振られる私
「あ、あ、あ…」
目の前がチカチカするような痛みに声をあげつづけることは出来なかった。
かすれた声が意識しないままに小刻みに溢れる。
ごきり、と激しい痛みと嫌な音が鳴った腕は、けれど、奇妙なことに血が溢れることはなかった。
しかし、どう見ても隙間無く閉じられた大きな歯と歯の間で、自分の腕が限りなく薄くなっていることだけは確実に目にすることができた。
グルグルと喉を鳴らすCGで作った恐竜のようなその生き物は、私の腕から口を離すことなく、それどころか、どこかに運ぼうとする意思さえ感じさせた。
「ううーっ…」
私は痛み故なか吐き気と頭痛に、苛まれながら、引きずられる体を僅かな抵抗とわかりつつも足を必死に踏ん張ることで留めようとする。
そのたびにズキン、ズキンと痛みが走り、背中に冷たい汗が落ちた。
けれど、そんな些細な抵抗など効果を成すわけもなく、
「うあっ!!」
凄まじい痛みと共に、足が地面より離れた。
ぶらりとぶら下がることになった私は、ぶんっとひと振りされただけでまるでひっかかった小枝のように腕を起点にぐるんと宙を舞った。
不思議なことに、普通ならとっくにちぎれているはずの腕はまだ牙に挟まれたままで、血すら流れてはいなかった。
けれど、確実に存在していることを知らしめるような激しい痛みだけが間違いなくそこにあった。
ブン!と再度振られ、慣性の法則にしたがって体はぶらりと振り子のように揺れた。
鋭い歯に嵌まれたままの腕に全体重がかかり、ぶちぶちと繊維が千切れる痛みの中に、ゴキンと鈍く肩が抜けた衝撃と痺れるような痛みがない交ぜになり、私はたまらず胃の中のものを吐いた。
吐きながら、いっそ、この腕がちぎれてしまえばもっと楽なのかもしれないとすら思った。
血も出ない、けれど痛みは確実に感じる。
この不可解な状態のまま全身噛み砕かれたらさぞや痛いだろう。
気を失えたら楽なのに、それすら出来ないまま、大袈裟な映画のように泣き叫ぶことなど出来もせず、まるで冗談みたいに恐竜のような生き物に食べられてる。
こんなの、想像もしない人生の終わり方だ。
ならば、
食べられるならノヴァイハがいい。
この燃え尽きた灰のような色の竜じゃなくて、ノヴァイハがいい。
きっと髪の毛と同じ綺麗なピンク色の竜だろうから。
きっと優しく私を丸のみにしてくれる。
こんなにいたくない。
きっと痛みなんか何もなく終わりにしてくれるはず。
痛みに霞む視界と脳内でそんなことを思っていたからだろうか。
ぶんっと一際高く振られ私の体は高く宙を舞った。
意外なことに噛まれていた腕はまだ、繋がっていた。
空だ。
この世界の空は青くない。
今は淡い紫色、キラキラとした不思議な布が掛かったように揺らぐ空が視界いっぱいに広がった。
そして、風をきる音を耳でききながら、舞い上がった体は急速に墜ちていく。
力の入らない腕はまるで空を掴むように伸ばされた。
こんなにいたいのに、キズなんかひとつもない。
なんで…
そうぼんやりと思うまま、私はぱかりと開かれた大きな口の中に抵抗することさえ出来ずにただ、落ちて、そして…
空はギザギザとした暗い闇に呑まれた。