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束の間の休息、久々の入浴

「ふ、ふあ…」


しまった…つい…我慢せずに全てを委ねたらあまりにも油断した声が…


「でも…きもちー…」


科学都市リュオルース。

泥海での出来事から約二日間かけて辿り着いた大きな街で、私はこの世界に来て初めてお風呂に入ることができたのだった。

約十日ぶりのお風呂は、私の中の溜まった何かを吐き出し切るには十分すぎる気持ち良さだった。


ちょうど良い湯加減が、硬まっていた全身をほぐすように包み込んでいく。


「く~っ…!」


いや気持ちよすぎる。もう全身弛緩しきって大浴槽の縁に乗せた首だけで体を支えているような状態だった。


浮かぼう…むしろこのまま浮かぼう…


「うあー…人がいないからってさすがにそれは…」


とかいいつつもうほぼ浮いていたけども。

恐るべし、お風呂。

日本人を殺すなら刃物より銃器より、温かいお風呂だろう。


それにしても、広い。

銭湯にはほとんど行ったことがないけど、こんなに広いものなのだろうか。


しかも貸切なので余計に広く感じる。

カルクさんの『偽眼レコードシーカー』で一番空いている時間帯を選んだらしいのだけど(そんな事に使っていいのかとは思う)まさか貸切状態とは。

ちょっとした音でも四方ではね返り、響く音がとても心地良い。


疲れきった体を休めるには最高のシチュエーションだった。


「この世界に来てからまともに休めたこと無かったからなー…」


約十日前、私はこの世界に転移して来た、らしい。

らしいというのは、転移される直前の記憶が曖昧で自分でははっきり認識できていないからだ。

今だって、その時の事はよく思い出せない。


あの荒野でカルクさんと出会って以降、まともに眠れた日はなかった。

毎日訪れるトラブルの合間で寝ていたので、カルクさんが見張っていてくれても熟睡はできていなかった。


突然他の世界に転移してしまった、というあまりにも突拍子もない出来事に何となく慣れた気がしていたけど、ただ深く考える暇が無かっただけなのかもしれない。


「…異世界…かあ。」


なんだそれは、と、真面目に考えるほどつっこみたくなる。

現実離れした出来事に次々と直面しても、どうにも慣れない。


「異世界なんだよね…?うーん…」


落ち着いて考えてみても、やはり同じだ。


『実感が湧かない』


記憶の上では、私が元居た世界とは全く違う世界なんだけど…


その記憶も曖昧なんだよね…


「なぜパニックにならない私ーぶくぶくー、おかしいはずでしょーぶくぶくー」


アニメや漫画で見た異世界に飛ばされる系のヒロインは大抵そうだった気がする。


「カルクさんが居るからなのかなー…?」


彼には幾度となく命を救われた。というか、こっちに来て以来守られ続けている。

彼がいなければあの荒野で確実に命を落としていただろう。

…ほんと、確実に。


その彼はというと…どうしているだろう?ここに着いた時には…


「君はゆっくりと入浴してくればいい。俺はロビーで見張りでもしている。」


って言ってたから、やはりそのままロビーで見張っていてくれているのだろうか。

こんなに気持ち良いのに…勿体無いな。


「そういえばカルクさんていつ寝てるんだろ…私が寝てる間に寝てるのかな?」


十日も共に過ごしていながら、そのへんの事は曖昧なままだ。

お風呂からあがったら、聞いてみようかな。

まさか不眠ってわけじゃあないだろうけど…


色々考えつつ、全身を軽くマッサージしていく。


足、ふくらはぎ、ふともも、お尻、腰、手、腕、二の腕、肩、胸…


胸…


じっと、自分の胸を見つめる。


標準、よね?


カルクさんには17にしては…みたいな超絶失礼な事を言われた気がしないでもないけど、あの時は下着越しだし…?着痩せとか、あるし…?


標準…


むにっと、サイドから寄せてみる。


谷間できた!谷間できたよ!


さらにこれを持ち上げれば…


おお…?これは…なかなか…!


「って…なにやってんの私ぶくぶくぶく…」


ため息。というか泡。


ていうか、私の周りはこんなもんだったよね…?

全然意識したことなかったけど…。


見ないふりをしていただけとは思いたくない。


男の人って…大きいのが好きって聞いたことあるけど…


カルクさんも、そうなのかなあ?




…そもそも、異性に興味あるのかな?


大体、こんな若い女の子と一緒に旅して、寝る時も一緒で、何も思わない男が居るの…?


自意識過剰?いやいや、これはもう生物としての機能に関わることよ…?


…いや、どうでもいいか…


変に意識されても困るし…。


じゃあ私はどうなの?


若い男の人とずっと一緒で、どうなの?


カルクさん無表情だけど結構イケメンだし、


…私はカルクさんのこと…


そう、私がカルクさんに抱いているイメージは…


「お兄ちゃん…?」


元の世界での兄の事を思い出す。

四つ上で、彼とはちがって表情豊かな兄だ。

だったはずだ。

はっきりとは思い出せないが、雰囲気がどことなく似ている気がする。


だからなのかな、

知らない男の人なのに、妙に安心感があるのは。それ以上の感情を持たないのは。


「そーいうことにしとこ、それでおしまいっと。」


無理矢理納得する事で若干浮かび上がってきた

『カルクさんは実は同性イケる説』

という危険な考えを捨て去ってしまおうという考えだったが、見事に成功したようだ。


「はー…のぼせた感あるー…」


変なことを考えすぎて頭がぽーっとする。


そろそろ上がろうかな…


軽く立ちくらみしながらも、浴槽から上がり、脱衣所へとひたひた歩いていく。


脱衣所への扉の前に設置されたシャワーで体を流してから、掛けていたハンドタオルで全身を拭いていく。


「うん、さっぱりした。」


扉を開けると、少し冷えた風が流れてくる。湯上りの体にとても心地良かった。


一つだけ鍵のかかったロッカーに行き、指をかざした。

指紋認証式の扉が音もなく開く。


残念ながら替えの着替えは無いので着ていた服をまた着るしかない。

下着は自動販売所があったのでそこで購入していた。サイズも色も選べるなんてスゴイ…と思ったが、科学都市というくらいだ、これからもっとスゴイ物を目にすることになるのだろう。


そう思うと、少しだけ楽しみだった。


バスタオルで全身の水気を取っていく。

新しい下着に着替え、古い下着は処分することにした。


持ち歩くにも邪魔だし…仕方ないよね。


転移して来た時に着ていた制服はカルクさんの荷物に入れさせてもらっていたけど、まさか、洗濯もしていない下着まで持っていてもらう事はできないし…。

できないというか、さすがに嫌だ。


服を着る前に鏡の前に設置されたドライヤー(見た感じただの筒のようだった )で髪を乾かそうと思い、振り返ったその時だった。


鏡の前に紫色の渦のようなものが現れ、その中からスーツ姿の二人の男が出て来たのは。



「えっ…?」


「静かにしてもらおう、騒げば黙らせるしか無くなる。」


男は両方とも黒色のゴーグルのような物を付けていた。手前で喋っている短髪の男は、後から出てきた長髪の男に入り口の方を見張るように手で指示を出した。


「我々に同行してもらう。」


短く言い、短髪の男はこちらに近づいてきた。


私は、動けない。

カルクさんはいない…声を出せば聞こえるかもしれないが、彼が来るよりこの二人が何か行動を起こす方が早いだろう。

スーツ姿の男達は、明らかに普通じゃない。危険が服を着て歩いているかのような錯覚すら覚える。


怖かった。

それと同時に理解した。

そして呆れた。


慣れてなんかいない。


私が今まで何を見ても必要以上に取り乱すことが無かったのは、カルクさんが居たからだった。

常に守られていることに、少なからぬ安心感を得ていたからだった。


「怖いのか?やはり、ただの少女か。上からは注意しろと言われたが、アレと共に行動しているだけで、大きな特異性は持っていないようだな。」


男の腕が伸びる。


私は、見えない鎖で縛られているかのように動けない。


男の腕が、私を捕らえようとした、まさにその時、


大きな衝撃音と、長髪の男の小さな悲鳴が同時に聞こえた。


短髪の男が警戒して振り返ったそこには、二メートル程のロッカーの扉に押しつぶされた長髪の男の姿があった。


「なにっ⁉︎」


「警戒が甘かったな。」


短髪の男は再び振り返る。


そこには、ロッカーから瞬時に飛び出し、私の前に高速で移動した彼、カルクの姿があった。


「貴様、いつの間に…!」


「短距離の転移程度なら…」

「なにやってんのアンタはぁ⁉︎」


すぱぁん!と、快音が響いた。

近くにあったスリッパで側頭部を思いっきりはたいたせいで彼の首が直角に曲がる。


「痛い。何故俺が叩かれるんだ…?」


「ずっとロッカーの中に居たの⁉︎」


「君が浴場に入ったのを見届けてから、な。」


話している隙をついて組みつこうとした短髪が後ろ回し蹴りで吹っ飛ばされて壁に叩きつけられ、そのままずりずりと床に這いつくばった。

その華麗な二段蹴りは明らかに武闘家のそれだった。


「ロビーでは今のような転移魔法に対応できないと感じたんでね、狭かったがこういう策に出てみた。」


「だ、だからって!それにそのロッカー、中からじゃ何も見えないでしょ⁉︎」


「ああ、だから君の視界を使わせてもらった。」


「私の…視界?」


「俺が使える簡単な魔法に、魔法を掛けた対象と視界を共有するというものがある。それだ。」


視界を共有…

つまり…

私の見たものを…

そのまま見れるってこと…?


え?


じゃあ…


じゃあまさか…!


「お風呂に入ってる…間…も…⁉︎」


「なかなか広い風呂だったな、空調システムのおかげで湯気も少なく非常に視界良好…」

「この変態がーっ!!!!!!」


すぱぁん!と、再び快音が響いた。

今度はほっぺただ、彼の首が160度程回転した。


「痛い。いくらスリッパといえど顔面狙いは危ないぞ?」


「痛くしてるのよばかぁ!なにやってんのなにやってんのなにやってんの!?いろいろ見たでしょ!?そうでしょ!?」


「待てこら、落ち着け落ち着け。」


「落ち着けるかぁ!?女の子のお風呂覗いといて、なんなの!?」


「その点は大丈夫だ、特に何も感じなかった。」


「さっきの説が立証されそうだよー!?」


「何を言っているんだ君は…。」


「そんなのわかんないわよ!ばか!」


「まったく…。いや、そう睨まないでくれ。悪かった、この通りだ。」


カルクさんは頭を下げる。深く、綺麗な礼だった。


「…とりあえずあっち向いてて、服着るから…。」


「了解した。」


そのままの状態でくるりと向こうを向く。

いや待て、その礼の角度だと結局こっち側に視線が向く。


「も、もう顔あげていいから!」


「了解した。」


「はぁ…。」


「悪かったな。」


「もういいよ…二回殴ったし。それに、私を守るためだったんでしょ?」


「そのとおりではあるが、色々と配慮が足りなかった。これまでも、多分そうだったんだろうな…。」


なんかすごい反省してる…。

守ってもらってばかりだというのに、ちょっと裸を見られたくらいで怒りすぎた…かも、しれない。

いや、そのことについては怒っていいのだ、女子として。でも、


「だ、だからもう良いって、ほら、服着たから、もうこっち向いていいよ。」


言われてくるりと向き直るカルクさん。


と、いつもの無表情が、どことなく反省している風にもみえる

それが少しおかしくて、思わず笑ってしまった。


「怒ったり笑ったり…よくわからないな、君は。」


「カルクさんほどじゃないよ、きっと。」


そうか?と言いつつ、少しだけ不思議そうな表情をした、気がした。


「とりあえずここを出よう。転移魔法まで使用してきたということは、こちらの位置が完全に把握されているとみていい。」


「発信機でもつけられてるってこと?」


「いや、それなら俺が気付く。相手の手法がわからない以上、一度完全に監視を断ち切る必要があるな。」


そう言ってカルクは胸ポケットから一枚のカードを抜いた。

『偽典オリジンアーカイバ』、様々な力が封印された彼の武器だ。


「『クロノスルーム』、良いカードだ。」


宙に放り投げられたカードが回転して弾け、光の粒子となって新たな形を作っていく。


私たちの前に現れたのは、真っ白く、過度な装飾が施されたドアだった。


「…なにこれ?」


「『クロノスルーム』、異世界の魔道具だ。このドアの向こうの部屋は、侵入すると一時的に全ての空間、時空から隔絶され、他からの干渉は一切受け付けなくなる。本来は25時間効果が持続するが、これは保って8時間ほどだろう。」


「つまりその間は絶対安全ってこと?でもそれって時間稼ぎしているだけじゃないの?」


「もし監視術式の類がかけられているとしたら、これの中に入ることでそれをキャンセルできる。それに、出口はこことは別の所を指定できる。それほど遠くには行けないが、監視者の目を逃れられれば構わないだろう。」


この街から出たのでは意味がないしな。

そう言いながらドアを開いたカルクは、現れた虹色の空間へ先に入るように促す。


私は頷き、前へと進んだ。


「一つ、言っておく事がある。」


虹色の空間に入る手前で、カルクはそう言った。


「君は『ただの少女』かもしれないが、それでいい。」


「…どういうこと?」


「特に意味はない、ただ、覚えてくれればそれでいいさ。」


不思議に思いながら、私は虹色の空間へと入っていく。ふわりと体が浮くような感覚がして、急激に意識が遠くなっていく。


そして意識が完全に途切れるその直前に声が聞こえた気がした



「そう、それでいい。それが例え、『この世界で最も特異な存在』だとしても。」



しかしその声は、意識と共に光に霧散し、私の記憶に残ることは無かった。





●クロノスルーム

異世界の魔道具。装飾過多なドアの向こうに隔絶空間を創りだす。侵入すると一時的に全ての空間、時空から隔絶され、他からの干渉は一切受け付けなくなる。持続時間は25時間で、それを過ぎると入場時の場所に強制的に排出される。

ある程度の距離までなら退場場所を指定できる。

中にはクイーンサイズのベッドと軽食が収納されたボックスが存在するが、誰が用意しているのかは謎。

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