幼竜の憂い
つむぎがメロデイアと勉強をしている最中、マリイミリアは昨晩から医務室で眠っている番のヒューフブエナウの元へ向かった。
メロデイア様の魔法をその身に受けて(実際はマリイミリアが魔法に向かって投げたのだが)頑丈が売りであるヒューフブェナウも流石に堪えたのか、今だに目を覚まさない。
マリイミリアは枕元に椅子を運び眠るその隣に座る。
そしてじっと眠ると番をみつめる。
すっと通った鼻筋と彫りの深い顔立ち、皺の目立つようになったその目元も、いまだ雄らしい力強さがある。
眼光鋭い瞳も、番を見つめるときはとても柔らかな光を宿すことをマリイミリアは知っている。
クグッピーヒュルル
ググッピーヒュルル
昔からヒューフブエナウは眠ると不思議な音がなる。
笛でも入ってるのかしら…
そう思いマリイミリアはヒューフブエナウの口をあけて見るが何も入ってない。
もう少し奥かしら…?
「マリイミリア様やめてあげてください。ヒューフブエナウ様が泡を吹いてます!!!」
医術師団最年少のルエルハリオが慌てて駆けつけてきた。
白い真っ直ぐな髪の毛が肩で揺れる。その姿が昔のヒューフブエナウのようでマリイミリアはとても懐かしい気持ちになった。
「ふふっ、ヒューブったら以前食べさせたきのこ料理の夢でも見ているのかしら?
昔、家の裏庭にたくさん生えたきのこがとっても綺麗な色で…思わずお料理に入れたのよね。
彩りがとても綺麗で美味しそうにできたのを思い出すわ~」
うふふふと笑うマリイミリアにルエルハリオはひいー!!っと声にならない悲鳴をあげる。
それは絶対食べちゃいけないやつですよね!!!しかも竜に効く毒きのこって何だ!?聞いたことないけれどっ!?
食べたら今みたいに泡吹いて痙攣してたってことですよね!?
「とても美味かったみたいで沢山食べてくれたのよ?でも…残念なことにきのこのとれた裏庭は次の日ヒューブが鍛練中に間違ってドラゴンブレスで焼いてしまったのよね…それ以来あのきのこは生えてくれないの。残念だわ~」
流石ヒューフブエナウ様…マリイミリア様の性格をよく把握している。
消したのかおそらく新種の猛毒きのこを。
「どんなお味だったんです?」
念のためルエルハリオはマリイミリアの感想を聞いてみた。
「さあどうかしら?私はそのきのこを食べてないのでわからないわ。とっても美味しいからって珍しくヒューフブエナウが私の分まで全部食べてしまって…それに私あまりきのこは好きじゃないの。」
身を張ってマリイミリア様の分まで食たべたんだ…毒きのこ料理。
その事実にルエルハリオは胸が熱くなる。
さすがは雄のなかの雄と賛美されるヒューフブエナウ様だ。
「ヒューブはとても優しいから、それを知ってて全部食べてくれたのね、その時に君の好まない料理は作らなくていいよ。なんて…ふふっ」
番の事でのろける雌竜人はいくつになってもとても可愛らしい。
それが、毒きのこ料理の話でなければ。
そうですか、そう言って二度目の惨事を回避したのですか。
流石ですヒューフブエナウ様。
ルエルハリオはこの回避方を心のメモに書き込んだ。
「う…うん、マリイ…ミリア?」
目覚めたヒューフブエナウは繋がれたその手の先にいるマリイミリアを、まだ寝ぼけたようなぼんやりと瞳でみつめた。
「おはようございますヒューブ、楽しい夢をみていたのでしょう?」
そう、聞かれヒューフブエナウはすこし考える。
楽しかったのだろうか?
痺れるような苦しい夢だったような気もするのだが…
ああ、でも…
「起きてすぐに愛する君の顔を見れた幸せに、夢のことなどわすれてしまったよ」
「まあ、ヒューブったら!」
ふふっと笑うマリイミリアの頬にふれる。
私はなぜここに寝てるんだろう?
その疑問もとりあえず横に置いておこう。
今はマリイミリアに愛をささやく方が大事だ。
ルエルハリオは二人の世界をつくっている番同士の邪魔にならぬようそっと距離をとる。
私も番に出会ったらこうなるんだろうか…
盲目的なほどの愛を番にささげるのだろうか。
狂うほどに恋ねがうのだろうか。
とうの昔に番を亡くしたといわれる竜人に報われない思いを抱く友を思う。
私もいつか、そうなるのだろうか。
それが少しだけ怖かった。