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遭遇、泥海の巨大軟体生物

硫黄のような風の臭いが鼻を突く。空気は重く濁っていて、酸素が薄く感じられた。

私は鼻と口をハンカチで押さえながら、目の前の景色を薄目で見ていた。


ごぽごぽと巨大な泡が緑色の水面で弾け、しばらく痕となり、泥のような水がゆっくりと元に戻り、そしてまた泡が弾け、痕となる。


次の目的地は湖だ。


そう聞いていたのだが…


「カルクさん、腐った沼じゃんこれ。」


「ドルマ湖、地元民からは『泥海』と呼ばれているな。全長約48km、深さは計測されていないようだ。」


カルクの『偽眼レコードシーカー』は、既知の知識しか得られないらしい。つまり、この世界の誰もが知らないことについての情報、未知の知識は得られない、ということだ。


「え、これ、これ渡るの?」


「この世界でのんびり旅をするつもりは俺にも君にも無いはずだろ?だとすれば目的地まで一直線だ。ここを迂回すれば倍以上の時間がかかるぞ。」


しれっと言うけど…


「いやそうかもしれないけど…!アレ、アレとか何かホラ…」


私は腐った沼の、海の、沖?あたりに浮かぶモノを指差した。

巨大な島のようにも見えるが、動いている。確かに息づいている。


見れば、水面上にせり出したドーム状のモノに横方向の亀裂が入っているのがわかる。


さらに注意して見れば、それがドーム状のモノの口だということがわかる。わかりたくはなかったけど…


「『ギガス・クラーケン』だな。イカやタコのような軟体生物だが、頭部のみ強靭な外殻を持つ。12本の巨大触手を束ね、とぐろのように水底を覆っている。水面に出ているのが頭部だな、呼吸時に硫黄を含んだ麻痺毒ガスを吐き出すらしく、この臭いはそれだ。頭部に無数に存在する噴出孔から毒液を飛ばして獲物を墜として食っているようだ。ああ、ちなみにその毒液のせいでこの湖の水質が変わってるから、実質ここがこんな感じなのはあいつのせいだな。」


「環境変えちゃうような軟体生物がプカプカ浮いてるとこを通れるかーっ!バカじゃないの!?」


「まあ落ち着け、あんなナリだが気性は荒く無い。こちらから刺激を与えなければ襲ってくる事はないだろう。」


そう言って彼は真っ黒なコートの胸ポケットからカードを抜き放つ。


『偽典オリジンアーカイバ』

カルクが持つもう一つの力。

カードに封じられた力を、使用者が無条件で使役できる武器。極めて強力な力だけど、一度使った力は二度と使用できない。


「流石に飛んでいくよね?ね?」


「いや?滑る。」


「滑るー!?」


「うーん、というかそれに近い。大体、空から行けば鳥と間違えられて撃ち墜とされるかもしれないぞ。じゃあ行くか、『マテリアルモノリス』、良いカードだ。」


宙に投げられたカードは回転して弾け、光となって再収束する。

光が形となり拡散した後には、二枚の虹色の板が二つ、宙に浮かんでいた。


「こ、この板に乗るの⁉︎」


「ああ、『マテリアルモノリス』は、あらゆる元素とも異なる全く新しい特異元素で構成された幻想物質だ。乗り手の意思に反応し、性質を変えることができる。今回は力の担い手である俺の意思に反応するようになっているってわけだ。」


「よくわかんないけど…信用して良いんだよね?」


「当然だ。方舟に乗った気で安心していい。」


なんという安心感!!


「急ぐぞ、暗くなれば別のモンスターが寄ってくるかもしれん。乗った乗った。」


私は高さ30センチ程まで下りてきた虹色の板に乗る。浮いているにも関わらず、全く揺れを感じず、大地に立っているのと同じ感じだった。

むしろそれより安定してないかなこれ…?


「姿勢制御と重力制御はオートで調整されるからな、立っていても座っていても構わないぞ。」


「あ、じゃあ、座ってる。」


座ってみた。温度を感じない。

質感はフローリング床のような感じだったが、触れている面の硬度が変化しているようでお尻が痛くない。


「水面から3mほど浮いたまま移動する。君のモノリスは俺のモノリスに追従するようにしているが、何かあれば別行動で安全を確保するようになっている。」


「何かありませんように何かありませんように何かありませんようにーっ!」


「何かあっても大丈夫だと言ってるだろ。それじゃあ行くぞ。」


お祈りする私には目もくれず、カルクはモノリスを発進させた。以前のなんたらかんたらの靴とは違い、高速道路を走る車のような速度だった。

先ほどまでのような嫌な臭いや、濁った空気を感じない。

このモノリス上は何か特殊な空間になっているんだろうと納得することにした。


このめちゃくちゃな世界にも多少は慣れてきたのかな。


あの日、あの荒野で目覚めてからもう一週間だ。毎日色々あったが、カルクのおかげで何とか生きている。

…まあでも、その色々の原因がどう考えても彼なので、全面的に感謝とはいかないのだが。

彼個人というより、彼の『力』がそれを求める者たちを、世界を刺激している。


『偽眼レコードシーカー』もそうだが、彼の持つ『偽典オリジンアーカイバ』は素人の私から見ても超絶反則級の武器である事は間違いない。


使い方を考えれば、誤れば、世界の行く末を左右できるのではないかと思う程に。


だからこそ、その存在をこの世界は無視できない。

世界を一歩どころか、次の段階へシフトできるような要素だ。一個人が所有する力の限度を超えている。


それにしても、そんな強大な力を何故彼が持っているのか。それはまだ聞いたことはなかった。目的地だけを目指して進んできたから、ゆっくり話す機会なんてあのファミレス以降ほとんど無かったのだ。


「二日連続お風呂に入らないなんてこと無かったのに…」


「おかしいな。」


「ほんとだよー!」


「なあ、」


「何よっ⁉︎」


「なんでアイツ、こっちを向いてるんだ?」


…アイツ?


この場において私たち以外の存在といえばさっきの…



その時だった。

遠目に通り過ぎようとしたギガス・クラーケンの周囲の水面が爆音と共に赤銅色の空へと吹き上がり、パタパタと降り始めた緑色の雨のその向こう、ドロドロとした泥を垂らしながら蠢く巨大な触手が12本、明らかにこちらをロックオンしていた。


「うねうねーっ!?」


「何でこっちを敵と認識してるんだ?予定外だが、想定内だ。速度を上げて一気に突っ切る。」


「想定してたなら言ってよ!隠す意味ないよね⁉︎」


「無駄に恐怖を煽るのもどうかと思ったんだよ。とにかく、速度をあげるぞ。」


周りの景色の流れる速度が倍以上に跳ね上がった。直後、背後にギガス・クラーケンの触手が一本突き刺さり、緑色の水柱が上がった。


「今絶対危なかったやつー!!!」


「追いつかれんとは思うが、一応保険はかけておくか。」


カルクのモノリスが私のモノリスの後ろへと減速し、カルクは新たなカードを宙に放り投げた。


「『機神オルガンエクリプス』、良いカードだ。」


瞬間、光の粒子が爆発的に広がり、巨大な姿を形どる。

それは輪郭をはっきりとさせながら、緑色の水面へと着水した。


「なにあのおっきいドラム缶!?」


「いやあれでも巨大機動兵器だ、本来は有人らしいが、とりあえずオートで足止めさせておこう。」


こんな物まで出せるの…⁉︎


光の粒子を纏った巨大な銀色のそれは、幾つもの腕が付いたドラム缶のような形をしていた。

着水したと思われた水面に沈むことなく、まるで水面に立っているかのような状態だった。


それもそのはず、本来『機神オルガンエクリプス』は水上地上問わず重力制御での滑走を移動手段としている。装甲は極めて堅牢で、攻撃にあわせてピンポイントで亜空障壁を展開する事が可能である。巨大な筒のような本体には数々の兵器が内蔵されており、さながら自走する武器庫といったところだ。


突如現れた巨体に、12本の触手が波状攻撃をしかける。


「しばらくは保つだろう、今のうちに先へ進むぞ。」


「放っていくの…?」


「見ていても仕方が無い。それに、実体化させておける時間も限られている。なにより、触手を囮にしてさっきから頭部が水面下でこちらを追ってきている。追いつかれれば厄介だ。」


「早く!早く行こう!」


そうして私たちのモノリスは減速することなく緑色の水面上を滑るように駆け抜けて行った。







小さくなっていく虹色の光を、一人の男が上空から遠目に眺めていた。


「ありゃすごいね。『協会』が騒ぐわけだ。見た感じ長い詠唱も、代償も無い。超高速、ノーリスクの召喚術みたいなもんだ、メチャクチャだね。こっちは散々準備してクラーケンを15分操るのが限界だってのに。」


巨大な飛竜の背に乗った男は、ため息をつきながら小型端末を取り出した。


「もしもーし、こちら操術師ディアス。目標の確保に失敗、ギガス・クラーケンの後処理については…あー、目標の召喚したでかいのがやってくれそう、かな。うーわっ、すっご、一瞬で8本の触手を吹き飛ばした。あー、というわけで、俺は退場するよ。移動手段が謎過ぎて追いつけそうにない。確保には別の能力者を手配してくれ。行き先は恐らく…」







影で暗躍する者たちがいる中、追われる二人は次の目的地へ向かう。


目指すは科学都市リュオルース。

異世界の技術が集まる超巨大都市。


●マテリアルモノリス

あらゆる元素とも異なる全く新しい特異元素で構成された幻想物質。

基本の形は板状だが、使い手の意思に反応しどのような形状にも変形できる。

幻想物質である為、既存のどんな物質とも干渉することが無い。その性質を利用して最強の防壁として使うことも可能である。


●機神オルガンエクリプス

異世界の巨大ロボット。ドラム缶のような見た目に複数のアームと大量の火器。

デザイン性のカケラも見当たらない実用性だけを重視した機体コンセプトで、パイロットからも苦情が出ていたようだが全て無視された。

移動は重力制御によるホバー走行、ピンポイント亜空障壁による省エネ絶対防御、動きは鈍重だが非常に堅牢である。

必殺技はそのドラム缶状の機体上部を大砲のように使って撃ちだす高出力圧縮重力砲『ギガグラビトンスマッシャー』。発射時に小型のブラックホールが出来るため地上での使用は禁じられているが、宇宙での運用プランは今のところ進んでおらず、実質のところ飾りである。

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