気にしない竜と私
メロデイアとムツギは先ほどの少し気まずい空気のまま蔦と葉の囲う壁沿いの道を歩いた。
暫くあるくと視線の先に花がわさわさと動いた。
よくよく見るとごそごそと動いている男性だった。その人に向かってメロデイアさんが声をかけた。
「レーゲンユナフ!」
こちらを向いたその男性はがっしりとした体つき。
「なんだメロデイアか。ん?そっちのお嬢ちゃんは…ああ、ノヴァイハの番か?」
大きな体なのに音もなく近寄ってきた。その動きの滑らかさがとても印象的。
「お嬢ちゃん、レーゲンユナフはこの離宮の料理長よ」
「おう、よろしくな。お嬢ちゃんがこの国に来てから厨房を昔馴染みのノヴァイハとメロデイアに頼まれてな。」
レーゲンユナフさんは元々冒険者で、色々な国を渡り歩いているうちに美食に目覚めたらしい。
「お嬢ちゃんの国には面白い料理はあったか?」
「面白い料理?珍味的なものですか?」
うーん、思い出せない…そもそも料理すらあまり思い出せないというのに。そんなに期待を込めた瞳で見られても困るし…うーん、珍味?うーん。
「あ、確かお魚をお魚の内臓で漬け込むとかありましたけど…凄く臭いけど癖になるらしいです」
「ずいぶん変わった料理だな。その調理法は初めてきくな。いや~やっぱ食べ物はすげえなぁ!!」
そういってレーゲンユナフさんは、がははっ!!と大笑いした。
笑うレーゲンユナフさんの髪の毛も白かった。灰のような白、同じ白でも色々あるんだ…さっきの男の子は金色みたいな白だった。ノヴァイハの白は…思い出せない…すっかりピンク色だ。
じっと見ている私に気づいたのかレーゲンユナフさんは苦笑いをした。
「この歳で頭が白いのは珍しいか?」
「そう、なんですか?」
質問に質問を返してしまった。そんな私にボリボリとレーゲンユナフさんは顎髭をかいた。
「ま、ノヴァイハやメロデイアに比べたらなんてことねぇか」
そう呟くとメロデイアがにっこりと笑ってスパーンとレーゲンユナフさんの頭を叩いた。
「この馬鹿は世界中の料理に夢中になりすぎて番に会う機会を逃してるのよ。」
「まあ、そうだな、同年代のやつらはもう、何百年も前に番にあってるんだがな、料理に夢中になりすぎて気づいたらこんな歳だ」
はたかれた頭をさすりながら言うレーゲンユナフさん。こんな歳だっていうほどではなさそうなのに…竜人は年齢不詳だ。
そもそも気づいたら数百年って…桁がおかしいと思う。
「弱い竜ならとっくに死んでるな!」
はっはっはーと朗らかに笑うレーゲンユナフさんは全く気にしていない風だ。
それから私は少しレーゲンユナフさんと覚えている食べ物の話をした。何が好きだとか辛いものは食べられるかとか。そうして、昼楽しみにしてろよ。と言ってレーゲンユナフさんは去っていった。
それを見送りながら先ほどの会話を思いだし…竜と番の関係ってどういうものなんだろう?と思った。
ノヴァイハは番に会えなくて狂いかけてたっていうけれど…
レーゲンユナフさんは番に合えなくても平気そうだった。
首をかしげているとまるで心を読んだようにメロデイアさんが
「お嬢ちゃん、あいつがのんきに構えてるのは番がいるって感じてるからよ、ノヴァイハとは違うわ」
「そうなんですか?」
「そう、この世界には番がいる。例え出会う前に番が死んだとしても…番紋があるから必ず巡り会える。長すぎる竜人生の中で番を待つことは苦ではないのよ、いつか会える。それが解っていればね。私の番は死んで、でもこの世界に魂はあるの。だから狂わずに待てる。ノヴァイハと違ってね。ノヴァイハは…お嬢ちゃんの…番の気配を感じないと言ってたわ。」
そうか、私が地球に居たからノヴァイハは番の気配を感じることが出来なかったのか。
「いったいどうなってたのかしらね、お嬢ちゃんの魂は。呪術的にしばられていたのか…魔術的に封じられていたのか…とても気になるわ」
メロデイアさんの目が何かを覗くようにキラリと光った。
「それに…時折とても鈍い竜人ってのが居るのよ。あいつみたいにね」
確かにレーゲンユナフさんは細かいことを気にしなさそうだ。
そういえば…
「レーゲンユナフさんは何をなさってたんでしょう?」
レーゲンユナフさん居た場所は見事に草がなぎ倒されていた。
可愛い花も灌木も。
「そうねぇ…とりあえずわかることは、あいつがあとで確実に庭師に怒られるってことね。」
私にはもう見えないその背中を見るようにメロデイアさんは呟いた。
「ここの庭師…結構こわいのよね。」