空に誓う竜
マリイミリアの提案で、ツムギと庭を見ることになった。
まだ、足元の覚束無いツムギは私が抱き上げる。
ツムギは嫌がったが、「竜人にとって番は羽のように軽いのですよ?」とマリイミリアに諭されて大人しくなった。
実際にツムギは竜人が暇つぶしに行う岩投げの岩よりも軽い。
そう伝えたら「岩投げ?!」と驚かれた。岩以外にも亀も投げると教えるべきだったか。
大人しくなったツムギの髪が私の肩に触れる。
艶々とした美しい黒髪。
少年のように短いことが悔やまれる。
褥で絡み付く長い黒髪は、とても美しいだろう。
…これ以上考えてはいけない。
ツムギは未成年、ツムギは未成年、ツムギは未成年。
煩悩を散らすのだ。
ツムギの放つ番だけが感じる甘い薫りが胸を満たす。
ああ、とても幸せだ。
マリイミリアが扉を開けてくれたので、歩みをとめぬまま外に出る。
庭はちょうど花盛り。
美しい花と緑が真昼の日差しに輝いていた。
「わぁ…」
ツムギの唇から感嘆の吐息がこぼれる。
「とても…綺麗…」
そう、西の離宮は体の弱い母のために父が様々な花や木を植えた植物園のような庭なのだ。
季節を問わず美しく咲く花をみることができる。
しかし
ツムギは花を見ていなかった。
空を熱心に見つめていた。
「…ねぇ、ノーイどうして空はあんなにキラキラしてるんですか?」
その言葉に目頭が熱くなる。
その問いは誰もが子供の頃に大人に聞くもの。
「空に漂う魔素の層は、濃いものと薄いものがある。それがぶつかるときああやってキラキラと光るんだよ」
「そうなんですね!!本当にとても綺麗」
その素朴な問いにさえ、答えるものが側にいなかったのか。
「空がこんなに綺麗だなんて…あの窓からじゃ解らなかった…」
窓さえ自由に開けられぬ世界にいたのか。
当たり前にそこにある空さえ、硝子越しにしか見ることができぬ、そんな所に君はいたのか。
焼けるような想いを隠し、会話を続ける。
「朝焼けも夕焼けも、雨の日も。空はとても綺麗だよ。君にみせてあげるよいくらでも。竜になって君をのせてどんな場所にもつれていける」
「本当に!?凄く楽しみです。朝焼けはどんな色ですか?夕焼けは?あっ!やっぱり秘密にしてくださいね!楽しみが減っちゃうから」
胸がつまる。
…苦しい。息が出来ないほどに。
番の願いのなんと簡単なことか。
そんな簡単な願いすら叶わぬ場所にずっと居たのか。
もっと早く見つけていたら、
もっとはやく救えていたら、
こんな悲しい言葉を君の口から聞くこともなかったのに。
マリイミリアが布で目頭を押さえていた。
メロデイアは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
私も同じだろう。
なによりも、いちばんやるせないのは…
君が自分の言葉がどれだけ悲しいことなのか解っていないことだ。
空を自由に飛ぶ竜にとって地に囚われるは死に近いこと。
私があの地下で自ら死に逝こうとしていたときに
同じように君も囚われていたのか。
安穏と闇に落ちていた己への罰に
何がふさわしいのかすら、愚かな私にはわからない。
どんな艱難辛苦を与えられても、君の時間は戻らない。
わかるのはただひとつ
どうしようもなく悲しい君が
とても優しく笑うことに
どこまでも私が救われているということ。