甘いものと私
真っ白だった場所からゆっくりと落ちていきながら、落ちた先で待っていてくれるだろうノヴァイハを想う。
竜人は番からの愛を心の底から乞う。
それが本能なのだと説明された。
たとえノヴァイハの番だとしても、私はただの世界レベルの迷子でしかない。
もう、家がどこなのかわからない、戻れない、得体もしれない、与えられるばかりでなにひとつ返すことも出来ない。
保護しても何の得もないただ役立たずだ。
番がわからない、向けられる気持ちが返せないといいいいながら、私は結局、ノヴァイハの番という立場に酷く甘えている。
知らないことばかりの、あまりにも私の知る常識とかけ離れた世界で…
私があんなにも落ち着いていられるのは、暢気にしていられるのは、ノヴァイハという絶対的保護者が側にいるからだ。
決して裏切らないという奇妙な核心。
勘にも似たそれこそが番というものなのかもしれないけれど。
結局、なんだかんだと言いながらすっかりノヴァイハを頼っているのだ
。
あの甘くて苦い微笑みを浮かべる人を。
番ってなんだろう?
番てだけでそんなに好きになれるものなのかな?
そう思った瞬間、ゆっくりと落ちていく私の横でアルバムを捲るように沢山の景色の欠片達がくるくると私の前を過りはじめた。
これは記憶。
私の記憶。
ほろほろと崩れていた記憶達が形を取り戻し、鮮明になっていく。
そう、これは私の地球での記憶だ。
思い出したいことも、思い出したくないことも。
掴めなかった砂のような記憶が急に形を伴って手元に戻って来たような不思議な感覚。
久しぶりのそれに喜びよりも怪訝さが勝った。
おかしいな。
なんとなくだけれど…私は馴染めるように頭を弄られたのだと思っていた。
あの先輩はそうする。
ううん、そうした、はず。
なのに、なんでこんなにはっきりと、思い出せるんだろう?
あ、そうか。
ここが夢だから。
ここは異世界の私が地球にいた私と混ざる場所なのかもしれない。
そう納得はしたけれど、不思議な感覚は消えない。
目の前を次々と懐かしい景色が過っていく。
夏の向日葵、開かれた教科書、桜の下のランドセル、綺麗に染められた赤い爪、お気に入りの緑の靴、机の上の食べかけのお弁当、縁側の猫、紅に染まる山、お盆の上の雪うさぎ、床に置かれた携帯電話、机の上に散らばる千代紙、畑の向こうで呼ぶ…
通りすぎていくそれらはまるで走馬灯のようで…
ああ、駄目だ。
だめだよ、これを見てしまったら…これを覚えてしまっていたら、私はあの腕に抱かれているだけではいられない。
こんなものがあったら心を残してししまう。
だから、私はきくつ目を閉じる。
そして、目の前に暗闇がひろがったことにほっとする。
ほっとして、けれど、なにひとつ思い出せなくなったことにがく然とする。
まるで私が記憶を捨てたみたい。
だってこれじゃ…
だってこれじゃ
私を捨てたあの人みたいに…
暗闇のなかで私は墜ちていく。
落ちて、落ちて、その底にあるのは…
「…ケホッ」
急に喉が掠れて乾いた咳がでた。
なんだろう?
喉がカラカラ過ぎる。
ぱちりと目をひらくと茶色い光彩の散るチョコミントみたいな瞳が目の前にあった。
その色を見た瞬間に私の頭の開けられない引き出しに全てしまわれた感覚がした。
「おはようツムギ、お腹がすいてるの?」
にこりと笑うノヴァイハの笑顔が鍵だったのかもしれない。
先ほどとは違う記憶が溢れ出す。
この綺麗な薄荷色の瞳が蛍光紫に染まった記憶。
「ノーイ?」
「うん、なにかな?」
目の前の瞳は澄んだ薄荷色で私は寝起きの頭をゆるくふった。
「おなか…は…すいてない、です。たぶん?」
正直、お腹の具合は起きたばかりだからわからない。
そして、何故だろう、なんだかノヴァイハがそわそわしている。
淡いピンク色の髪の毛の毛先が触れる頬はいつもより血色が良い…ような気がする。
なんだろう、この感じ。
どこかで見たことがある…ような?
「具合はどう?私の竜気にあてられてしまったようだけれど…」
心配そうに聞かれて首をかしげる。
よく寝た時のダルさはある気がするけど…
「特には何もないです、たぶん?」
さっきっから語尾が疑問系ばかりだ。
だって、仕方がない。ノヴァイハの様子が気になるのだから。
やたらとキラキラした目が何かを訴えかけてくる。
けれど、何を訴えてきているのか皆目見当がつかないんですけど…
「えっと、じゃあ、甘いものとかほしいとかは?ツムギ食べたいというなら、今すぐ採ってくるんだけど…
あ、でも…欲しがる前に渡すのもいいか…」
後半はゴニョゴニョしていて聞き取れなかったけれど、解った。
この既視感の正体が。
物言いたげに、期待感溢れる瞳でこっちを見るこの感じ。
犬だ。
今のノヴァイハはフリスビーを投げる前の犬に似てる。
思わず手元を見る。
フリスビーはない。
なら、フリスビーに変わるものは何だろう?
さっきの会話でノヴァイハはなんて言っていた?
お腹が空いてるか聞いてきて、具合がどうか聞いてきて、甘いものが欲しいかって…
寝起きに甘いものって、変だよね。
普通は喉乾いた?とかだよね?
そもそも…起き抜けにお腹すいてるってのもおかしいよね?もしかしたらお腹なってたとか?いや。でもお腹すいてないし…
うん、これだ、たぶんこれ。
私は確信を持ちつつもノヴァイハの様子を伺いながら言ってみた。
「少し…甘いものが欲しい…カナ?」
ピコン!!ってノヴァイハの頭の上にエクスクラメーション・マーク が出たのが見えた気がした。通称びっくりマーク。
いや、気のせいだけど。
あくまでも気のせいだけど!!
「やっぱり!うん、そうなんだね。大丈夫わかってたから」
ぱあっと満面の微笑みを浮かべたあと、ノヴァイハは私の頭をよしよしと撫でた。
いや、犬っぽいのは私じゃなくてノヴァイハだよね!?
状況がつかめずポカーンとする私にノヴァイハは相変わらずキラキラしい微笑みを浮かべて私のつむじにキスをした。
「じゃあ、私はちょっと材料を集めにいってくるよ」
ノヴァイハはとてもい笑顔で私の投げたフリスビー…ではなく甘いものを取りに行った。
いきなり目の前に現れた豪奢な扉から。
えーっと、ノヴァイハさん…?
本当に…意味がわかりませんよ?
活動報告で散々愚痴っていた特大のスランプの原因『悪役令嬢モノ』を、書き上げたのでやっとスッキリ『竜のしにかけつがい』の続きを書けました~
そんな悪役令嬢モノは相変わらずのちかーむ節です。
夏休みでお暇な方は暇潰しにどうぞ…
竜の読者の皆様にはご迷惑おかけいたしました。
今までも、これからも読んでくださる皆様に感謝を込めて~☆