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変わる思いと、変わらぬ意志

「ああ、何だ君か。」


巨大な自動ドアが開き、ひらけた無機質な空間へと足を踏み出した私に、白衣を着た男は振り返らずにそう言った。


「何だじゃないですよ、ホラ、これでいいんですか?」


呆れながらも、私は手に持っていた物を彼に見えるように傾けてみせる。


「お、おおおおお!これは美味そうだ!いやあ、最近缶詰と携帯食料しか食べていなかったんだよぉ、ありがたやありがたや…!」


こんなにも喜んでもらえるなら、作った甲斐があるというものだ。そう思っていた。

その直後、彼が私の作った料理にビーカーいっぱいの謎の液体をぶちまけるまでは。


「人が作った料理になに緑色の液体ぶっかけてんのよ!?」


「ほごふっ!?」


横腹にミドルキックをかますと、白衣の男は枯れ木か何かのように軽く吹っ飛んでいった。


「あああああ私の手料理が…!初めては好きな人に捧げると誓った物の内の一つがあああああ…!」


「あいたた…いやあ、これは僕が作った超汎用型調味液でね?かけるとどんな料理も僕の好みの味に大変身だ!」


「雑草でも食ってろボケ!!」


「おぼふっ!?」


スススと復活してきていた白衣の向こうずねに今度はきついローをお見舞いする。


「お、おごっ…!ムダに鋭いローが…っ!君ねぇ!僕はどっちかというといぢめる方が好きなタチで…」

「ならその価値観…変えてあげるわ。」


「ごほっ!?ぐはっ!?ちょっ、何故そうも執拗なまでに人体の脆い部分を…!?」

「黙れこの!私の初めてを汚しといてっ…このっ!このっ!」


身長はそこそこあるくせにやたらと体重が軽いのか、ちょっと小突いただけで右に左に跳ねる白衣を執拗に蹴り回す。当然だ、これは報いなのだ。

ほら次はミゾオチあたりいっとくか?


「楽しんでいるところすまんが、帰ったぞ。」


怒りのあまり白衣サッカーに興じてしまっていた私に、いつの間に帰ってきていたのか、彼が話しかけてくる。

黒の上着に身を包んだ彼はカルクトゥス=アルクェス=アインクルス=エバーエンド、私とは違う異界からやってきたらしい、自称魔法使いで全ての禁忌に繋がる鎖(笑)だ。


「あ、おかえりなさい。」

「た…助けてくれ!ありとあらゆる弱点を蹂躙されて僕は!僕はぁ!」

「ん?どうした博士、まるで小汚い布か何かのようだぞ。」


ボロ雑巾のようになった白衣が這いずりながら彼、カルクさんに助けを求める。


「カルクさんどこ行ってたの!こんなデリカシーの欠片も持ってないようなボロ布と二人にするなんて…!いやまあ二人きりではないけどっ!?」


そう、別に二人きりというわけではなかった。

この部屋の隅には、いつも椅子に座って宙を見つめ続けているドレス姿の女の子がいる。

正確には人間ではなく、生体型ヒューマノイドだと白衣は言っていたが。


「いや、説明はしただろう?それに、彼なら安心だ、少なくとも敵ではない。」


「ボロ布ではあるかもしれないがねえ…?」


私はドレス姿の女の子に向けていた目をジト目に変えて白衣を睨みつけた。


「全く理由はわからないけど、嫌われたものだねまったく。」


パンパンと白衣をはたきながら立ち上がる男。どうやら先程までのダメージはすっかりと消えているらしい。


「自然治癒能力の促進、細胞の活性化能力か。」


「ん、ああ、君は『偽眼レコードシーカー』の能力で知識として識っているらしいけど、見せたのは初めてだね?」


ずれた眼鏡を直しながらそう言った白衣の男の名はクルス博士。

遺憾ながら私達の協力者であり、特殊能力者だそうだ。






『クロノスルーム』を出てから、私達の物語は一気に動き出した。

特定範囲内であれば出口を指定できる『クロノスルーム』の特性と、カルクさんの『偽眼レコードシーカー』をうまく組み合わせ、目的の研究機関の中枢に侵入した私達。

そこで出会ったこの怪しげな博士がカルクさんの能力を知った瞬間、全面的にこちらに協力すると言い出したのだった。

彼の研究を手伝うという条件付きではあったが、それから一週間、私達は彼の研究所に匿われる形で情報を集めていた。


『この世界を脱出する方法について』の情報を。


といっても、方法自体はクルス博士が知っていた。というか、もちろんカルクさんも識っていた。

問題なのは、そこに至るまでの道。




「『次元を裂く翼アルガスティア』、現時点でこの世界唯一の異界渡航機能を持つ飛行機体だ。」


あっさりと、私の、そしてカルクさんの最終目的の名前が分かって拍子抜けする私に、博士は指を立てて見せた。


「しかし、だ。ここからはカルク君の『偽眼』でも知り得ない事だろうが、アルガスティアはまだ『完成していない』。異界渡航機能はもちろん備わっているが、この世界を脱出する上で問題になるのは、その渡航方法だ。」


なんでも、そのアルガスティアとやらは世界を『切り裂く』事で次元の亀裂を生じさせ、別世界への脱出口とするらしい。


「この世界の特性は知っているね?あらゆる世界の破片を集積する事で刻々と変化し続けるこの世界は、例え切り開かれたとしても、すぐに『別の世界』によって上塗りされてしまう。その特性のおかげで、アルガスティアを作ったはいいが使用する意味が無いという状態でね。現時点ではある場所に保管されている状態だよ。」


つまり、切り裂いた皮の向こうから、すぐに新しい皮が覆いかぶさってくる。

彼は机に置いてあった謎の果実を手にとってそう説明した。


「つまりつまり、だ。集まってくる世界の破片全てを貫き、完全に『外界』へと突き抜ける必要があるわけだ。」


それを成すために必要なのは、アルガスティアを完全な翼にする為の要素。しかし…


「これがなんなのかは僕は知らない。これを知るためにはアルガスティアを君が『認識』する必要がある。アレはこの世界で造られたモノだ、君の『偽眼』ならアレに関する情報を全て引き出せるだろう。とは言っても、場所が場所だ、そう簡単にはいかないとは思うがね。」


その言葉に、クルス博士の言うことを黙って聞いていたカルクさんは言う。


「いや、認識すること自体はそう難しくは無いだろう。問題は完成に必要な要素の方だ。この世界の誰かが識っていればいいが、これは運だな。とにかく、今日から行動を始める。」








彼はその日から、私を研究所に残してちょこちょこと出かけるようになっていた。

クルス博士によれば、『次元を裂く翼アルガスティア』は、この世界でも最高のセキュリティと、『英雄クラス』と呼ばれる能力者達に守られ、厳重に管理されているらしいが、そんなものに近づくことが果たしてできるのだろうか。


本人に聞いても「まあ任せておけ」としか答えないし、私はといえば、殺風景な研究所でずっとお留守番だ、そりゃストレスも溜まる。匿ってもらっている恩返しにと思ってバージンを生贄に捧げる気持ちで手料理を振る舞ってみればこの仕打ち。そりゃ爆発もする。


「ちょっ、何をまた睨んでいるんだい?君はもしかして人を蹴ることに至上の悦びを感じる変態だったのか!?」

「アンタに言われたくないわぁ!!」


ドゴオッ!という肉を激しく打つ音が研究室内に響いた。ちょっとクセになり始めているような気がするが気のせいだろう。そうに違いない。


「意外にアグレッシブなんだな、君は。」

「ひ、人がゴミのように蹴り散らかされているというのに君はもっと言うことはないのかね…?」

「しかし彼女もずいぶんとリラックスできているようだ、博士、あんたのおかげだ。」

「あ、あれはリラックスとは違うと思うがねえ!」



まあ確かに、最近は追われる事もないし、変態と同じ建物の中に缶詰状態だというストレスを除けば、精神状態は概ね良好といったところだった。

このまま穏やかに日々が過ぎていけばいいなあと、楽観的に考えていた私だったのだが…。


彼は、そう思ってはいなかった。

最初から真っ直ぐに目的地へと向かっていた。進み続けていた。

私が知らない間にも、周り全てを巻き込んで、一直線にゴールへと突き進んでいた。



●クルス博士

本名、クルス・ノルバート。

リュオルースで唯一『博士』の称号を持つ天才にしてマッドサイエンティスト。

非合法の実験を躊躇なく行い、目的の為には如何なる禁忌にも触れるが、悪意は一切無い。

細胞の活性化能力を持つ為、自らを実験台にする事もしばしば。

年中白衣でリュオルースの端っこにある特殊研究棟に篭っている。

眼鏡でひょろ長く、髪はボサボサだが髭だけは剃っているらしく、30代だが年齢の割に若く見えなくもない。


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