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臥して待つ竜

ノヴァイハが西の離宮につくとすぐにマリイミリアが扉をあけた。


「お待ちしておりましたわノヴァイハ様」

久しぶりに会う昔馴染みの番は目元に皺が入った以外さほど変わらぬ姿だった。

「久しいなマリイミリア」

「わたくし、夫と共にこの日を心待にしておりましたわ。」

「ああ、我が番は弱き只人、そなたに助けられることも多いだろう。これからよろしく頼む」

「ええ、心を尽くしてお仕えいたしますわ」

ふわりと微笑んだその笑みは昔のような華やかさはなかったけれど包み込むような優しさに溢れていた。


己を置いて過ぎ去っていった数百年の月日がそこにはあった。

マリイミリアとヒューフブェナウの間にはもう、孫が居たような気がする。

最後に会ったのは娘の成竜の祝いの席だったような気がする。基本子育てというものをしない竜において、そのような事をする者は珍しいため記憶に残っていた。


離宮はずいぶんと様変わりをしていた。

母がいた頃は黄色い小花が散っていたアイボリーの壁はごく淡い緑の壁に変わっていた。

「兄上様ですよ、巣を作る余裕のないノヴァイハ様の変わりにここを貴方の色に染め変えるようにと」

思わぬところで兄の想いに触れた。


とろりとした僅かに光沢のある生地のベットにそうっと番を横たえる。


「そうだ、マリイミリア、先ほど番の怪我に取り乱してそなたのヒューフブェナウを竜体でかじってしまった」

にこやかに笑っていたマリイミリアの顔がさっと青ざめた。


「ここはもういいから側にいくといい。半分食べ掛けてしまってヒューフブェナウの頭には牙がささって血が吹き出ていたからね」


流石とも云うべきかマリイミリアは完璧な淑女の礼をして部屋を去っていった。

ドアを閉めた瞬間走っていく足音が聞こえていたが。



二人きりだ。


胸にこみ上げる愛しさがあふれそうだ。

じっと、眠る番を見つめる。

胸にあたたかなものがずっと生まれ続けている。

いつまででも眺めていたいくらい幸せ。

ノヴァイハは目をそっと細めた。揺らめく紫の瞳に白い睫毛がかかる。瞳は先ほどから炎の瞬きのように色を複雑に変えている。



ベットの側に椅子を置き、なめからな手触りの黒髪に触れる。

つるりとした黒髪をあくことなく撫でていると扉を叩く音と共に治癒師のミエルディオが現れた。

「番の方のご様子はいかがですか?」

「まだ、目を醒まさない…」

「では、少し魔力の流れを整えましょう」

ミルエディオは番には手を触れずにふわふわとした光ごしに番の体を確認していった。

光が散りミルエディオは息をひとつついてから話し出した。


「先刻、番の方の状態は非常に危険な状態にありました。人族でなくても死んでおかしくない状態でした。いえ、むしろ生きているのが奇跡のような状態です。番の方がどのようにしてあのような怪我をされたのかは解りませんが… まだ幼い番の方の心と体にそれらがどのように影響しているか…。ノヴァイハ様、非常に申し上げにくいことですが……っ…番の方は目を醒まさぬ可能性も、目を醒ましても人としての意識を…持たぬ可能性も…」

「ミルエディオ、解っている。解っているよ」

ノヴァイハは苦しそうなミルエディオの途切れとぎれの言葉を遮った。

「本来死の安らぎを得るところだったこの子をヒューフブェナウが無理矢理繋ぎ止めたのは私のためだろう?」


そうだ、人としての最後の救いをこの子から奪ったのは私だ。

番が再び産まれるその時を待つことが出来ない脆弱な精神の己のために行われた非道。



「その報いがどんなものであろうと受け止めよう」


この子が永遠に目を醒まさなくても。

私の名を呼ばなくても。

この子の名を知ることが出来なくても。


さらりとした黒髪をひと房すくう。

するりと指のあいだからこぼれ落ちていく…何度も何度も。


ミルエディオはまた来ますといって部屋から出ていった。



それから数日間、番は目を醒ますことはなかった。

部屋には時折人がやって来ては番の様子を見たりしていった。

兄王も時々やってきては、なんだかよくわからないことを言っては去っていった。

「最近の番への人気のプレゼントは箱だそうだ」

「箱?箱ですか?」

「なんでも美作り箱という箱を作って番の好きなものを詰めるそうだ」

「好きなものですか。この子の好きなものは解らないですから…この子が起きたら作れますねその美作り箱」

「バネを必ず入れるそうだぞ」

「バネ?」

「うむ、ヒューフブェナウの孫が作っていたそうだぞ?」

「兄上、バネは…どういう効果があるんでしょう?」

「さてな、願掛けか?最近の流行りは解らんな」

番に熱烈にアプローチする時期はとうの昔に去った兄王の助言はあまり当てにならない。


けれど気は紛れた。


一人で番の側に居ると時折気がつくと竜体になって番を嘗めていることがある。


嘗めても嘗めても返ってこぬ反応に心のどこかがひやりと冷たくなっていく。

そんな時はいつの間にか溢れる涙で番がずぶ濡れになっている。


いや、ずぶ濡れどころか危うく溺死させそうになる。


竜体は不便だ。


夢中で嘗めている間に顔が口に入っていたりもする。

人間は小さい。

私の番は小さな人間のなかでも一際ちいさい。


そして、そんなときは大概マリイミリアが私を殴って正気に戻すのだ。

にこやかに繰り出されるマリイミリアの拳はとても…



とても痛い。



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