表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/134

幼竜の選択




ノヴァイハを見送りメロデイアは竜形の灰塊の傍に立ちすくむまだ若い、いや、幼いと言うべき竜を見た。


ミルエディオと同じように駆けつけてきたその幼竜は惨状に息をのんでいたが、ミルエディオに指示を受けると素早く動いていたが灰塊の傍に寄ってからは惚けたように立ち尽くしたまま動く様子がない。


今日は長い1日になるなとメロデイアはそっとため息をはいてレーゲンユナフの反り血で真っ赤に染まった髪をかきあげた。


「早くしないと死ぬわよ」


立ち尽くす幼竜ははっとその言葉に竜の形をした灰に治癒の魔術を展開していく。

慣れた作業に冷静さを取り戻したらしく、ちらりと横目でメロデイアの姿を見た。




ルエルハリオは血だらけのメロデイアのその目をみてああ、この人も気付いているのか。と諦念に似た気持ちを抱いた。


この人もルエルハリオをここに残したミルエディオとと同じなのだ。


「あんたが嫌ならこのまま死なせてあげてもいいのよ」



何があってこの灰塊となった竜がノヴァイハ様の番の方を食べたのかはわからない。

解らないけれど竜王種の番を食べるなど正気の沙汰ではないということは解っている。

正気ではない竜を治癒したとして、助かった後に待っているものは竜王種による処分のみだ。


もしかしたら、理性が残っているかもしれない。

もしかしたら、完全に狂っているのかもしれない。


治してみなければ解らないけれど、もしも、完全に狂っているのならば…


いっそ番の手で殺してやるのがいい。


つまり、メロデイアもミルエディオもこの灰塊となった竜の番がルエルハリオなのだと確信を持っているのだ。


ぽたり、とメロデイア様の赤く染まった髪から滴が垂れた。


甘い、甘い香り。

それから噎せ返るほどの血の臭い


ルエルハリオの番の香り


くらくらするほどのにおい、そして甘さに霞む思考を現実に引き戻す焦げた臭い。




会いたくないと思っていた。




唯一無二の相手なんて欲しくないと思っていた。

だって、ルエルハリオの親友はちっとも幸せそうじゃなかったから。


『番になんて会わないまま終わってしまえばいいのに』


ルエルハリオがそう言ったとき、仕事の先輩達は若いなって笑った。

まだまだ時間は沢山あるんだゆっくり探すといいさ。


そういって先輩風を吹かせる彼等にむっとしたのは本当にごく最近のこと。


なのに、なのに随分と昔のことのように感じるのはここ最近の嵐のような慌ただしさがあったからだろうか。



『まるで停滞していた時が動きだしたかの様ですね』そうルエルハリオの上司は柔らかな口調でそう言った。

そうだ、皆がそう感じている。

ここ数年は本当に何もなくて、皆のんびりと研究をしつつも、雑談や惰眠を貪ったりと好き勝手に過ごしていたのに。


湖に投げ込まれた小さな小石が水面を荒立たせるかのように、長く見付からなかったノヴァイハ様の番の方が見つかってから物事は大きく動き始めた。


親友も、そして…自分も。



目の前の竜の形をした灰が自分の番だということはここに来る前に気づいていた。

突如現れ急に膨れた竜気に全身が歓喜に震えたルエルハリオは本能の赴くまま番の元にかけつけた。

そしてかけつけたその先で見たものは番はノヴァイハ様に焼かれて黒い炭となって地に落ちた姿だった。



「こいつは私達と同じ時期に卵から孵ったの。若い頃はノヴァイハと一緒に世界中で番を探し回ってね、こいつは不思議なことに普通の竜なのに狂いもせずにここまで生きてきのよ。ノヴァイハと別れてからは世界中の料理を食べ歩くようになったわ。こいつは昔から食い意地がはっててねぇ…まさか親友の番をたべるとは思わなかったけどね」

目の前の竜のことを教えてくれたメロデイア様を見ると、全身に浴びていた血を掌に集めていた。


竜の血液は魔素を多く含む。


地面に拡がっていたものも全てくるくると回る掌の珠に集まっていく。


「あなたがこいつを必要としないなら、そのまま治癒をやめればいいわ。まだあなたは幼い。例え今こいつを殺したとしても、すこし待てばまた逢える。竜の魂はそうして廻ってるのだから」


それはどれくらいの長さ?

廻る命の環が重なりあう時はいつ?

その間狂わずにいられるの?



「待つ間、この魔石を核に卵を造ってもいい。そうすれば、狂うこともないでしょう」

差し出された魔石は血そのもののように赤黒くてとろりとした色をしている。


さあ、どうする?


ひたと見据えるメロデイア様の顔はいつもの斜に構えたような微笑みをではなく、間違いなく、世界の理を知る竜王種のものだった。



恐らく、今この竜の命を狩ることを選択したならばルエルハリオはこの竜の名前すら知らずにこの生を終えるのだろう。

たとえ再び番に逢えたとしてもこの炭になった竜とは違う、全く違う竜となってルエルハリオの前に現れる。



こんな奇妙な出会いも無かったことになる。



ルエルハリオはそっと目を閉じた。

閉じて大きく息を吐いた。




この竜の名前を知りたいと思った。


貴方のことが知りたい。


それが全てなんだ。



ルエルハリオはメロデイア様の差し出す赤黒い魔石から目を離し、黒い炭となっている竜の傍に膝をついた。



そっと触れるとポロポロと黒い炭が落ちて、その下からは出来たばかりの灰色の鱗が現れた。



ルエルハリオはその鱗にそっと口づけを落とした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ