混戦模様
ずっと思っている事があって、
ずっと想っている人が居て、
ずっと続いていく世界があって、
ずっと終わらない夢を見ていた。
そんな当たり前が、そんな日常が、そんな常識が、そんな些細な喜びが、
あの日、音もたてずに崩れ去った。
●リュオルース第七区画
「こちら『管理局第二特別機動部隊』、区画の掃討を完了したが対象はみとめられず。次の指示を。」
ガガッという音の後、白の装束を纏った男の通信端末から声が聞こえてくる。
『ふーん?こりゃあ、やられたかもねぇ。どうやら他の勢力も大体この辺に集まってるみたいだし、本格的にやられちゃった感じかなあ?』
「おいまさか、我々が骨折り損だったなんていうオチはないだろうな?」
『君達はそれが仕事でしょー?まあいいけど、これ以上消耗しちゃわないうちに、とっとと戻ってきてよ。』
「貴様…!…いや、どうやらそうもいかないらしい。」
『ご新規さん入っちゃった?それじゃあもう一本骨折ってからだねぇー?』
グシャリ、と通信端末が握りつぶされる。
「クソ上司が、帰ったら全身べこべこにしてやる。お前たち、もう一仕事だ。さっさと片付けて帰還するぞ。」
「ホウ?」
それは、異常なまでにくぐもった声だった。
それぞれの武器を構える白装束の集団の前にそれは姿を表した。
全身を黒のローブで覆ったそれは、顔を仮面で隠しているせいで性別も年齢も一切分からない。
「ドコの犬かと思えば、管理局の飼犬共か。その名の通り、全てを『管理』しなければ気が済まないのかね?」
「ほざけ野良犬が。我々の前にわざわざ姿を現したということは、それなりの勝機はあるのだろうな?」
「そのようなモノは必要無い。何故ならワタシは動物好きでね?ましてや人の飼犬を傷つけるつもりなど毛頭」
次の瞬間、紡がれようとした言葉と共に仮面が縦に両断された。
「飼犬だって、咬むことはあるんだよ?」
白装束の集団のうちの一人、まだ幼さを残した少女が一瞬の内に仮面の前に踏み込み、高速の斬撃を放ったのだ。
先ほど通信端末を握りつぶした白装束は、腕を組んでため息をつく。
「馬鹿者が、先に仕掛ける奴があるか…」
「仕方ないよ、隊長。あの子煽り耐性ゼロだからさあ。」
「うるさい、むかついたの。」
いつのまにやら戻ってきていた少女は、剣を鞘に収めながらそう言った。
「他に仲間いるかもしんないじゃん?せめて半殺しくらいにしといたら…」
「ナァニ、心配はいらない。犬のじゃれ咬み程度でどうにかなるワタシではないのでね?」
「なっ…!?」
武器を収めつつあった白装束の集団が、再び戦闘態勢に入る。視線の先には、先ほど両断されたはずの仮面の姿があった。
「治ってる…?」
「治癒…いや、再生か?」
「どちらでもナイね、まあ別に知る必要はナイさ、君達はしばらくワタシと遊んでくれればそれでいい。」
ガチャリと、黒のローブの下から金属がぶつかる音が聞こえた。
「ショータイムといこう、死なないように努力することだ小犬君達。」
白く華奢な両手が取り出すのは、二機のガトリングガンだ。重厚なそれを、仮面は軽々と振り回しながら弾をバラ撒いた。
「散開しろ!命中率が低いかわりに弾道を予測しづらい!」
「めんどくさい…突っ込んでいい?」
「あんなもん掠っただけで肉が吹き飛ばされるよ?ここはお姉さんに任せときな。ってアレ、魔術発動しないんだけど…」
「どっかで魔術妨害してる能力者がいるのだろうさ、銃には銃だ、私に任せておけ。」
ランダムにばら撒かれる弾を大きく回避しながら、白装束の一人が小型の狙撃銃で仮面の眉間を撃ち抜く。
しかし、仮面に穿たれた弾痕はすぐに消えてなくなり、多少よろけただけですぐに掃射を再開した。
「ホウ…回避しながらもその精確な狙撃…ただの飼犬にしておくには惜しいな。しかし、ムダだ。」
「なんだあいつ…不死身か?」
「細切れにしても生きてるか試す。」
「だから待ちなさいって!アレが本体じゃない可能性もあるけど…高度な操術使いの人形って事もあり得るわね…」
「なんにせよ、動きを止められるのなら有効だ、続けろ。」
「相手の目的はわからんが、とりあえず舐められた分は返しておくとしようか!」
白装束の男が近くにあった建物の柱を蹴り砕き、折れた柱を仮面に向けてぶん投げた。
巨大な砲弾となったそれは仮面に直撃し、二機のガトリングガンをへし折りながら仮面ごと地面を抉るように転がった。
「普通なら今ので終わりだが、油断するな。態勢を立て直される前に畳み掛けるぞ。」
隊長と呼ばれた白装束に続いて、他の者も武器を構えて移動する。
その先では、無傷の仮面が柱を押しのけながら立ち上がろうとしていた。