差し出したい竜
ふにふにと柔らかな頬にゆび先で触れる。
人族特有のとろけそうに柔らかな感触。
かわいい、かわいい、かわいい。
かわいい私の番。
ほう、とため息をつきノヴァイハはツムギの眠る寝台の横に置いてある椅子に座った。
待ち望んだ存在は、想像よりもずっとノヴァイハの心を満たしてくれる。
まだ紋を繋げていないのだから正式な番とは言えないのだけれど…
傷つけたくない。
優しくしたい。
ツムギはこんなにも愛らしく、柔らかな存在なのだから。
うっかり力加減を間違えたらと思うと、次へと進めない。
大事に、大事にしたいから。
けれど、
同時に同じくらいの強さで奪いたいと、なにもかもすべて自分のもにしてしまいたいと、狂おしいほどに重く渦巻く想いがある。
番の頭の先から爪先まで、その視線や声を、すべてを自分だけのものにしたい。
未来などなくていい、今この瞬間を全て、自分だけのもにしてしまえるのならば。
眠るツムギを見るたびに狂おしく思う。
相反する想いはいつだってノヴァイハの側にある。
「早く目を醒まして、私が君を食べてしまう前に」
そう呟きツムギの柔らかな頬をつつく。
ほほを擽られたからだろうか、わずかに口が笑みの形に歪む。
それを見ただけで冷たくなっていた胸に暖かなものが広がる。
番に出会え、その番を思う心を持てることが、どれほど稀有なものなのか…ノヴァイハは噛み締める。
あの悲しくも醜い求愛給餌をしている竜はこの気持ちを知っているのだろうか?
それとも…しらないのだろうか?
ぼんやりとまだ見ぬ竜の行動を考えていたら、指先でふれいたツムギの頬が僅かに強張った。
見ると先ほどまで綺麗な弧を描いていた眉がぐぐっと寄った。
うーん…
わずかに魘されている様子にノヴァイハは慌てる。
具合が悪くなったのだろうか、思わずツムギの手を握るときゅっと小さく握り返され、無意識だろうその動きに、胸がぎゅっと苦しくなる。
掌で心臓を掴まれたような感覚。
竜王種の自分を殺すことができるのは、他でもないこの小さな手だ。
そう、確信が持てる。
ノヴァイハはほう、と再びため息をついた。
番が可愛すぎてつらい。
可愛すぎて息が出来ない。
この可愛さにいつか心臓が破裂するんじゃ…
いや、違う。
ノヴァイハは脱線する思考をふって端に追いやる。
魘されたツムギの具合が悪くなっていないか確かめる必要があるのだ。
我に返りツムギの様子をじっと見る。
その時、丁度マリイミリアが部屋に入ってきた。
水の張ってある手桶と布を持っていたマリイミリアはノヴァイハの様子にはっと息をのみ、手桶を気にしながら小走りで近づいてきた。
「何かツィー様のご様子に変化が?」
「少し魘されている様だ」
唇が何かを伝えるように小さく開かれ、音のない空気を溢していた。
「だっ…て、こ…じゃ…」
微かに開いた唇から掠れた声が紡いだ言葉は…
「ダッエコージャか…」
「ダッエコージャですわねぇ…ツィー様はお腹がすいてらっしゃるのかしら?」
そうマリイミリアに言われて人族の夕食の時間が近いことに気づく。
「そうかもしれないな」
「…今から調理場に頼んで間に合いますかしら…」
「いや、普通、調理場に火竜はいないだろう?」
火竜が料理をするなど聞いたことがない。
あの竜種は料理という繊細な作業には向いていない。
もし、火竜が料理を作ったならば、狩りたての魔獣のもじゃつく毛をブレスで軽く炙ったものが出てくるだろう。
むしろ、それ以外思い浮かばない。
「それにあれはお菓子ですわ、お菓子を食事になさるのはいけませんわ、まだツィー様は幼く育ち盛りですもの」
確かにそれもそうだ。
ノヴァイハはふむ、と頷いた。
「ツムギが目覚めたらすぐに食事ができるよう用意を頼む」
マリイミリアは静かに部屋を出ていった。
ツムギはまだ浅い眠りのなかにいるようだから、もう少し微睡んだらきっと、瞳を開いてくれるだろう。
眠る番も愛らしいが、黒に近い茶色の美しくつぶらな瞳をひらいた番の愛らしさに優るものはないから。
うっとりとツムギの控え目な愛らしい笑顔を思い出していたらクルクルと喉がなりそうになり、慌てて抑えた。
ツムギの眠りの妨げになってしまうかもしれない。
番の眠りが健やかであれ、優しい眠りであれ、そうノヴァイハは願う。
ああ、でも。
君に歌を贈りたいよ。
愛らしい花を、美しい宝石を、眩い金を、美味なる肉を、甘い菓子を。
君が喜んでくれるかもしれないなら、なんだっていい。
君に私が差し出すものを受け取ってほしい。
いまはまだ、それだけでいいから。
あの悲しい竜のように番のために何かしていたいんだ。
愛しい君のために。
この溢れるばかりの愛を僅かでも形にして、君に差し出したい。
差し出す想いをその腕のなかに抱き留めてほしいんだ。