惑う幼竜
ああ、顰めっ面でもこの人は美しい。
モステトリスは思った。
どんな表情でもその美しさが損なわれることはない。
同じ白なのに。
その艶やかにうねる髪は自分のものとは全然違う。
真っ白なのに少しだけ白金に近いようなそんな色。
白い布に光を透かしたようなそんなやわらかな光を放つ不思議な白色。
不思議と懐かしい、心暖まる白色。
モステトリスはずっと昔、生まれる前からこの色を知っている。
一筋だけ染められた髪は紫。
会うたびに違う色のその下に隠されている色が知りたくて、けれど…聞こうとするたびに怖くなって…1度だって聞けてはいない。
「ここで何をしているのかと聞いたのよ」
不愉快そうにモステトリスにまた近づくその、行動が珍しくて、嬉しくて、思わず満面の笑みで答えようとする己を律する。
だめだ、笑っちゃだめだ。
メロデイアはモステトリスが笑うと酷く不快だというように眉をしかめるから。
だから腹のそこにぐっと力を入れて笑うのを必死に堪えた。
そんなことをして誤魔化した自分の顔は醜くゆがんでしまったかもしれない。
いや…
結局はどんな顔をしようとメロデイアは自分のを認めはしないのだろう。
ぴくりと目の前の美麗な人の眉がひきつった。
「会いたかったから来たんだ」なんて言ったら…魔術で放り投げられてしまう。
だからモステトリスは本心ではない言葉をわざと放つ。
少しでも長く側にいたいから。
「俺が何処にいようと勝手だ…っ!?」
勝手だろうと続けようとしたモステトリスの手をメロデイアは掴んだ。
ドキンと胸が高鳴る。
触れている、メロデイアが自分に。
身体中の血が沸騰したかのようにドキドキと高鳴った。
髪と揃いの紫に染められた爪の先がモステトリスの白い手首にかすかに食い込みちくりと痛みを感じる。
それが、苦しいほどに胸の奥をかき乱していく。
「魔術師の作ったものに無闇にふれるものじゃないわ」
握り締めた掌に微かな赤い血、その血のまわりの皮膚は微かに青く色が変わっていた。
どうやらトゲに毒があったらしい。
掴んだままの手とは逆の手を傷口に翳され、ほわりとかすかな光を放ちながら施される解毒魔術が思いの外優しくて…
優しすぎてだからこそ理不尽な怒りが胸に渦巻く。
こんなふうに優しくするのなら、いいや、気紛れに優しくするくらいなら
いっそ…
いっそ、襲ってしまおうか。
悲しい事実だが幼竜ということを抜きにしても、メロデイアがモステトリスに手を出すことは無い。
じゃあ、モステトリスがメロデイアを襲えばいいのか…
というとそうでもない。
無理やり挑んでも相手は竜王種。
勝ち目なんて無い。
組伏せようとすれば即反撃され、沈められるのは目に見えている。
そもそもメロデイアとモステトリスでは体格が違いすぎる。
そしてメロデイアは闘いに特化した砂竜。その上魔術師団長でもある。
対して自分は脆弱な天竜だ、最弱の竜種のしかも幼体。
聖属性に特化しすぎて他の竜種が出来ることがほとんど出来ない。
鱗も持たぬ天竜のこどもなど、メロデイアにとってはただの毛皮の生えた小賢しい魔獣と変わらない。
上に乗って首に噛みついたとしても、折れるのは自分の歯の方だろう。砂竜の鱗に傷をつけることもできそうにない。
それに…
そもそもメロデイアは雄なのか雌なのか。
服も口調も雌を模したものだけれど…その骨格はどうみても雄。
性別を選べる竜としては奇妙な行動だ。
年嵩の竜達が揃って口を閉ざすからモステトリスには知ることができない。
けれど
どちらでもいい…とも思う。
メロデイアが居てくれるなら。
モステトリスがメロデイアの近くに居ることを許してくれるなら…
それさえあればもう何でもいいのだ。
メロデイアの姿も在り方も、モステトリスにとっては些末事でしかない。
そしてそれが叶わないなら、いっそメロデイアを襲って返り討ちにあって灰になりたい。
灰になって消えてしまいたい。