抗う幼竜
ルエルハリオの伸ばした手は、篭に触れることなく途中で止められた。
先ほどまで篭を抱えていたモステトリスの竜気に消されて気づけなかったけれど、篭にはかすかに誰かの気配が残っていた。
本当にごく僅かな竜気のかけら。
甘く香る抗いがたい魅惑の香り。
ドキンドキンと苦しいほどに鼓動が強く胸を打ち、篭に伸ばしたまま止めていた手が瘧のように震える。
あ、あ、これは…
番の竜気。
探していた私の唯一。
たったひとりの最愛の竜。
こんなに側にいたなんて。
やっと見つけた。
僕の、わたしの、私の魂の片割れ。
胸の奥の深い所で何かがそう叫ぶ。
幾度もひとつになっては離され、そしてまた出会ってきた魂に刻まれた沢山の自分が叫んでいるのがわかった。
この震える手で、篭にかすかに残る竜気に触れたら全てが解る。
そう、思ったらルエルハリオは急に怖くなった。
ぶるぶると震える右手を思わずもう片方の手で掴み、胸に押し付けた。
会いたい、でも、怖い。
どくどくと痛いほどに脈打つのは何処なのか。
胸なのか。それとも身体なのか…それすらも解らないほどに身体中が早く触れと訴えてくる。
でも…
この気にわずかでも触れたら…
変わってしまう。
今までの自分の全てが変わってしまう。
そうして変わって…すっかり番のためになにもかも変わってしまって…
なのに…
さっき見送ったモステトリスのように、番に冷たくあしらわれたらどうしよう。
あぁ、無理だ。
そんなことになったらこの鼓動がその場で止まってしまう。
ルエルハリオはモステトリスのように強くなれないから。
一度でも拒まれたらもう死んでしまう。
ルエルハリオの怯えなど知らぬように番に逢いたいと荒れ狂う激情をぎゅうと押さえ付ける。
頭の中でぐわんぐわんと色々な声がする。
ねえ、もし、この機会を逃したら?
次はいつこの竜気に触れられるの?
もしかしたら、番に逢える唯一の機会かもしれないのに?
ーー解ってる。
怖いと縮こまったままの自分でいいの?
変化を恐れるあまり身動きができないままでいいの?
怯えて卵の殻に閉じ籠る雛のままでいいの?
ーーよくない。よくないって解ってる、解ってるけどっ!
ねぇ、変わりたくないの?
ねぇ、変わらないの?
それとも…変われないの?
責めるように、理解できないというように、頭のなかをぐるぐると色々な声が廻る。
ーーだって、なにもかも番のために変わったら、私が私じゃ無くなってしまう。
誰かのために姿まで変えたら…それじゃぁ…
それじゃ、まるで自分じゃないみたいじゃないか。
番のために変われないのなら…
責める声が優しくなった。
利かん気な幼子を宥めるようなそんな声。まだ幼いルエルハリオをあやすような。囁くような
ーー変われないなら?
自分のために変わればいい。
愛を乞う側ではなく愛を与えられる側になるために。
愛される自分になればいい。
そうか。
すとんとルエルハリオの中で何かが落ち着いた。
自分は羽を拡げて求愛をする側ではないのか。