酔っ払いと竜
柔らかい肉を美味しそうに食べるツムギは可愛い。
硬い肉を必死に咀嚼するツムギは可愛い。
硬い骨付き肉にかぶりついたが噛めなくて困っているツムギも可愛い。
つまるところどんな姿でも番は可愛いのだ。
この世にこんなにも愛らしいと思える存在があるなんて…世界の神秘だ。
「はい、あーん」
突然、ツムギが私の口にゲヌルドの骨付きあばら肉を差し出してきた。
その姿は胸がきゅうっと苦しくなるくらい可愛い。
しかし…
普段恥ずかしがりなツムギにしては、珍しい行動。
常ならば舞い上がってしまう番からの給餌行動も今は怪訝さが勝ってしまう。
「ツムギ?」
にこにこと楽しそうにしているツムギの頬が赤い。目線もふらふらとさ迷い定まらない。
何かおかしい。
もう一度声をかけるために開いた口に、ぐいっと肉が無理やり入れられた。
ツムギが先ほど食べかけていたその肉。
「のーい、おいしい?」
舌っ足らずな口調で問われ、バリバリと骨ごとその柔らかな肉を食べる。
ゲヌルドのあばら骨は他の獣に比べ、比較的柔らかい。肉もとても柔らかなのだが、やはりツムギには固かったようだ。
「ほねは~だすものですよ?」
けらけらと笑いかなら舌たらずにそう言うツムギは、あきからに異常だ。頬も赤く呼吸も常よりも荒い。腕をつかむと体温も高くぐらぐらと頭が揺れている。
「お嬢ちゃん…リュタタビマを食べた子竜のようになってるわよ?」
メロデイアが驚いたようにツムギの様子を見る。
ノヴァイハもツムギの急な変化の原因をさぐることにした。
「イリイ、ツムギが食べた植物でこういった症状がでることは?」
「ないです、猫科の獣人がタタビマを食べた時の様子に似ていますね」
少し離れた場所で、通信用の魔道具を使用していたリーデオルグテマが「医術師団に連絡したぞ」といってこちらにきた。
私の肩にもたれて楽しそうに笑うツムギはとてもかわいい。
非常に心配ではあるが…
この愛らしいツムギをもう少し愛でていたい気持ちも大きい。
「ツムギ、気持ち悪くはない?」
「ないれすー」
ふらつくツムギを横抱きにして、長椅子へ移動させる。その間も、いつもより密着するツムギに胸が高鳴る
前髪にキスを落とす。
赤く色づいた頬に…
「まだ子供だぞ手を出すなよ」
リーデオルグテマの無粋な言葉にノヴァイハはムッとする。
こんな可愛い番にキスのひとつくらい落として何が悪い。
「ノヴァイハが番に手を出すなんてできるわけないわよ、嫌われたらどうしよう…とかいって結局何もしないのがオチよ」
メロデイアのからかうような言葉を聞き、ノヴァイハは言い返そうとするも…
その通りなのでぐっと堪えた。
そうだ、意識が戻ったときのツムギの反応が怖いのであまり過激なことはできない…。
うぬぬぬ
悩むノヴァイハをメロデイアとリーデオルグテマはニヤニヤと笑いながら見ていた。
その時、扉が叩かれ厨房で連絡を受けたレーゲンユナフがのそりと現れた。
「様子はどうだ?何を食べたんだ?」
ノヴァイハにもたれるツムギを見てうむ、と頷き、テーブルの上に盛られた野菜をぐるりと見てまわる。
「お嬢ちゃんルコルアの根を食べたか?生のルコルアは酒精が多く含まれてるが…普通はここまでは効かないはずなんだがな…」
レーゲンユナフが割れたあごを擦りながら呟いたその言葉に、イリイが耳をピンと立てて答えた。
あの耳、ツムギはとても気にしていた。
チラチラとみては動く度に顔を輝かせていたことに、ひそかに嫉妬をしていたのはツムギには秘密である。
「最後にルコルアの根を2切れおたべになってました」
「2切れ?」
そういってレーゲンユナフは怪訝な顔をして首を傾げ、盛られたままの赤い根菜をつまみ上げ匂いをかぐ。
「うーむ、体も小さい人族のお嬢ちゃんには効きすぎるのかもしれないな。見た限り具合は悪く無いが…念のため医術師がきたら解毒をした方がいい。これから薬効のある植物は気を付けた方が良いかもしれない」
レーゲンユナフは飲み物を作ってくると言ってまた厨房に戻っていった。
ノヴァイハはゴロゴロとなつくツムギを腕の中に囲うとほうっ…とため息をついた。
耳がほしい。
ふわふわの大きな耳を私が持っていたら、ツムギの視線を奪われることもないだろう。
欲しい。
ふわふわの耳が欲しい。
メロデイアの魔法でどうにかならないものだろうか。
そんなことを考えていたらレーゲンユナフと入れ違うように、医術師団から最年少のルエルハリオと治癒師のミルエディオがやって来た。