狂神と終焉
終わり続けていた。
彼女の周りは、常に終わり続けていた。
永続終焉
いつからか彼女は、いや、生まれた時から彼女はそう呼ばれていたのかもしれない。
周囲の全てを終わらせる能力。
それは、能力といえるものであるかどうかすら分からない。
ただひたすらに終わらせる。
それは死であり、破滅であり、同時に安らぎでもあった。
しかし彼女自身は終われなかった。
彼女だけは終わらず生き続け、終焉を振りまくだけの装置と成り果てた。
そんな彼女に今、転機が訪れていた。
終わらせ続けるだけの人生に、終わりを与える転機が。
●リュオルース北大陸部砂漠地帯
その少女は、奇妙な空気を纏っていた。
少女の周りには肉眼で確認できるほどの急速な変化が次から次へと引き起こされていた。
そして全ては、やがて終わっていった。
そんな光景は当たり前だというように、少女は砂漠地帯を移動していた。
長めのワンピースのような衣服を漂わせながら、砂から一定の高さを浮遊していた。
一定の速度で進んでいた少女は、俯きがちだった顔を上げ、停止する。
少女が停止をしても、周囲の変化は起き続けていた。
「よお、『終焉』」
その声の主は、少女の前方30メートル程の位置に立っていた。
少女は、自分に届く前に終わらない声を発した主に少し驚く。
そして顔を上げ、納得する。
「『狂神』イヴァン=グルード…私に声をかけられる人に久々に会ったと思えば、貴方でしたか。」
「クック…俺を前にして狂わなかった奴も久しぶりだよ。なんせ既に狂い終わっているんだ、当然の事だろうがな。」
「終わり…?私は終わりませんよ、終われません。」
「言葉の選び方はどうでもいいんだよ、終焉。なにやらおもしろい事が起きてるみたいだからなあ、ちょっと見物に立ち寄ってみたが、アンタに会えるなんて、最高に狂った脚本だぜ、これは。」
「現時点で最強と呼ばれる貴方が参戦しては、確かにこの争いは狂宴と呼ばれるモノになりかわってしまうでしょうね。」
「おいおい謙遜するなよ終焉。俺は最狂であって最強じゃないさ。むしろ最強という呼び名は上を見させない為の枷ともいえる。みてみろ。」
そう言った直後、狂神はただゆっくりと右腕を振るった。
たったそれだけの事で、砂漠に吹いていた風が狂い、ぶつかり合い、飲み込みあい、強大な乱気流となってリュオルースへと放たれた。
砂と岩石を果実のようにすりおろしながら、破壊の烈風はリュオルースの外壁へと叩きつけられ、
何事も無かったように収束した。
「…これは…?」
「『狂風』っていってな、俺の放つ遠距離攻撃で最も威力が高い。おそらく現時点でこの世界最硬金属である反転魔鋼ですら簡単に切り刻む。が、見ての通りだ。リュオルースの女神の張る防護障壁には傷ひとつ付けられん。」
「上には上がいる…と?」
「そんなつまらない事は言わんよ。だが最強が放つ矛が貫けない物があるなら、その盾を持つ者を差し置いて最強などとは言えんということだ。」
小さく笑って狂神は終焉に向き直る。
「まあそんなことはどうでもいい。で、どうする?」
「どうする、とは?」
「こんなところで人知れずこの世界の最強候補とやらが揃ったんだ、やるべき事は決まっているんじゃないか?」
「貴方と争うつもりはありませんよ。」
「偶然だな、俺にも無いさ。狂いきった奴に興味は無い。」
狂神は一瞬にして膨れ上がった殺気を、やはり一瞬で霧散させた。
「俺はこれから事の顛末でも鑑賞に行く。一緒にどうだ?」
「…残念ですがお断りします。」
「ほう、俺の事は嫌いか?」
「いえ、私を前にして終わらない貴方はむしろ好ましい。」
「…ふうん?」
「私は、彼に会いに行きます。」
「…彼、まさかとは思うが、カルクトゥス=アルクェス=アインクルス=エバーエンド、『鍵の男』か?」
「ええ、その長い名前の人です。」
「覚えてないのか…まあいい。会ってどうする?」
「貴方も見たのでしょう?彼がこの世界に向けて放ったあの通信を。」
「ああ、最高に狂ってておもしろい奴だ。奴が起こしたこの騒動、狂った展開になるしかないだろうと考えて俺もここへ来た。」
「彼の目を見て分かりました。彼は、どうしようも無く終わってしまっている。終わりきってしまっている。しかし…終わってしまってもなお、始まろうとしていた。」
「…」
「私は、そんな彼を見て思いました。私は終われない。おそらくこれからずっと、終われず、終わらせ続けて生きていく…。でも、ならば始まればいいと。きっと今まで始まってもいなかった人生を、始めてしまえばいいと思ったのです。彼に会えば、きっと私の中で何かが始まる。始めることができる。そんな予感がするのです。」
「…そりゃ、随分と。」
そこで、再び強烈な殺気が巻き起こった。
「気が変わったぜ、終焉。終わりを振り撒く存在でありながら、何を始めるって?狂い終わっていたと思ったが、また狂い始めるなんてなあ!こんな例はなかなかないぜ、おい!!」
「…貴方とは戦いたくありません。」
「聞けないな、聞けるはずがない。気づいているか終焉、アンタの狂気は『終焉』すら凌駕する程のモンだ。正気じゃねぇ、終わってる、ああ、そうだな、そうだ、やはりアンタは『永続終焉』だ!その狂気の芽、摘むには惜しい、だが、行かせるわけにもいかん。アンタが参戦しちゃあ、全てが終わっちまうからなあ!適度に遊ぼうぜ、この俺とな。」
「…」
終焉は狂神の眼を正面から見つめる。
そして、これからの為に、武器を取る。
「そいつが噂の永久の楔か。永久、無限の存在であるといわれる神器…」
「ええ、これしか私の終わりに耐えられる武器がありませんので。」
「クック…ああ、前座にしちゃあ豪華すぎだが、楽しませてもらうぞ終焉。運が良ければ、ここで終われるかもしれないしなあ。」
「私に終わりを与えるのは私自身です、貴方には無理だ。」
「なら、試してみるとするか!!せいぜい狂い咲けよ、終焉!!」
こうして人知れず、現実的この世界最強の力2つがぶつかり合う事になる。
『鍵』をめぐる争いは、各々の予想を遥かに超えて広がっていた。