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禍霊夢が幻想郷入り  作者: スポンジボブ新
3/3

幻想郷入り 弐


 ズガガガガガガガ!


 けたたましい音と、凄まじい衝撃が森に響き渡る。

 もう既に夜も丑の刻をとうに過ぎ、動物は勿論、人間でさえ普通に寝静まっているころだというのに、爆撃で設けたかのような轟音が森中に響いた。

 なんの前兆もなく、突然そんな音がしては災害と間違われてもおかしくない。それ程にけたたましい音だった。

「ぐっ、あたたた、いったいわね・・・」

 そんなまるで隕石の様な勢いで森に突っ込んできた物体の中から一人、まるでそんな事はお構いなしにゆっくりと出てくる。

「ここどこよ・・・。はぁ、全くあの世界の中で飛ばしてくれるぶんには構わないけれど、別の世界に飛ばすのだけはやめて欲しいわね・・・。しかも、この感じだと、時間軸も先に行ったか、はたまた遡った可能性もあるし・・・。」

 白い髪に、赤と黒を混ぜた様な、今にも森の闇に溶け込みそうな黒い装束。露出した肌の右半身には、呪印の様な物。風貌だけで判断されれば、犯罪者どころか、脱獄犯と間違われてもおかしくない。

「ふ~む、とりあえず、何処に飛ばされようが、私たちはあの世界にいようと、この世界にいようと、同じ(・・)世界にいるわけだから、結局のところここ(・・)はあそこ(・・・)なわけで。はてさてどうしようかしら」

 まわりを見渡しても、ぼんやりと明るくなってるあの世界とは違い、この世界に置いては周りは完全なる闇だ。月の光があるだけに、余計に森の暗さが際立っている。心情的には、この世界の方が好きになれないというのはある。

 町の明かりもすぐ見えないとなると、山か森の奥地という事になる。

「とりあえず、こんな所にいてもしょうがないわけだから。こんな所からとっとと出て、町にでも行きますかね。久しぶりに力も使ってお腹も空いたし」

 禍霊夢はすくっと立ちあがり、方向の分からぬままにおもむろに歩き出す。

 しかしながら禍霊夢は残念ながら方向に対して勘がうまくハマる方ではなく、むしろその逆で、方向音痴も良い所だった。結局そこから数刻しても結局町らしい場所どころか、明かりすら見えぬままひたすら森の中を歩き回っていた。

「ちょっと・・・。ここどこよ」

 もはや月の明かりすら入りにくい場所に来ていた。

 と、その時、急にうっすらと建物の明かりの様な物が森の中に届いてきた。

 そちらに目を向けると、洋館の様な建物が一軒確かに建っているのが見えた。

「ふう、良かったわ。取りあえず、朝までは寝るところが見つかりそうね」

 禍霊夢にしてみれば、久しぶりの人家の明かりだけあって、少しほっとしたし、同時に先程までこらえていた空腹と疲労が一気に押し寄せてくる。家の扉の前に立ち、扉を叩く。

 がしかし、返事はない。

 明かりが点いたままでいないだけなのかという点を考えたが、屋根の上の煙突から薄く煙が出ているのを見るからに、それは無いし、寝ているという事もないだろう。何か作業に没頭していて、ただ聞こえていないだけなのかもしれないと、もう一度 扉を叩こうと手を扉まで近づけた時だった。

「!」

 その手を引くという動作をする前に、直感が足を動かした。

 禍霊夢は大きく飛び退き、扉から数メートル離れる。

「何かしら、なんかあるわね・・・」

 扉の向こうから嫌な気配が漂っていた。

 身構える禍霊夢。じっと扉を見つめるものの、中から何かが出てくるような気配はない。むしろ、どうぞ罠におかかり下さいと言わんばかりに、こちらが入ろうとするのをいまかいまかと待っているような雰囲気だ。

「このまま、こうやっててもしょうがないわね。とりあえず、障壁だけ張って、家の中に入れてもらうとしますか・・・」

 禍霊夢は体の周りにシールドを張り、扉の前へと今一度歩いていく。そして、そのまま躊躇せず扉を叩いた。


“ガギギンッ ”

 

 そして、禍霊夢の思っていた通り、生け捕りにしようかという位置で槍が降ってくる。しかし、禍霊夢の体を抑え込むような形で降ってくるが、禍霊夢の周りに張られた障壁がそれを弾く。その弾ける音が鳴ったのだ。

 こんな罠を張ってる時点で、家主は起きてるのは間違いないだろうし、槍の降り方から見ても、相手を畏怖させるだけで訪問者を追い返そうという気が見え透いている。

 三度目の正直。禍霊夢は再度扉を叩いた。しかし、無反応。

「いないならしょうがないわね。勝手に上がってしまうのは悪いけれど、こっちも地面と仲よく寝るっていうのはもういい加減飽きたのよね」

 そう言って、扉をノックではなく、撃ちぬくような姿勢になった時、丁度家の中から扉が開いた。

「こんばんは」

 中から出てきたのは、金髪に赤いカチューシャがトレードマークといった風の洋館に似合った女性だった。年齢的に言えば禍霊夢とそう変わらない年ごろだろう。そして、彼女が彼女であることを分からせるかのように、彼女の横には同じような格好をした人形がいた。

「あら、やっぱりいるじゃない。急で悪いんだけれど、泊めてくれない?」

 言葉通りあまりにも急すぎる。深夜遅く、最早明け方と言っても過言ではない位の時間に、ホテルでもあるまいし、急に飛び入りの客が入ってはいどうぞと言ってくれる家は無い。某テレ番でも、深夜遅くにやったら訴えられていてもおかしくないレベルだろう。

 そして、当然のように、ごく自然に、その頼みは却下された。

「無理よ。他を当たってくれる?」

「いやいや、こんな夜遅くにこんな暗い森で、女性が一人でいて、家に訪ねて泊めてくださいって言ってるんだから、それくらいの温情はあってしかるべきなんでは・・・」

「あら。それはか弱い女性ならばって言う前提あっての話でしょ。あなたの行動から察するにどう見てもか弱い女性には見えないし、むしろやってることはその辺の妖怪と何ら変わらないと思うんだけど。それに、そもそもそんな急にみたいな話をしてるけれど、私とあなたは初対面よね。そんな昔からの馴染みみたいに話しかけられても困るわ。」

 嫌味もさることながら、悪口も変わってはいない。禍霊夢も良く知る人物にそっくりだ。いや、時系列的考えを控除して考えるなら、同一人物と言っても過言ではないのだから、これくらいの事は禍霊夢にも分かっていた。

「あらそう、でも人間好きのあんたなら泊めてくれるんじゃないかと思ってここを訪ねてるんだけど、アリスさん」

「!」

 その言葉に驚いたように彼女は少しだけ目を大きく開いた。

 そう、彼女の名前はアリス・マーガトロイド。人間好きの魔法使い。彼女との直接の面識は禍霊夢には無い。けれど、彼女はそれを知識として知っている。彼女がまだ一つであったころの記憶として。ただ、唯一違うとすれば、アリスの様子が知っているアリスよりも幼いという事だろうか。

(なるほど、そういうこと。世界線はまたがず、どうやら時間軸を遡ったみたいね)

 しかし、記憶通りであれば彼女はこんな返答程度に困るような玉ではない。むしろ、禍霊夢の予想通り、アリスはすぐさま疑うように目を凝らしてくる。

「あなた、逆にそこまで知っててどうして私の家を選んだのかしら。しかも、こんな時間に。妖怪と間違えられて捕まえられたり、駆除されたとしても何らおかしくは無と分かってるでしょう」

「ミイラ取りがミイラになる前に助けを求めたってだけよ」

「ミイラ取り?名にあなた博麗の所と何か関係があるの?」

 博麗。その言葉が強く禍霊夢の頭の中を叩いた。けれど、ひとまずそれは頭の片隅に置いておくことにした。

「いえ、そういう訳じゃないわ。こっちの話。ところで、ここに立っててもしょうがないから中に入れてくれないかしら。で、出来れば、何か食べる物も欲しいわ。さっきまでそういう仕事してたからお腹空いてるのよね」

「あら、悪いけど、私の家は定食屋でもなければ、おやすみ所でもないわ」

「でも、迷ってる人を助けてくれる人形使いさんなら、どうにかしてくれるわよね」

「随分勝手ね、まあ、いいわ。私も人作りで徹夜してて、眠いの。あなたが来て集中力も切れちゃったから早く休みたいの。入ってもいいけれど、あなた居間のソファーで寝てくれるかしら。そこしか空いてないから文句は受け付けないわよ。」

 家の中はキチンと整理されており、居間ではつい先ほどまでついていたのであろう暖炉の薪がまだ赤みを帯びており、部屋の中はかなり暖かかった。

「悪いけど、食べ物は何もないわ。私一人分の食事しか作らないから、あまりなんて無いの。食べるとしても明日の朝しかないわ。いえ、もう今日の朝かしら」

「冷たいわね。けど分かってるわ、それくらい」

「とりあえず、細かい説明は明日してもらうからとりあえずそこでおとなしく寝ててくれる?」

「はいはい、とりあえずありがと」

「礼には及ばないわ。むしろ、あなたのその力気になるし。明日、少し手伝ってもらうからそれでチャラよ」

 (そういう所は本当に抜け目ない・・・)

「それとまだあなたの名前をまだ聞いていないんだけれど?なんて呼んだらいいのかしら。あなたを呼ぶのに名無しじゃあどうしようもないんだけど」

「禍霊夢よ」

「禍霊夢?随分変わった名前ね」

 よく――― 言われはしない。この世界にまだその存在を知ってる人はいないのだから違和感を感じるわけがない。そもそも、時間軸だけ遡ったとするならば、この時代にあいつを知る人はまだいないはずだから。

「まあいいわ。じゃあとりあえず、禍霊夢さん。明日からよろしく☆」

 ドアを開け居間を出て行こうとするアリス。がしかし、急に足を止めてくるりとこちらを向く。

「あっ、あとあなたどうでも良いけれど、ノーパンはやめた方が良いんじゃない?流石にねぇ」

「なっ、なんでそれを」

「あら、私の人形の目は私の魔法で出来たガラスを通してるからこの娘たちが見る風景は私ともリンクしてるのよ。で、当然だけれど、その映像記憶を残すこともできるから、河童の所に行って現像でもしてもらえればすぐにでもあなたのノーパン写真を残すことが出来るから、逃げるなら、それなりの覚悟で逃げてね」

 禍霊夢の頬が赤くなる。自分が動きやすいようにそうしてるだけで、実際に言われると恥ずかしい。

 だからといって、ここで家を出て行こうという気にはならない。

「別に逃げないから。ここにいるわよ」

用意周到すぎる。一体何を撮るためにそんな事をしているのか知らないが、これは別の世界的な視点で見れば十分犯罪ではないかと言いたい所だが、禍霊夢も強引に押し入る形で居間を占拠してしまっている訳だから、ぐうの音も出ないのは致し方ない事である。

かくして、禍霊夢はとりあえずあの偶発的で根拠もなく、存在自体が曖昧としか言いようのない世界から飛ばされ、ある程度見たことのある世界に来てからの一日目が終わった。がしかし、この時はまだ禍霊夢も、そしてこの時代の幻想郷の者たちも、あんな事態が起こるとは想像もしていなかった。そう言う意味では禍霊夢の、彼女の物語はこれから始まると言っても過言ではない。



眼が覚めた。それもごく自然に、何事もなく、目覚まし時計や人の手を借りて起こしてもらうというのではなく、自然に目が覚めていた。

天井が見える。それは分かる。だがその光景があまりにいつもと違う事を忘れていたせいか、自分でも信じられないほどにすっきりとした気分だった。

昨晩遅くにやってきて、寝たのは覚えている。それもかなり朝方に来て寝たのは覚えている。そこから二時間もしないうちに目が覚めた。回りを見渡す限りに時計らしきものは無い。けれど、窓から差し込む光や、外から聞こえてくる鳥の鳴き声から察するに6(・・)()なのだろう。

「おっと・・・」

 ソファから立ち上がって気付いた。防御壁を無意識に張っていた。あっちの世界にいたせいで癖になっていたせいか、自分で適度な温度で膜を張るのが習慣になっている。朝なだけに防御壁を外すと少しばかり寒い。けれど、決して指先が震えるほど寒いという訳ではない。暖炉の木は既に折れて、灰と混ざっていたが、それでも十分な位部屋が暖まっている。

 起きて何をするか。決まっている、二度寝しよ。

「そんな事させるわけないでしょ」

 駄目だった。

 ソファにもう一度振り返った時には既にアリスがドアを開けて声を掛けるどころか、つい数秒前まで自分が寝ていたはずのそのソファに腰かけていた。

「ちょっと勝手に台本読まないでよね」

「台本?別にそんなの台本読まなくても、作者も読者も分かるじゃない」

 至極当然のように言うアリス。これを見て禍霊夢が何を思うかと問われても、何も言う事はない。

「かっこつけないでよ。何も言えないんだから」

 駄目出し。

 ツッコミも十分才能があるのではないだろうか。ただし毒舌だが・・・。

「あんた読心術かなんか身に着けてるの?」

「あら、そういうのって教えたら意味ならないから秘密よ」

「秘密って、それを本人が認めなくても、周りが認めたら秘密ではなくなると思うんだけど・・・」

「そういう事はいいのよ」

 アリスは踵を返して、台所で丁度湯の沸いたポットの火を止めに行く。その際に禍霊夢にも手伝うように目配せしたのを、見逃さなかったというよりかは、手伝わないと朝食はないわよ、という視線をあからさまに送ってきていた。

 しかし、良く考えてみるとアリスの食卓というのは初めてである。彼女がどんな食事をしているかなど、昔の記憶には無い故、興味が無いとは言わない。けれど、正直、手伝いをさせられるとは思ってもみなかった。

「当たり前でしょ。働かざる者食うべからずって言葉があるじゃない」

 庭に水をやってくれるという簡単なお願いであるが、それでも朝から暑い日差しの中、水をやってわざわざ服を濡らす必要はないと言いたいが、それでも寝床を貰えた恩はある以上、断れないのも事実だった。

 花に水をやり終えて、家に入ってくると、芳ばしい匂いと、蜂蜜の様な甘い香りがリビングらしきところから漂ってきていた。

 リビングに入りテーブルを見渡すと、なかなか朝のメニューにはもったいないほどの料理が並んでいた。

「あなた、何にも食べてなさそうだから、とりあえずこれくらい食べるかと思ったんだけど。いらなかった?」

「いや、いります」

 自分でも驚くくらい即答していたが、そんな事よりも、気にしてなかった空きっ腹が今にも恥ずかしい音を出しそうで、一刻も早く何か腹に入れたかった。それに、まともな料理を食べるのも久しぶりで、口の中は唾液で溢れんばかりなのは言うまでもなかった。

「今紅茶作ってるから、先に食べてて」

「ふぁいふぁい」

 アリスが言い終わるよりも前に、既にバターがたっぷり塗られたトースト二枚と、厚切りにされたベーコン、新鮮なレタスを使って、自己流のサンドウィッチならぬものを一気に口の中に入れたためにロクな返事が出来るわけもなく、あんな話し方になっていた。

 久しぶりの食事と言える食事はお腹にとっては毒になる位美味しいものだった。

「何そんなに慌てて食べてるのよ。たくさん食べるのは良いけれど、私の分まで食べないでよね」

「へいへい。分かってますよ」

 朝食を食べ終わり、すっかり綺麗になったテーブルの上には、アリスが煎れた紅茶が、鼻の奥をくすぐるような甘い香りを醸し、部屋中に漂っていた。

「で、あんまり私は話を長く待てるほど辛抱強くないわけなんだけれど」

 アリスは紅茶を一杯口に含むとそう切り出した。

「あなた、何者なの?悪いけれど、夜中にあんな挨拶でやってくるなんて、明らかに普通じゃないわよね。しかもここは魔法の森。あなたが知ってるかどうか知らないけれど、この森は普通の人では決して分からない道標があるの。それを辿らないと私の家には来られないようになっているの」

 それを、と続けんばかりにポケットから何かを取り出した。

「これ、朝方見つけたけれど、あなた、私の作った魔法を破壊して此処まで来てるわね。つまり、禍霊夢、あなた魔法かまたはそれに順ずる何かを使えるわね?」

 アリスの家に泊まるという事を分かったうえで、自分の正体が割れることは薄々気づいていたが、まだ来てから一日も経っていないのに、分かっていた事には素直に驚いていた。

 お茶を一杯二杯、間を開けるように口に持ていくけれども、その間アリスの視線が離れることは無い。

 黙ったところで得は無いし、むしろあの世界に帰るまではどこかに住まなくてはいけない以上、ここで変に揉めたくはない。

「はいはい。別に私も魔法を(かじ)ってるわよ。けど、私が何者かって事に関しては特に言えないわ。まあ、その札みたいなのに関しては、私の魔法で壊したというよりかは、私自身の力で知らずに破ってたみたいね。謝るわ」

「という事は、あなた、初めから迷ってたんじゃなくて、ここに来るつもりでいたのね?」

 鋭い。自分もそれなりに察しは早い方だが、アリスの洞察力はそこに論理的な思考もプラスされるから、一言一句が自分の首を絞める。

「まあ、初めからあなたの家を目指していたわけじゃないんだけど、話せば長くなるから、言ってしまえば、気付いたら魔法の森にいて、明かりが見えたから戸を叩いたらあなたがいたって所かしら」

「あら、それにしては、いきなり自己紹介なしにアリスって言われたんだけど。そこについてはどう説明するのかしら」

「あああ、う~ん、まあほらあれよ。この世界じゃあなたも魔法使いっていう事で有名だからそれで」

「あら、それは嬉しいわ。という事は何か私に用があって来たという事よね。迷子ではなく」

「えっと、それは・・・」

 厳しい返しだ。既に答えは無い。

 テーブルを間に挟んでいるはずなのに、心境は地獄の門を背に三途の川を臨んでいるようなプレッシャーだ。

「ぐぬぬ・・・」

「そんな、まるでモブが正義の味方が現れて唸るような真似しなくていいから」

 とはいったものの、簡単に口を割るわけにはいかない。言ってしまえば簡単な事だが、この世界において簡単に事を伝えてしまうことほど良い事は無い。むしろ、問題が簡単な物であればあるほど慎重にならなければ、これから先、しいては自分の存在にも影響しかねる。

 だからここは開き直ることにした。

「止めた。あなたに言っても仕方ないから、いいわ」

「は?」

 問いに対し、問いで返すのは良くない。しかし、それ以上に、問いに対して回答なしというのは、相手を逆なでしているのと同じ。アリスの反応は当然であり、敵意を向けられても仕方ないという自覚もあった。

「それは悪いけど、私には我慢できないわね。もしあなたが喋りたくなくても、あなたがこの家から無事に出たいというのなら、それなりに私の問いに答えてもらわないと困るわね」

「!」

 アリスが言い終わると同時に、体が金縛りにあったように動かない。

「(なにこれ、糸?いったいどこから)」

 見れば薄くて普通の人であれば見えない位の糸が体に何重にも巻きついている。しかも、細さで言えば蜘蛛の糸より少し太いくらいしかないというのに、その強度は鎖に匹敵するか、それ以上であろう。このまま絞められれば圧死してもおかしくない。

「さあ、あなたに黙秘権はもうないわ。あなたが何者なのか分からない以上、この不安定な世界で自由に動き回ることはしないでほしいわ」

 喋らなければ殺すつもりさえある顔。しかし、その顔には何か深く重い事情を抱えているようなそんな顔でもある。

 そんな顔をされてしまうと、無闇に隠し事をすることの方が、この場においては最も失礼な事だ。

「わかったわ。別に意固地になって隠すつもりは無かったから、話せない所については勘弁願うわ。けど、重要な部分についてはかいつまんで話すわ。で、この糸ほどけちゃったけれど、もう縛らなくてもいいわよね」

 アリスは言われてハッと気づいた。禍霊夢に巻き付いていたはずの糸がまるで焼切られたかのように所々黒くなりながら切れている。

「いいわ。その様だと、私がまた縛ったところでどうせ同じ結果になるだけでしょうし。話してくれるのなら問題はないわ」

 それから小一時間ほどになるだろうか。出来る限り自分の伝えるべき情報を伝え、どうしても言えない事だけは避けて話した。アリスはおそらくそれを会話の中である程度悟っていただろうが、そこは魔法使いらしく、話を最後まで咀嚼して飲み込んだうえで敢えて聞かなかった。

「なるほどね。つまり、簡単にまとめればあなたは元の世界に戻りたいという事なのね」

「まあ・・・」

 長々と話をしてそれだけにまとめられると、初めのあのやり取りが馬鹿みたいに思える。

「とりあえず、紛いなりにも賢者であるこの世界の調律者に聞くしかないんじゃない?」

「それだけはあんまり頼みたくない。私と未来で繋がりがある奴と出会う事で、何か起きて私の存在が消されるのは一番ナンセンスだわ」

「とはいったもののねぇ。未来から来て帰りたいなんて、私にはどうしようもないしね・・・。時を操る人がいればそういうのも可能かもしれないけれど、時を操る能力なんて妖怪とは全く関係ないし、魔法使いでも時を操るには対価が大きすぎるし、一回で使う力もとてつもないものでしょうから、そんな魔法使いはいないでしょうね・・・」

 そうか、まだこの時代に紅魔館のメンバーはいない。湖の向こうに行ったところで、意味は無いのか・・・。

「あとはあの人に聴いてみるしかないけれど、あの人が力になれるかしら・・・」

「あの人?それは誰なの?」

「『博麗の巫女』よ。でも、あなたは未来に関係ある人と関わらないようにするなら、この策もダメね」

 博麗の巫女。

 その単語に胸が引きつるように、締め付けられるように、刺されたように、痛む。

 何?これは・・・。

 自分でも何が起きているのか分からなかった。突然その言葉を聞いた途端に、何かが胸にぽっかり穴が開いたような気持になったのに、それに反するように痛みが襲ってくる。

「ちょっと、あなた凄い汗よ、大丈夫?」

 傷みで気づかなかったが、確かに体がじっとりと濡れ、髪は湿るほど汗をかいている。

「だ、大丈夫。ちょっと何か思い出したみたい。何でもないわ」

 自分で大丈夫って言いながら胸を鷲掴みにするようじゃ説得力もあったもんじゃないわね・・・。

 自分でもこの痛みに困惑している。禍霊夢となる前の彼女が持ってた記憶の中にもその内容は無い。けれども、その名前は知っている。

 それが一体どんな人物なのか、どんな人柄なのか、どんな性格なのか、明確な記憶はない。けれども、確信に足るこの痛みこそが知っているという証のように感じてしまう。

「あんまりヤバそうなら医者呼ぶけど」

「いえ、大丈夫。もう収まったわ」

 今度は強がりなどではなく、痛みが和らいできたので、何とか話を聞けるように座りなおした。

「あんまりビックリさせないでよね。病気かなんかと思ったじゃない」

「ああ、悪いわね。私も初めてだったからびっくりしたのよ」

「私の家で倒れてももう助けないから、死んだらどこかに捨てるわよ」

 この時代のアリスなんなの。これがどうやったらあんな風に変わるのよ。

「なに?私はボランティア精神なんて持ち合わせてないから、睨んでも助けないわよ。で、話を元に戻すけど、結局今あるアテは、その『博麗の巫女』か『幻想郷の賢者』のどっちかよ。どうする?」

 どっちも、嫌な予感がする。こういった類の予感は大概あたる。それも大体当たるではなく、ほぼ核心を突いてしまう。それは避けたいものの、その二人しか手掛かりが無いのでは、どちらかを頼るしかない。

「まあ、普通に考えて、後者しかないわ」

「でしょうね。あの賢者が素直にあなたのいう事を聞いてくれるとは思えないわ」

 やっぱりこの時代でもあのスキマは嫌われてんのね・・・。

「だけど、少しだけ問題があるのよね・・・」

 アリスが困ったように座り込みながら何かを考え始める。何を困ってるのか分からないが、先程のアリスの会話の中で一つだけ気になっていたことがあった。

「そういえば、あんた、さっきこの世界が不安定とかどうとかって言っていたわね。それが関係あるの?」

 アリスは冷めた紅茶を一杯口に含みながら口を開く。

「ええ、その博麗の巫女について少しね・・・」

「というと?」

「話せば長くなるんだけれど、今、妖怪の山は昔と違い鬼が占拠してるわけではないから、熾烈な妖怪達の争いが起きているの。今まで十年程はそれも均衡を保っていたんだけれど、天狗がその均衡を破る勢いで勢力を拡大し始めたの。その結果、ある程度妖怪たちは駆逐されたわ」

 ん?天狗たちの勢力が圧勝って所かしら。でも、なんでそれが先代の博麗に繋がってくるのかしら。

「勢力図は大きく変わったわ。だけれど、それはあくまで権力的な物に過ぎず、山にいた妖怪たちは皆山を下り、人里で力を強めることにしたみたいなの。その結果、今までに5つもの村がつぶれたわ」

「なるほど、つまり、その妖怪退治に呼ばれたのが博麗の巫女という事なわけか」

 結論はそこに行きつくであろうと思った。けれど、アリスの表情はさらに暗く、濃くなった。

「ええ、簡単に言ってしまえばそうなるけれど、でも問題はもっと深刻だった。博麗の巫女が出てくることで状況はまた均衡化するかに思われたのだけれど、思わぬ事態に陥ったの。町の妖怪を倒すだけで収まると思っていたら、天狗たちが山を占拠し、次にその麓にある村を他の妖怪達を使って襲撃し始めたの」

「は?なんで?」

 まったく繋がらない。妖怪の山を追い出されて麓の村を襲っていた妖怪たちが、何故そこで天狗に(かしず)くのか・・・。

「まあ、簡単に言ってしまえば共同戦線といったところでしょうね。妖怪としては人間という糧があってこそ成り立つ物。しかし、それを阻むのが人間となると、天狗としても他の妖怪としても都合が悪い。で、結果、均衡状態のはずが、全妖怪VS博麗の巫女みたいな図式を生み出してるっていう状況なのよ」

「つまり、不安定というよりかは、一触即発みたいな状況という事ね・・・」

 先代の博麗の巫女がどんな戦闘をして妖怪を倒すのかは分からないが、どう考えても不利だ。全妖怪を相手に一人では勝ち目はない。

「じゃあ、つまり博麗の巫女の方が」

「ええ、彼女の方が危険ということよ」

 しかし、先代の博麗に関する記憶が無い以上、詳しいことは分からないが、そんな不安定なバランスを取っていることを、あのスキマが放っておいていることに疑問だった。

「賢者はどうしてるのよ」

 たまらず聞くもののアリスはそれについては一瞥しただけで、答えない。おそらく、察するに、あのスキマもまた妖怪であるが、同時にこの世界のバランスを保つ物として、迂闊に動けないといったところだろう。

「まあ、私が知ってることなんてそれくらいだし、他の魔法使いたちも出来るだけ見て見ぬふりして過ごしてる面があるから、あまり詳しいことは分からないわね。私も博麗の巫女とは面識があるのだけれど、彼女も自分からあまり人に会いたがらない性分だから、なかなか話も聞けてないしね」

 まあ、話を聞けてなくても、それだけ大きな話になって入れあ嫌でも耳に入ってくることだろう。むしろ、そんな状況なら事態が急変した時に何も知らないでは自分の身すら危ないはずだ。

「なるほどね。それで異様にこの世界がピリピリしてるように感じるのね」

 緊張感というか、緊迫感というか、とにかく何かが起きようとしているようなそんな感じを、この世界に来た時からずっと感じていた。

「まあ、なにはともあれあなたが不審者ではないって事だけは分かったわ」

 新しい紅茶を入れて少し気分が乗ったのか、マドラーをかつかつとカップの角に当てながらスレ無い顔でそう呟いた。

「なに、これだけ自分の事を小一時間も喋ったのに、私に対する理解それだけ?」

「あら、あなた小一時間喋ったけれど、大事なところは殆どピー音つけてるから分かったのはそれ以外だけなんだからしょうがないじゃない」

「ピー音って、そんな事言ってないんだけど・・・」

「あら、誤魔化しや回りくどい言い方なんて全てピー音でしょ」

 そんなどこぞの世界のように卑猥な部分だけNG音使うのは分かるけれど、それでどこもかしこもNG音にされてはたまったものではない。しかも単語だけでなく、会話丸ごとピーってなったらただの変態だろ・・・。

と、突っ込みたい所だが、その前に禍霊夢はある音を聞いた。

“コンコン ”

「アリス、来客みたいよ」

「あら、珍しいわねこんな朝早く」

 アリスも少し不思議そうに首をかしげている。となると、初めから予期していた来訪者ではないという事なのか・・・。

 アリスに続くように歩いていく。

 ドアの前に立つアリス。そして後ろに立つ自分。

 ゾクッ。

 一瞬だった。ほんの一瞬とはいえ、自分にも良く分からない寒気がする。それは間違いなくドアの向こうから伝わってくる妖気が引き起こしている物だ。

「待ってアリ」

 “ガチャ ”

 アリスを呼び止める前にドアが開いてしまった。そして、そのドアの向こうには、まるでドアが開いた先に二人がいる事を知っていたかのように、傘を差しながら、微笑を浮かべながら、軽く挨拶をする一人の妖怪の姿があった。

「こんにちは。魔法使いさん。そして、もう一人の博麗の巫女さん」

 日傘をさすほど太陽が上がってるわけでもない。けれど、その見慣れた日傘は間違いなく彼女の物だった。

 白い日傘、フリルの付いた菖蒲色のドレスに、白い手袋。そして、赤いリボンの付いた白い帽子と腰までかかる程の長い金の髪。

 自己紹介されなくてもそれが誰なのかは、自分でも良く分かっていた。分からない方がどうかしているほどに分かっていた。


 彼女の名は『八雲紫』

 

 幻想郷の賢者様の御出ましだった。

 

 


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