飛び立つ竜
ノヴァイハが下から這い出してもヒューフブェナウは気を失ったままだった。
ごろりとヒューフブェナウの巨体をマリイミリアの方に押すとズウゥゥンと重い音を立てて転がった。
「ヒューフブェナウったら、あのくらいで目をまわすなんて…少しお疲れなのかもしれませんわね」
そう気の毒そうにマリイミリアは気絶したままのヒューフブェナウの大きな額を撫でた。
「さっきの魔方陣はメロデイアのだな?マリイミリア、私を止めに来たのか?」
「ええ、そうですわ。メロデイアが極大の火炎魔術をノヴァイハ様に向けて転移させる準備をしていたので…竜体で側にいたヒューブをそこにむけて投げたのですわ。…まあ、ヒューフブェナウは炎竜ですからあの程度の火炎問題無しですわ」
閉じかけた転移陣から現れた現王ヘリディオフとメロデイアを見てマリイミリアは
「まったく、殿方はすぐに暴力に頼るのですから…」
小さな子供に叱るように「めっ!」と言った。
その言葉に誰も反論はしなかった。
ただ、誰が一番暴力的なのかは声を出さずとも、皆の意見は一致している。なんとも言えない空気が流れる。
「私を止めるのなら…覚悟はあるのかメロデイア?」
ノヴァイハの問いかけに、メロデイアは肩をすくめた。
「あるわけないわよ。不意討ち使わずにあんたに勝てる竜人なんて、この世に存在しないわ。それに、不意討ちはマリイミリアに邪魔されちゃったわよ」
「お前こそ、覚悟はあるのか?番のために罪の無い人族を根絶やしにする…その気持ちもわかるが…業に染まるぞ?」
ヘリディオフの言葉にノヴァイハはかみついた。
「罪が無い?!あの子を虐げ続けた人族に、罪がないだって?!罪が無いわけ無いだろうっ!!」
絶対に赦せない!と熱くなるノヴァイハを諭すようにヘリディオフは続ける。
「罪は一部のものにしか無いだろう、少なくとも世界はそう判断する。ならば…人族を滅ぼしたお前は、その命の数だけ業を背負うことになる。業は魂を汚す。今までの暴竜となったどの竜よりも。その汚れが番に影響が無いと、お前はいえるのか?」
ギリリとノヴァイハは歯を食い縛る。グルルルと呻くと抑えきれぬ怒りが青い炎となって歯の隙間からごうと漏れる。
そんなノヴァイハにメロデイアは追い討ちをかける。
「お嬢ちゃんの寿命は驚くほど短いわ。一般的な人族の半分もない、そんな儚い命よ。魂同士が繋がった状態でお前の業を貰ったらそこらの小鳥より早く死ぬことになるわ。本当は…解ってるんでしょう?」
メロデイアの言葉にノヴァイハは苦々しく顔を歪め、しかし明確な意思を持って言い切った。
「ツムギとは死してなお共に居る、それでもいい」
番の呪いとそういうものだ。離れない
死によって別たれようとも。
パアンッ!
マリイミリアの平手が竜体のノヴァイハの頬を打つ。グラリと体が傾いた。
「何て勝手なお方!!それでは今までツィー様の周りにいた者たちと、なんら変わりがありませんわ」
「なっ…」
「おだまりっ!このグズ竜!幸せを知らぬツィー様に 、この世の素晴らしさを知らぬツィー様に、何一つ教えぬまま…共に死ぬのが幸せだと、そう言い切るその腐った頭。私がかち割って差し上げますわ!!」
ノヴァイハは何も言い返せなかった。しかし、頭をかち割るつもりで振られたマリイミリアの拳は避けた。いくらなんでもここで死ぬわけにはいかない。
「ツィー様はお仕事をなさいと言いましたわ。くだらない八つ当たりよりお仕事にいってくださいませ」
番の望むことも出来ないなんて…本当にダメな方ですわね。
マリイミリアのノヴァイハを見る顔が酷い。扱いは虫けら以下だ。
ノヴァイハは「はぁ…」とため息をついた。
先程までの煮えたぎるような怒りはもう無い。広がるのは虚しさだけだ。
そうだ、あの子を幸せにすると誓ったのだ。
空を見せると山にも海にも連れていくと。
「ありがとう、マリイミリア」
大きな過ちを犯す前に止めてくれた友に礼を言う。
「メロデイアも兄上も…ヒューブも」
メロデイアは肩をすくめ、ヘリディオフは頷いた。ヒューフブェナウからは返事がない。まだ目を回したままだからだ。
「仕方がないから3つ首の竜でも刈ってくるよ」
魔人国に発生した金色の3つ首竜。
持ち帰れば金の鱗が美しい髪飾りになるだろう。
魔人国の闇に向かって飛び立った。