炎滾る
迷宮に潜った中でみたバルガスの実力は、大口を叩いていただけあって目を見張るものがあった。
見た目通りのパワータイプだったのだけれど、なんといってもその圧倒的な攻撃力が目立つ。
中層部の一般的なモンスター程度なら一撃で屠るのはもちろん、中層部随一の防御力を誇るシールドタートルすら一撃だった。
シールドタートルはその名の通り頑丈な盾のような甲羅をもつ亀で、一度甲羅の中に引っ込まれてしまうと攻撃が通らず、魔術で焼き殺すしかないとまで言われている。
素材としては中層部ではトップクラスの買取価格なのに、その硬さのせいで多くの冒険者がシールドタートルを見つけても討伐を諦める。
性格もおとなしいので積極的に攻撃する必要もなく、硬すぎて逆に武器が破損してしまうこともあるのでよっぽど自信が無い限りは見なかったふりが常だ。
しかし、ここの遺跡が初めてのバルガスにとってそんなことは知ってことではないので、真っ直ぐに飛びかかったのだ。
僕が気づいて注意をしようとした時には、気合が十分に籠った一撃で甲羅を叩き割ったバルガスが満足そうな笑みを浮かべて立っていた。
バルガス曰く
「久しぶりにぶった力入れてぶった切った感触だぜ。ここのはどれもこれも柔すぎるな。これぐらいがやりがいがあるってもんだな」
なんとも楽しそうな表情を浮かべているのを見て、僕は呆れたため息をつかざるをえなかった。
しかしその圧倒的な攻撃力を持つ反面、周囲への細かな注意が散漫でトラップによく引っかかりそうになった。
中層部の中でも探索され始めたばかりで、まだまだトラップが多いエリアをわざわざ選んで進んだので当然ともいえるが。
しかし、中には専門職で無ければ発見しにくいようなトラップもあったけれど、中層部のトラップは目に見える簡単なモノが多い。
それでもそれらに気づかないバルガスはずかずかと進もうとするので、そのたびに僕が注意をする必要があった。
しばらくすると徐々にトラップを発見できるようになったけれど、見逃しの方が圧倒的に多く、安心して先行させることは出来ない。
この分では安心して下層部に送り出すことは出来そうにない。
下層部からは即死しかねないトラップが出てくるからだ。
もちろん、下層部の中でも階層が下がっていくとそれだけトラップの凶悪性も増していく。
「バルガス、さっきからトラップを見逃し過ぎだよ。戦闘は文句なしで言うことは何もないけど、ここまでトラップ見逃しが多いと下層行きはやめたほうがいい。下層からはトラップの危険性も格段に跳ね上がるよ。今のままだと最悪トラップで死にかねない」
「あー…分かっちゃいるんだけどなぁ。トラップで死ぬと言ってもまるで実感ねぇんだよなぁ。遺跡のトラップってそんなに危険なもんか?」
難しそうな顔をしているバルガスはまるで実感がないのか、首をひねってうーんと唸る。
「……分かった。じゃぁ、一回下層のトラップ見に行ってみようか。それでだいたいどんなもんか分かると思うよ。……ただし、モンスターを見つけても僕の前からは絶対に出ないでね。もし約束を守れなかったときは命の保証はしないよ」
バルガスは真剣な僕の目を見て神妙そうな顔でうなずいた。
「よし、じゃぁ行くよ。ついてきて」
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「なぁ、ジャック。そんなに慎重に進む必要があるのか?」
僕との約束を守って後ろからついてきているバルガスはじれったそうにしている。
彼からすると、せっかくの下層なので手ごわいモンスターと一戦交えたいというところだろう。
「わざわざ選んで進んでるんだけど、ここら辺はまだ探索が始まってすらいないエリアだからね。トラップがどこにあるか分からないんだよ。トラップ自体は見つけにくくなっていると言っても、これだけ注意して進めば分かるものばかり。発動方法さえ分かればだいたいトラップの種類も分かる。トラップの何が怖いって、見落として進んで掛かるのはもちろん、逃げる時に処理してなくて発動させてしまうことだからね」
下層に着いてから探索が始まっていないと思われるエリアに来てから手に汗握りながら進んでいく。
下層部は雑魚モンスターが全くと言っていいほど居らず、モンスターとのエンカウント率は上層・中層部よりも低い。
その代わり強力なモンスターが通路を徘徊するので、戦闘になった時に相性によっては即時撤退も考えなければならない。
そんな時に退路にトラップを残したまま進んでいると、逃げている最中にモンスターに気を取られてトラップを発動させてしまうことがある。
だからこそ、進む時にはトラップには過剰なほど神経を使って、トラップをあらかじめ潰しておく必要があるのだ。
「む、バルガス。ちょっと来てみなよ。トラップがあったよ」
手を振って後ろに控えていたバルガスを近くに呼ぶ。
「この足元に低く貼られている一本の糸見えるでしょ。それで、この糸のすぐ向こうの左の壁なんだけど薄く切れ込みがあるのが見えるよね。たぶんこれ切ったらその壁から何か飛び出してくるはずだよ。ちょっと離れて発動させてみようか」
壁の切れ目を見ようとして前に身を乗り出したバルガスに、糸を踏まないように注意して下がらせる。
僕はトラップのキーとなる糸に、自前の安物の細い糸を軽く結びつけて下がる。
バルガスと共に十分安全な距離を離れたのを確認すると、思いっきり糸を引っ張った。
すると、バガンと左の壁が吹き飛び、その向こうから恐ろしい勢いで槍衾が飛び出してくる。
よく観察すると、およそ1m四方の板にぎっしりと鋭い槍先が生えていて、それがバネか何かで打ち出されたのだろう。
打ち出されたそれは、反対側の壁に当たって落ちたけど、反響した音は重い振動をもっていた。
「バルガス、これが下層のトラップだよ。だけどこれみたいに単純に威力がとんでもないものもあれば、麻痺とか毒とかにかかるようなトラップもある。それに加えてここには強力なモンスター達もいるんだ。トラップをきっちり処理することが出来ないバルガスには下層は厳しいと思う。」
「それに、これみたいな大きな音がするのは特に気を付けてね。今はいなかったみたいだから、思いっきり発動させたけど、近くのモンスターを呼ぶこともあるから。もし、こんなの受けて怪我したところで下層のモンスターなんて会うと冗談じゃなく死ぬから」
「…ああ、よく分かった。遺跡のトラップってのは案外恐ろしいもんだな。流石に今のトラップなんて食らえば俺でも死ぬわ」
今のトラップの発動の瞬間を見たバルガスは、何か感じるものがあったのか真面目な顔つきになっている。
「それじゃ、一旦下層のモンスターと戦ってみようか。百聞は一見に如かずっていうしね。どんなもんか体験しておくほうがバルガスにとってもいいでしょ。…それにウズウズしているみたいだしね」
「待ってましたァ!よっしゃ!腕がなるぜ!案内はまかせるぜ!俺もトラップに引っかかって死ぬのはごめんだからな!」
僕がそういうと、バルガスは凶暴な笑みを浮かべながら、ギラリと鈍く光るバトルアックスの柄を握りしめた。
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ところどころに出てくるトラップを回避しつつ、通路を進む。
下層の通路は見通しがよく、通路も曲がり角までが上層・中層部よりも少し長めなので進みやすい。
その分、油断してどんどんと進むとトラップに引っかかってしまうので油断をしてはならない。
モンスターは早めに発見しやすいが、そのせいで気を抜くとトラップに引っかかる、見通しがいいのも善し悪しだ。
曲がり角に来るたびにまずは耳を澄まして周囲の音を聞き、安全そうだと思えば少しだけ顔を出して先を覗く。
面倒な作業ではあるけれど、安全をとるならば絶対に必要な手順だ。
少し前に聞いた話では、音も聞かずに通路を覗き込んだ冒険者がたまたま近くにいたモンスターと鉢合わせてひどい目にあったらしい。
安全を確認した僕はバルガスと一緒に通路を曲がる。
中々モンスターと会えないバルガスは少々不満げだ。
「なぁ、ジャック…。なんかこう…モンスターと全然出会わない気がするんだけどよぉ」
「…そうだね。まぁ、普通ならモンスターと出会わないに越したことはないんだけどね。これだけモンスターが見つからないっての言うのも少し珍しいね。出るなよーって時には出てくるんだけどねぇ」
先ほどから通路を進めど、モンスターに出くわさない。
そのかわりといってはなんではあるけれど、トラップが少し多いような気がする。
そういった区画なのだろうか?
遺跡内には時にこういった風にモンスターよりもトラップの比率が高くなる場所も稀にある。
「お、なんか扉みたいなもんが見えるぞ」
「ん、そうだね。ちょっと入り口を調べてみるから待っててね」
バルガスを後ろに下がらせて部屋の入口らしき扉を調べてみる。
扉にはよく分からない模様が刻まれているけど、古代学の専門家じゃない僕にはそれが何かは分からない。
もしかすると文字かもしれないし、記号なのかもしれない。
遺跡内の扉には稀にこういった模様付きの物があるけど、一貫性はないので何の当てにもならない。
お宝部屋だったり、トラップ部屋だったり、何もなかったり、部屋の中は様々だ。
「よし、何もないみたいだから入ってみようか」
扉を押し開けて中を覗き込むも明かりが少なく薄暗いせいで見通しが悪い。
遺跡に入る際にいつも腰にぶら下げている小型のランタンに魔力を込め、周りを照らす。
部屋の中は多少埃っぽく、締め切られていたためか空気が悪い。
何もないなら早めにこの部屋からでたいなと思いつつ、バルガスと共に部屋の中央辺りにきた時、壁に目立たないように置かれていた燭台に火が灯った。
「マズイ!?バルガス!トラップだ!出るよ!」
反射的に叫び、バルガスに声をかけつつ後ろを見ると、入ってきた扉が閉まるところだった。
部屋の中央からそこまではどうやっても、間に合う距離ではなく、2歩目を踏み出した時には重々しい音と共に扉が閉まりきっていた。
「あー、なんだ?その…ピンチって奴か…?」
「…かな。あとは何がでるかどうかだね。トラップ攻めじゃないことを祈るよ…」
事態をあまりよく分かっていないバルガスの声に気が抜ける。
今から思い直せば、入ったあとも扉の周辺をよく見てみるとか、何か隠されていないかを調べるべきだったと思うけど、後の祭りだ。
「…っとぉ、ジャックの祈りは通じたみたいだな。よく分からんがモンスターみたいだぜ」
「嘘だろ…レッドミノタウロスじゃん…」
部屋の奥の暗がりからズシンズシンと音を響かせながらやってきたのはレッドミノタウロスだった。
早さこそそれほどではないものの、下層随一のパワーとスタミナを誇り、両手で振り下ろされる両刃の斧は堅い遺跡の壁や床にも罅をいれる。
もちろん、生身の人間がうければ体が引きちぎれてしまう。
特徴的なのが肌の色で、よく見られる普通のミノタウロスに比べて全身が赤黒い。
ミノタウロスよりもパワーが高い上に凶暴で執念深く、完全に見失ってからもしばらくの間匂いをたどって追いかけてくる。
幸いなことに、嗅覚自体は犬のように鋭いわけでは無く、しっかりと距離を話せば諦めてしまう。
そのかわり、しばらくの間暴走状態で手が付けられなくなるらしい。
「へぇ…バトルアックス持ちとは気が合うじゃねぇか。ジャック、コイツは俺が貰うぜ!」
「いやいやいや!何言ってんの!?こういうのは協力するのが鉄則だろ!…って勝手に走り始めるなよ!」
気づけばバルガスはレッドミノタウロスに向かって走り始めていて、レッドミノタウロスもバルガスに向かって突撃していた。
「あぁ!クソ!血が沸くぜ!こうだ!こうだよ!こうだよなァッ!こうこなくっちゃつまんねぇよなァッ!!ッシャァ、行くぜこの牛野郎がァ!!」
実に楽しそうな野獣の笑みを浮かべながらバルガスは、レッドミノタウロスにバトルアックスを振り下ろした。
今回と次あたりはサブタイの方向性が変わります。
だいたい察しはつくと思いますが、たぶんそのうちどういうことか分かります。
中二病くさかったりするのはたぶん仕様です