問答と竜
1話前のお話がなぜか重複した状態で更新されてました。
なぜだ…コピペもしてなかったのに何故だ…ナゼかはわからないけれど、読みにくくてすいません。
そして、教えてくださった方々ありがとうございます。
この相手にはどういっても伝わらない。
諦めたメロデイアは心底重いため息をはいた。
マリイミリアのマイペースさは昔からなのだから。
「相変わらずあんた怖いわねぇ…孫もいるんだからもう少しその猟奇的なこところ治しなさいよ」
「まあ、ヒューブは喜んでるというのに?」
にっこり、と首をかしげながら剪定バサミをチョキチョキするマリイミリアの目元の小じわは笑ったぶん常よりも深くなり…
流れた年月の長さを感じさせた。
孵化した時からそばにいたこの竜もそのうちメロデイアやノヴァイハを置いていくのだ。
優しい番と子供達に見送られながら。
「…喜んではいないと思うわよ?ってあの髪はあんたがしてたのね…」
ヒューフブェナウの髪は竜人にしては短い。
竜の髪は正確に言えば髪ではない。
とはいえ、獣人の髪のように獣型の体毛と密な関係があるわけではない。
獣人は人型で髪を切ると獣型になったとき鬣や体毛がハゲハゲになりひどい目に合う。
竜人にそのような奇っ怪な現象は起きない。
おきないけれど…髪は竜気の流れを整える作用があるのであまり刈り込むと個体としての能力が低下する。竜気の流れが滞る分、耐性が低下すると言われているのだ。
そのため竜人は髪は伸ばしたままにすることが多く、髪もある一定の長さになればそこからさらに長くなることはない。
メロデイアは魔術への親和性が高いいため、髪の量は多く非常に長い。
あまりに長すぎて邪魔なので腰のあたりまでばっさりと切ってしまっているが、くるくるとうねる癖があるため普段は背中を覆っている。
これ以上短くすると障りがあるが…竜型に戻れば元に戻るのでさほど気にしていない。
竜型に戻り、再び人型になったときは…髪が床に広がってとてつもなく面倒くさいことになる。
そのためメロデイアのように魔力特化の竜は滅多なことでは竜型にならないし、人型の時は髪を短くしない。
人間の軍人ほど短いのは番であるマリイミリアに強制的に頭を刈られているヒューフブェナウくらいなものだ。
「まあ、ヒューフブェナウの頭のことはいいのです。それよりも、こんな場所で転がられても邪魔ですわ」
「転がってはいなかったわよ、しゃがんでいたの。転がしたのはマリイミリアでしょう?」
「私は邪魔な布の塊を踏みつけただけですわ、その布の中身がメロデイアだっただけですわ」
にっこりと口答えは許さないと言わんばかりに微笑まれメロデイアはため息をついた。
この幼なじみには逆らっても碌なことにはならないのだと身に染みている。
まあ、喜んでつき従っても…碌なことにはならない。
むしろ悲惨なことになる。
竜人族きっての愛妻家、鋼の竜、限界を超えた竜、雄の中の雄、愛の竜、と数多の二つ名と多くの偉業と伝説を作り続けるヒューフブェナウのように。
「…番って何なのかしらね」
メロデイアはぼそりと呟いた。
マリイミリアはメロデイアからの珍しい問いにあら?と眉を上げた。
今まで番というものから避けるように過ごしていたメロデイアからそんな言葉が出るようになるなんて。
まるで止まっていた時が動きだしたかのようだ。
これも…あの小さな人族の少女の影響だろうか?
マリイミリアは表情はさほど変えることなく嫌そうに顔をしかめるメロデイアの欲しい答えは何だろうかと考えた。
「私の子供も孫も番を得た子は皆、幸せになってますわ、つまり番は幸せそのもので良いのでは?」
いわゆるよくある答え。
誰もが一度は答えるそんな当たり前の答え。
メロデイアが嫌がるであろうそんな答えを敢えて返してみる。
「それは、マリイミリア、あなたもそうだと?」
「ええ、私はとても幸せですわ」
にっこりとマリイミリアは微笑んだ。
番との幸せはどう逆らってもどう足掻いても…ただ深く沈み混んでいく底無しの泥沼のようだ。
マリイミリアはそう思う。
もがいても、もがいてもどうにも逃れられない。ならば、どこまでも深く沈んでいけばいいとも。
「それは…相手を食べたくなったとしても?」
酷く真面目な声色で聞かれた言葉にマリイミリアはメロデイアの顔を見上げる。
逆光だからだろうか、暗い影に呑まれたその表情をうかがい知ることはできなかった。
できなかったけれど…
『ねぇ、かあさま』
小さな子供達の声が聞こえたような気がした。遠の昔に大きくなって、今はもうすっかり大人になったマリイミリアの可愛い雛たち。懐かしいこと。マリイミリアの子供達も皆似たような問いを投げ掛けてきたものだ。
「食べたとは言っても結局は甘噛みのようなものでしょう?実際にかじったとしても飲み込むことなど出来はしないわ」
そう、だって飲み込んでしまったらまた一人きりになってしまう。
それに、痛いと泣いた相手をさらに泣かせることなど出来はしない。
竜は本能でしっているのだから。
目の前にいて、尾を絡めあい、鱗を擦り合わせる幸せに優るものなどないということを。
「あまがみ?」
きょとん、とした顔をしたメロデイアに思わず笑いが込み上げる。
いつも斜に構えたような薄笑いを浮かべたこの友人のこんな間抜けな顔はめったに見ることはない。
「ええ。そう、私達竜とは違うけれど獣の親はいとおしい子をなめるのですわ、小さな体を嘗めて清めて愛情を伝えるために」
「…そういえばそうねぇ…」
「だから…」
竜人が噛むのも同じようなもの、と続くはずだった言葉は急激に膨らんだ竜気にかき消された。
王城で竜人が竜体をとるなど滅多にないこと。
それに、この方向は…
「ツィー様!!」
膨れ上がった竜気の先、西の離宮へと向かって走りだそうとしたマリイミリアの手をメロデイアがつかんだ。
「跳ぶわよ」
その声と共にゆらりと視界が歪む。
馴れぬ転移の術は一瞬、そしてよろりとよろけたマリイミリアの足元は、先ほどまでの平らな石床ではなく砂利と土の混じる庭園のものに変わっていた。
「やめろ!レーゲンユナフ!!」
悲痛なメロデイアの声にぐらつく頭をむりやり起こす。
その視線の先でマリイミリアが見たのは…
大きな竜に腕を半ばまで食まれた小さな少女。
驚きに見開かれた表情のまま軽々と持ち上げられ、そして、軽く振り上げられ体は小枝のように一瞬空を舞った後、大きく開いた牙が並ぶ口へと消えていく友の番の姿だった。