囚われのこども
「そういえば私の国は成人は20歳ですが、16歳で結婚できるんですよ」
マリイミリアとにこやかに話すツムギの言葉にノヴァイハを踏みつけるメロデイアの動きが止まった。
「16で結婚ね…」
赤く染まった唇からこぼれた声音は苦々しく重かった。
先ほどまでノヴァイハを痛めつけるために踏んでいた足は、暴れだしそうなノヴァイハを抑えるものになった。
16歳で結婚。
その言葉の意味をノヴァイハの番は知らないのだろう。
人族が政略結婚の駒として、王族の子供が他国に婚約という名の人質として渡されることのできる年齢が16歳である。
簡単には死なない程度に育った年齢。それが16歳。
市井の者たちはその年で結婚することはまずない。
子供を産める年ではないからだ。
16歳から結婚は可能と教え込まれ、人質として他国に売るために生かされていた、駒となるほど血の濃い子ども。
それがノヴァイハの番か。
あまりの事態の重さにメロデイアの頭がきりりと傷んだ。
魔道具によりツムギの意識がおぼろだった時、彼女は口にするもののほとんどを知らなかった。
全く見たことのないものを見る、そんな様子だったという。
手首につけていた奴隷の鎖。
異常なほどの食事制限。
労働をしらない手と細過ぎる手足。
年と合わぬ大人びた対応、それに対比するように驚くほど足りぬ知識。
そこから導き出される答えはそれほど多くない。
おそらく、日常より隔離された閉じた空間での幽閉。
それが虐待を伴うものだったのかは解らない。
ツムギの精神の健全さを見れば暴力的なものは無かったのかもしれない。
竜人国に落ちてくるそのときまでは。
幽閉、その果ての惨事。
人質としての価値がなくなったものの末路はいつの世も変わらない。
押さえつけていたノヴァイハの瞳が怒りに染まり色が鮮やかさを増していた。
(ここで暴れるなよお嬢ちゃんに悪影響だ。)
そう番に聞こえぬ声で囁きノヴァイハを抑える。
腸が煮え繰り返っているのだろう、
己の番が置かれていた環境に。
己よりも先に番と婚約していたものがいる、という可能性に。
己が喉から手が出るほど欲しがっていた宝物を壊れるまで弄ばれたその結果に。
竜人の雄ならば怒りに我を忘れて当然だ、
メロデイアはツムギを憐れに思う。
幸せとは…言えぬであろう道を歩いてきたツムギ。
長く囚われの身であったであろうツムギ。
その番であるノヴァイハは彼女を決して自由にすることはない。
人にとっては永遠に近い時を、甘い愛の檻に閉じ込めて過ごすのだろう。
いや、檻の中で育った鳥は、檻の中でしか生きられないのかもしれない。
「幸せにしてやれ、ノヴァイハお前が。番のお前にしか出来ないことだ」
暴れる竜が大人しくなる。
足を外すと、先ほどの怒りに染まる瞳とは異なる理性的な瞳が見上げてくる。
「言われなくても、ツムギを幸せにするのは私だよ」
マリイミリアと親子のように楽しそうに話すツムギを愛しそうに見つめるノヴァイハ。
「私以外があの子を幸せにしようとするなら…」
一瞬にして狂気を潜ませたその瞳。
飲み込まれたその言葉の先に
あの哀れな番の幸せはあるのだろうか。