闇にひそむ竜
すうすうと寝息をたてて眠るツムギ。
ノヴァイハはじっとその顔をみつめた。
ツムギの頬はかすかな笑みをうかべ、顔色もいい。頬をつつくとほにゃりとゆるまる口許がなんとも愛らしい。
可愛い、可愛い、かわいい私だけの番。
このまま永遠に眠りそうな、死の深淵を覗き込むような、そんな恐ろしさを感じさせる静か過ぎる眠りだった今までとは違う。
安らぎに満ちた穏やかな眠り。
見つめているだけで幸せになれる。
なんて愛しい存在だろう。
さらりと枕に散る黒髪を撫でる。
その、髪をくるりと指先にからめ、そっと、キスを落とした…
今起きたらツムギはどんな顔をするのだろう?
恥ずかしげに笑うのか、不思議そうに見つめてくるのか…
眠らせたばかりのツムギを、閉じさせたばかりのその瞳をすぐにでも開かせたくなる。
ノヴァイハはムツギの眠りが朝まで続くように、何者にも邪魔されることの無いように守りの魔術を何重にも掛けた。
そして静かに部屋を出る。
まずはするべきことがあるのだ。
西の離宮をでて、王城へ向かってノヴァイハは風をきるように歩く。
夜の闇はノヴァイハの薄赤い髪を白にもどしてしまう。目をこらしてみてもツムギ好きなピンク色ではないようだ。ノヴァイハはそれを残念に思う。
見上げる城の北にある塔はぼんやりと青く光っている。魔方陣が展開されているのだ。竜体になり空を飛ぶ際に、風圧で木々が薙ぎ倒されることのないように。
普段ならばわざわざ塔まで行くこともないのだが、気が立っていると魔術の精度が下がる。
ツムギの眠る西の離宮が壊れるような可能性は万が一でも無くしたい。
向かうは人族の住む大陸、そしてその周りに点在する島々。
あの子を傷つけたもの達が、その国がわからないのならば…
全てを消してしまえばいい。
ツムギも私が仕事をすることを望んでいる。
ならば、その最初の仕事は愚か者どもの殲滅。
あの子を閉じ込めていたやつらを
あの子の空を奪っていたやつらを
あの子に怪我をおわせたやつらを
あの子を虐げたやつらを
あの子が泣いているその隣で安穏と暮らしていたやつらを
あの子を私から奪っていたやつらを
愚かな人族を全てを
残らず消してみせよう。
さあ。
方法はいくらでもある。
街から何処にも逃げられぬように閉じ込め狂った魔物の餌にしてもいい。
島をまるごと業火に包んでもいい。
海に沈めるのも容易いことだ。
野山を氷で埋め尽くそうか。
砂漠をまるごと湖にしてしまおうか。
人族は何処にでも住み、すぐに増える。
砂粒のようなその命は一気に全て消してしまおう。
あの子が起きるその前に。