感情の振り幅が大きく不安定になりやすいので対応には注意が必要です』
以前聞いたミルエディオ様の声が耳によみがえる。
人族としても非常に虚弱である。
そう団長ミルエディオ様は番のかたについて判断を下した後、これから番の方と交流する機会が多くなる医術師団の前でそう注意換気をしたのだ。
細心の注意を払い解毒の魔術を展開する。
術は無事に発動し、番の方の体内を巡る酒精を分解していく。
そして分解された酒精を無害なものへと変えていく。
胃のなかにの残るルコルアの根と合わせても摂取量はごくわずか。
こんな微量で酒精がまわるものなのか?
これは団長に伝えて他の原因も…
あれ?
ノヴァイハ様の番の方からとてもいい匂いがする。
部屋に入ったときから感じたあの匂い。
なんだろう?
もしかして、番の方の異変はこの匂いが原因?
「どうしたか?」
首をかしげているとノヴァイハ様の心配そうな声が。いけない、不安にさせてしまった。
「いえ、ノヴァイハ様の番の方から…なんだかとてもいい匂いがしたので」
なにかな?と思って…
そう言葉を続ける前に
ドン!!とすさましまじい衝撃が体を襲った。
シュッ!と空気を裂くような音
「カハッ…」
僅かに遅れて小さな声が溢れたのを耳が捉える。
視線の先でノヴァイハの片手がまだ幼い竜人の首を絞めていた。
番の回りには結界を張っている。
目を瞑っていなくても外は見えない。
耳を塞いでいなくても何も聞こえない。
強固な結界。
本気だ。
ノヴァイハは本気で幼竜を殺るつもりだとメロデイアは悟る。
キシ…と幼竜の首が嫌な音をたてた。
足が床から浮いている。
いくら頑丈とはいえ竜人にとっても首は弱点だ。
ルエルハリオは必死に自分の首を絞める手を剥がそうともがいている。
「ノヴァイハ、やめろ、まだ子供だ。言葉の意味もわかっちゃいない」
「意味も解らずに?意味を解らずとも、私からツムギを奪おうとする可能性がある竜人ならば…幼いうちに刈る方がいいだろう?」
ノヴァイハの瞳孔がキリキリと細くなる。
こちらを警戒している証だ。
「止める気かメロデイア?」
瞳には濃い殺意、答えを間違えれば今すぐにルエルハリオの首を折りかねない。
「そのチビが本当にお嬢ちゃんから番の匂いを感じてるなら、止めはしねぇよ。めんどくさくなる前にやっちまえ」
吐き捨てるその、言葉に横にいるミルエディオが息をのむ。
「ただ、いくら幼いとはいえ、それだけ番の側に寄っているのに『いい匂いがする』程度じゃ反応が鈍すぎる」
なあ、そうだろう?と、できるだけ軽く見えるようにおどけてみせる。
此方を見据えるノヴァイハはまるで餓えた手負いの獣のよう。
幼い竜の気配にさえ怯える所までそっくりだ。
「ツムギは誰にも渡さない」
グルルルとノヴァイハの喉がなる。
濁った音と共にルエルハリオの口から赤い泡が溢れる。
喉に爪がささり、服とノヴァイハの指先を汚していく。
体がビクビクと痙攣をはじめた。
まだ幼い竜だ竜王種の気に当てられたのだろう。
時間はかけられない。
「わかってる、わかってるさ、ただなノヴァイハ、お嬢ちゃんにはこれからも優秀な解毒が出来るそのチビが必要だ。それにさっきの解毒が済んでいるのかも聞いてない。結果もだ。それに…チビが感じたそのにおいが、お嬢ちゃんの不因かもしれない。今そいつを殺るのは得策じゃねぇ」
ノヴァイハはふーっと息を吐き、ポイッとルエルハリオを投げた。
ミルエディオが慌てて駆け寄り、爪の刺さっていた喉に治癒魔術を施す。
ゴホゴホと赤い飛沫を散らしながらむせる幼竜に向かって、ノヴァイハは冷たい視線を投げる。
「そこから僅かでも近づいいてみろ、塵も残らぬように消してやろう」
吐き捨てる残酷な言葉とは対照的に、ノヴァイハの腕はきつく番を抱き締めていた。
まるで儚く消えてしまうものを留めるかのような必死さで。
眠る番の服に血で染まったノヴァイハの指が触れ、赤い花のようなシミが広がる。
番に捧げる花のように。
ぞくりと背筋を悪寒がはしる。
願わくば…
ノヴァイハの番がこの花のように鮮やかな血を求める番でないように。
ノヴァイハが番の求めるがまま竜人を血溜まりに沈める…そんな…
そんな未来が訪れなければいい。