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投げつけられた竜

「自覚がたりませんわ」


マリイミリアは憤慨していた。

ノヴァイハの溢れる魔素を感知し慌てて駆けつけてみれば、当の竜はくったりと力なく瞳をとじる番の方を望洋と抱き締めているではないか。


思わず真正面からノヴァイハの美麗な顔面に向かって、お節介にもついてきていた番のヒューフブェナウの頭を掴んで思いきりよく投げつけてしまった。

ヒューフブェナウは「うゴォッ!?」と決して愛らしいとは言えない声をあげて、ノヴァイハと番の方の前に張られた見えない障壁に、靴裏に潰された沼に住むケロルのようにへばりついた。


長雨が続くとケロルはよく道のまん中で潰されている。

なぜか雨が続くと、道という死地に赴くケロル。その生態はまったくもって謎である。

時折、靴よりも大きなケロルを踏むと非常に嫌な気持ちになる。

お気に入りの靴でなくても、靴裏にぬるぬるがつくのは好ましくない。むしろ非常に嫌だ。

そうマリイミリアは思う。


幸いマリイミリアの番は頑丈さが取り柄なので、ケロルのようにぬるぬるが溢れることも…いや、多少赤い何かが出てはいるが、ケロルを投げつけたら灰になって消える強度は確実にあるだろう、目の前の竜王種が張った障壁にわずかなりとも罅を入れることはできた。

マリイミリアは番の体を張ったその攻撃に満足し、ずるずるとゆっくりとへばりついたまま落ちていく潰れたケロルのようなヒューフブェナウの血で霞んだ障壁ごしに声をかけた。


「ノヴァイハ様、ツィー様の意識がなくなっておりますわ」

「マリイミリア、それよりヒューフブェナウが…」

くたりとした番の方を抱きながら驚いた顔でそう言うノヴァイハに、マリイミリアは呆れた視線をなげかける。

「まあ、わたくしのヒューブは無駄に頑丈なので心配は無用ですわ。それよりも、か弱いツィー様の方が問題かと」


まったくノヴァイハは暢気すぎる。

今はヒューフブェナウの心配など微塵も必要ではないというのに。

むしろ、気遣うべきは非常に脆い体を持つ人族の番の方であるべきだ。雌の、しかも幼い番の方をこんな場所で眠らせるなど。


「睡眠をとられるのは寝台にしてくださいませ、ツィー様が体調をくずしますわ」


本当に雄竜人は気が利かない生き物ですわね。

あきれながらノヴァイハを睨むマリイミリアの背後から「いや、論点はそこじゃないでしょう?」と言いながら、ぼんやりと光る転移陣からメロデイアがするりと現れた。


「お嬢ちゃんは平和に寝てるんじゃなくて昏睡してるって、まさか二人とも気づいてないわけないわよね?」



その時の二人の顔の間抜けさは酷いものだったと後にメロデイアは語っている。



「まあ!まぁ!まあぁぁ!どうしましょう?!」

「ミルエディオの所に今からっ!」


ひゅっと息をすった後二人は同じタイミングで、言葉を発した。


いまさらながらに慌てる二人に「まあ、落ち着きなさい」とメロデイアは呆れたと言わんばかりの冷やかな視線を投げつけた。


「お嬢ちゃんは魔素にあてられただけよ、原因は言わなくても解るわよね?アホなお嬢ちゃんの番がすぐそばで暴走したからよ」


魔素にあてられるなんて、弱い種族だとよくあることでしょう?

そう言われ竜人国の外へ出たことがないマリイミリアは怪訝な顔をし、ノヴァイハはなるほど、と納得をした。

確かに、人族の地を旅しているときは時折、側で人族が口から泡を吹いて倒れていた。あれが確か魔素あたりだった気がする。


ツムギは口から泡を出していないから気づけなかった。

あの泡はなんだったのだろうか…あの泡をツムギもだすのだろうか?いや、今考えるべきは謎の泡のことではないか。

ノヴァイハは脱線しそうになった思考を慌ててもどし、メロデイアを見た。



「魔素にあてられたお嬢ちゃんに出来ることはひとつ、安静にすること。寝台に運んで眠らせるのが一番ね」

いいながら、むしろ今重体なのは、ノヴァイハの番ではなくマリイミリアの番のヒューフブェナウだろうとメロデイアは思った。


まともに当たれば弱い魔獣など微塵となって灰になるノヴァイハの物理結界。

明らかに突撃した様子で倒れているヒューフブェナウが俯せている石畳には赤い血溜まりができている。自らの血に溺れているのかゴブッゴボッと奇妙な音すら聞こえる。


これ、死なないわよね…


メロデイアは一瞬不安になる。

「マリイミリア、ヒューフブェナウを医務…」

「あら!ヒューブ、床を汚すのは宜しくありませんわよ?さあ、私はツィーさまの寝台を一足先に整えにいきますわ」

マリイミリアはメロデイアの言葉に被せるようにそう言い放ち、スカートの端を摘まんで見事な礼をして、マリイミリアは去っていった。



メロデイアは無言で血溜まりに沈むヒューフブェナウを医務室へ転移させた。おそらく、モステトリスの処置も終わってる頃合いだろう。

あの幼い竜の瞳も元の美しい青に戻っているはずだ。




ノヴァイハは腕の中の柔らかな肢体をそっと抱えなおし、立ち上がり部屋へと向かう。

魔素あたりならば転移はしない方がいいだろう。

メロデイアの横を通りすぎたとき、いつもより低い声でメロデイアが言葉を紡ぐ。


「その手で番を殺したくないなら、もう少し冷静になれ、狂った竜は何も守れないぞ」


ちらりと僅かに見上げたメロデイアの顔は冷酷なまでに無表情。


「冷静になれないのならば、離れろ、あとは食い殺すだけだ」


そういってメロデイアは消えた。

医務室にでも飛んだのだろう。



「それは、誰のこと?」


その問いを受け取る相手は既になく、呟きは空にきえた。

ノヴァイハは投げ掛けられた言葉を反芻する。


『冷静になれないのならば、離れろ、あとは食い殺すだけだ』



離れることなど出来るわけがない。


ノヴァイハは心底思う。


こんなにも愛しい番がいて、ノヴァイハの名をよんで、その瞳で見つめ、微笑みかけてくる。

指でノヴァイハにふれる。


その側を離れるなど。

出来るわけがない。



離れて保てる理性など…


遠の昔に失っているのだから。




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