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難解な名をもつこども

現王ヘリディオフと宰相ヌェノサスが治癒師ミルエディオを伴って西の離宮を訪れたとき、番の眠る部屋の真ん中で西の離宮侍女頭となったマリイミリアが縛り上げたノヴァイハの舌を引っ張ろうと躍起になっている所だった。


「ノヴァイハ様、そのような廻りの悪い舌は私が今伸ばして差し上げますわ!! 」


「ひゃめよ!ひょふへはひゃい!」


「まあ!やめよですって!?番のためにこれしきの痛みも我慢が出来ないなんてそれでも竜人の雄ですか!?情けのうございますわっ!」


「マリイミリアー!!!!」


護衛として控えていたヒューフブェナウが慌ててとめに入るとノヴァイハがきっ!とマリイミリアを睨んだ。


「マリイミリア舌を伸ばしてほしい訳じゃない!回りすぎてるから短くしたいのだ!!!」

「まあ!わたくし勘違いをしていたのですね!今すぐ鋏をお持ちしますわ!!!」


ふわりと見事な礼をして踵を返したマリイミリアを呆気にとられて見送るヒューフブェナウの肩をたたく。

「まて!マリイミリアちょ、ちょっと、すこし落ち着こうではないか、何がどうしてそうなったんだ?愛しい人!?」

慌てて追いかけて行った。


ノヴァイハとマリイミリアのやり取りに現王ヘリディオフは額を押さえた。

その眉間には見事な縦じわ。



そうだ、この二人、マリイミリアとノヴァイハが揃うと時折こういったことが起きるのだった。


もう何百年も見ていなかったから忘れていた。

この懐かしい光景を。


「さて、どういうことかなノヴァイハ」

「どうもこうもありません。兄上、私の役立たずな舌をなんとかしたいだけです」


不貞腐れたように言い捨てるノヴァイハに苦笑がもれる。

そう、私の弟は時折ささやかなことで拗ねる癖があるのだった。

もう何百年も…以下略


「そなたの舌が役立たずとは…さては、番の名前でも呼べなかったか?」


まあ、そんな筈はないだろう。

この弟は昔から驚くほど舌が回るのだ。

どんなに舌を噛みそうな名前もすらりと言ってのける才能があった。

難解な名前で有名な私の番ムェロニミラウヒューディリアの名も一度で覚えた猛者である。私は言えなかったムェロニミラウヒューデリアと言えなかった。

こっそり練習したのは自分だけの秘密だ。

そもそも竜人の名前は言いにくすぎるのだ。


「陛下、どうやら図星だったようですよ」

宰相であるヌェノサスの声に振り向くとノヴァイハは仔ゲルヌドのようにプルプルしていた。


涙目である。

いい大人、というか外見的には年若い青年だが年齢的には孫がいてもおかしくない年齢の竜人が涙目である。



「まさか…名問いをしたのか?名問いをして呼べなかったのか!?」


竜人の番への求愛の第一歩。

お互いに名前を交換する名問い。

名を問う方はどんな難解な名前でも必ず一発で決めないといけない。


番との絆を作るために古の契約を発動させるためのものだからだ。

それが出来なかったということはまだ正式な番になれていないということ。


「お前が名問いで失敗するとは思わなかったな…」

思わず呟くときっと涙の浮かんだ瞳で睨まれた。

「わ、私だって番の名前がここまで難しいなんて想定してませんでしたよ!どんな名前でも言ってみせる自信があったんです!なのに…あんな…あんな情けない名問いになるなんてっっ!!!」


ノヴァイハのこの様子を見るに番の名前は酷く難しいようだ。


「ツィー様とお呼びするとこになりましたわ」

いつの間にか入口にはマリイミリアが戻ってきていた。


「とてもお優しい方のようですわ。名を言えないノヴァイハ様をお許しになるどころかご自分もノヴァイハ様をノーイと呼ぶと仰ったそうですわ」


カツカツと鋏を片手にノヴァイハに近寄る。

そういえばノヴァイハをまだ縛ったままであった。


「さあ、お口を開いてくださいませ、その役立たずな舌を短くして差し上げますわ」


ニッコリ笑った顔が逆に恐ろしい。

追いかけていいったヒューフブェナウはどこで置いてこられたのだろうか。


「お、お待ちくださいマリイミリア様、舌を切っても滑舌は良くなりませんよ!?」

治癒師ミルエディオが慌てたように止めにはいった。

「むしろ切ったことにより舌の動きが悪くなってより悪化します。まずはノヴァイハ様番の方はどのようなお名前なのでしょう?」

落ち着いた口調で窘められマリイミリアは乱れた裾を整え、ノヴァイハはふてくされ気味に番の名前を舌にのせた。


「ミェネマェ ツィミギと言う、言えてないがな」


うむ、それは舌を噛みそうな名前だ。


「ふむ、番の方のお名前は一つ一つを区切る発音方なのですね、ならば滑らかに言うよりも音を意識した方が…」

「音を意識?」

「ええ、そうです言葉とは~」


ノヴァイハとミルエディオが話し込んで練習を始めたので宰相と私は少し離れた場所から番を見た。


数日前と変わらぬ姿。

しかしひとつわかったことがある。

私が口にするよりヌェノサスが先に指摘した。

「番の方、ツィー様は…変わった場所に魔力器をおもちですね。」

ノヴァイハの名問いに反応したのだろう、体内の魔力が以前より活発に廻っている。

「あぁ、頭だな。通常は腹にもつのだが…しかも魔力増幅の呪までかけてある」

「呪いでしょうか…少し違うような気もしますが…見たことの無い陣です」

「これは人為的に移されたのか…?」

「少し安定感に欠ける所をみるとそうなのかもしれません。」


なんのために。


そういいかけて王城に来た時の状態を思い出す。

全身に最高難度の治癒魔術が施された姿。

その後も何日も数人掛でかけ続けたその傷の深さ。


頭以外は全て潰れていた体。

頭に移動させられた魔力器。


魔力器が傷つかなければ体が傷ついたとしても死の淵に留まらせることができる。

手首につけられていた奴隷の証。

それはつまり…


「こんな幼い子供に酷いことを…」

「研究か、みせしめか…どちらでしょうね…なによりもこの子がノヴァイハ様の番だとわかっていたのでしょうか?」

「判らぬな、しかし竜人の番を痛めれば最悪国が滅ぶまでは行くだろう?それが狙いか?」

「それにしては跡が少なすぎます。相手が読めないなら意味がない。」


ならば…


「助けたかったのかもしれないな。」


聞いたことのない音の名前、労働を知らぬ手、綺麗に整えられた爪や髪。

王族や貴族に近いものなのは間違いないのだろう。

移された魔力器、増やされた魔力、そして限界まで砕かれた体。

大陸を越える莫大な力を込めた転移陣の発動。

全てがこの子を助けるためのものならいい。


そんな、夢のような事が事実ならばいい。


そうでなければ…


狂いかけの竜の番を傷付けた。

そのことへの代償が大きすぎる。




竜人族以外の全ての大陸が海に沈む未来む未来など誰も望んではいないだろう。





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