持たない私
バカだなぁって思わず言ってしまったけれど。
今にも泣きそうで今にも世界が終わりそうなひどい顔をしたノヴァイハはずっとずっと歳上のはずなのに、迷子の子供みたいに頼りなくて、不安そうで、寂しくて仕方がないって全身で叫んでる。
私はノヴァイハに何かを伝えたくて…でも、結局、伝える言葉が浮かばなくて…
私は誤魔化すようにその腕の中に自分からすっぽりと収まった。
不自然なほどにしっくりくるその腕の中に。
ノヴァイハはそんな私をおそるおそる抱き締めた。
ノヴァイハは私に触れるときいつも少し躊躇う。
間違った力加減で私を傷つけないように。
そうして、私をお姫様みたいに丁寧に扱う。
こわれやすい宝物かのようにそっと触れる。
自分から手を握るのすら、ためらって…そして、私の事をとことん甘やかしてみたり、私にすがってみたりでも、時々試すように脅してみたり…
いつだってノヴァイハは必死なんだ。
私から受け取りたいものがあるから。
ノヴァイハの番が私だから。
ノヴァイハの求める『それ』を差し出せる人が番しか居ないから。
『それ』の名前を私は知っている。
『それ』は温かで『それ』は優しくて、『それ』は柔らかで…
そして『それ』は守ってくれる。
胸の奥の柔らかなものを。
なにより『それ』を持ってる人はとても美しい。
満たされた笑顔で美しく笑う。
けれど、私は『それ』を受け取った記憶がない。
どんなに私の奥深くを探しても。
カケラすら私は持っていない。
『それ』が差し出されない苦しさも私はよく知っている。
けれど…
『それ』がどうやったらこの胸にうまれるのか私は知らない。
ごめんね。
ああ、あの人もこんな気持ちだったんだろうか。
もう、顔すら思い出せないあの人。
こんなにも想ってくれているのに、返せないことがこんなにも苦しいなんて。
だから、
ーーーだから傍にいてくれなかったの?
ノヴァイハの胸からもそりと顔を上にあげた。
そして、目の前の不思議な紫色の瞳をじっと見上げる。
見上げた先では、私の様子をひとつも見落とさないさないとばかりに、ちょっとこわいくらいの真剣な顔で見つめている。
そんなノヴァイハの何処までも綺麗な顔がすぐそばにあった。
瞳が毒々しい紫色に染まっても神々しいくらいの綺麗な顔。
でも…
私が少しでも怯えたり拒絶し逃げたりしたら、喉元を狙って飛びかかって来る、そんな不穏な顔。
私の命そのものを刈り取ろうとするそんな顔。
なのに
ノヴァイハの私に触れる指先はどこまでも優しい。
私の差し出した指にノヴァイハが躊躇いなく触れられるようになるまで傍にいたら、私は何か変わるだろうか?
私が『それ』をノヴァイハにかえせる日が来るんだろうか?
もしもそうなら…
くらりと目眩がする。
「傍に…」
傍にいるよ。
手を伸ばした先に触れるものがない悲しさを知っているから。
私が知ってる唯一の優しさのかたち。
この胸にいつか『それ』が芽生えるその日まで傍にいるから。
「ツムギ?」
だからそんな悲しい顔をしなくていいんだよ。
そう言いたいのに目眩が酷くて、
よろける体を支えようとノヴァイハの腕に力が入る。
ゆっくりと椅子に座るように促された私の指にコツリと固いものが触れた。
それは台の上をごろりと転がって、ごとりと重い音をたてて卵が敷石の上に落ちた。
ああ、よかった、落ちても卵は割れないんだ…
一度割れてしまったら元にはもどせないから。
その思考を最後に私は暗闇に落ちた。