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風出会う

今日も窓辺から差し込む朝日に照らされつつ、アイシャに頬をぐりぐりとされながら身を起こす。

おかみさんが作ってくれた柔らかなパンと、薄味だけど旨みの出ているスープ、湯気を立てる厚めのベーコンは透き通った脂で輝いていてとても美味しく頂くことが出来た。

今日も遺跡へ行くための装備を整え、アイシャへ一言声をかけてから宿屋の外へ出ると、早朝特有の爽やかな風が吹き抜けていく。



早朝の町を歩いていると、とても気分がいい。

建物の屋根にとまった鳥たちがちゅんちゅんと囀り、街の煙突からは白い煙が上がり始め、辺りからは朝食のいい香りがふわりと漂ってくる。

一日の始まりを感じさせるこの時間帯が、僕は一番好きだ。

心が穏やかに落ち着いていくのが手に取るように分かる。



だけど、こんなにも気持ちのいい朝でも争う人たちもいるようで、遺跡のある広場の方から声がきこえてくる。

何があったのだろうと思って、少し歩を早めるとそこには若い男の冒険者3人組と、少し強面の冒険者が言い争っている。



「おう、お前らそりゃ筋が通らんだろうが」


「は?しらねーよ。なんで俺らが平民の子供にぶつかったぐらいで謝らなくちゃいけないんだよ。俺はマルメラ男爵の甥のマルクスだぞ。身分が違うんだよ。貴族が平民にいちいち謝るとかありえねーよ」



どうやら、強面の冒険者に隠れるようにして立っている少女にマルクスがぶつかったらしい。

そこにあの冒険者が現れて謝るように言ったということだろうか。

マルクスはあまり評判が良くないだけに関わろうとする冒険者は少ないから、あの冒険者はこの街に来てから日が浅いのだろう。

朝からめんどうくさいことになっているなぁとは思うけど、このまま通り過ぎるのも気分が悪い。



「貴族様ならなおさら民のこと考えねぇといけねぇだろうが。ましてや、子供にぶつかっておいて謝りもせずに通り過ぎるとはどんな了見だ。それでもお前らは貴族だっていうのか!」


「…貴様ぁ。俺たちを侮辱したな…。言わせておけば一回の冒険者風情が調子に乗りやがって!貴族に建てついたらどうなるか教えてやらぁ!!」



…流石に街中で剣を抜くのは目に余る。

少しめんどうになりそうだけど、間に入るしかない…。



「あー、お二方。落ち着いて落ち着いて。こんな街のど真ん中で剣抜いちゃダメでしょ。刀傷沙汰はお互いによくないよ」


「んだよテメーは!邪魔すんじゃねぇ!こいつは貴族の俺を馬鹿にしたんだぞ!許すなんて俺のプライドが許さねぇ!どけっ!」



完全に頭に血が上っていて聞く耳を持ちそうにない。

あまり気は進まないけど、こっちも名前を出さないとおさまりが付きそうにないようだ。



「僕も君たちと同じ冒険者で、名前は『不死身の』ジャックだ。あまり二つ名を持ち出すのは好きじゃないけど、ここは僕の顔を立てて引いてくれないかな。そっちも貴族である以上、トラブルはまずいでしょ」



『不死身の』の二つ名は、『悪逆皇帝の逆走殺し』を潜り抜けて生きて帰ることができたから冒険者協同組合から送られたものだ。

冒険者は二つ名がつくようになれば、組合からいろいろな特権が与えられるようになるし、それぞれが持つ力の有用性から、下手な貴族から保護されている。

国としても有益な人材をちょっとしたトラブルで失うようなことは避けたいとのことで、二つ名がつく冒険者には貴族からの過度な干渉を認められていない。



「ふん、二つ名持ちか。お前のソレに免じてこの場は引いてやる。一つ忠告しておいてやるが、あまり貴族には喧嘩を売らない方が身のためだ。二つ名があったってお前は所詮冒険者なんだからな」



マルクスはそういうと、行くぞと取り巻きの二人に声をかけ、足音荒くその場を去って行った。

冒険者たちは貴族とのトラブルを避けるために二つ名をつかうこともあるけど、使うようなことにならないように気を付けるのが暗黙の了解だ。

理由は単純で、あまり二つ名を振りかざして下手に貴族を刺激すると、あとに何が起こるかわからないからだ。

過去には二つ名を振りかざして無茶なことをして貴族の手で闇に葬られた者もいるらしく、二つ名を受け取る際には十分に注意するようにと厳命された。

二つ名を使うときは節度を守り、相手の立場を尊重することが何よりも重要とは、冒険者協同組合マドゥロス支部長の言葉である。



「おう、兄ちゃん。助太刀ありがとよ。…俺はああいう筋の通らんことは嫌いでなぁ。それでよくトラブルに巻き込まれちまう。もちろん俺だって、貴族と揉めるのは好きじゃねぇ。だが、考えるよりも先に言葉がでちまってなぁ。兄ちゃんには助けられたよ。お礼と言っちゃぁなんだが、そこらの飯屋で一食奢るぜ」



マルクスと言い合っていた男も、少女の擦りむいたヒザに傷薬を塗り込み、少女が帰っていくのを見届けるとこちらを振り向いて言う。

男の姿は筋骨隆々、ぎっちりと詰まった筋肉が盛り上がっている大男で、背には鈍い光を放つ鋼鉄製のバトルアックスを背負っている。

よくよく見れば、鋼のような肉体のあちこちには大小さまざまな傷が見え隠れし、冒険者としてはかなりの年月を重ねているように見える。

短く刈り上げた燃える様な赤い髪に、堀の深い顔立ち、頬に斜めに走った大きな傷跡が目立つ。



「んー、申し訳ないけど遠慮しておくよ。朝食はさっき食べたばかりだし、このあと遺跡に入るつもりだからお腹がいっぱいの状態にはしたくないんだ」


「そりゃそうだな。腹いっぱいで動けねぇなんて話にもならねぇからな。ただ、一杯ぐらいは付き合ってもらうぜ。助けてもらった礼ぐらいしねぇと収まりが悪くていけねぇや。なに、酒に付き合えってわけじゃねぇし、そんなに時間もとらせねぇよ」



どうも義理堅い人間なのか、結構強引に誘ってくるが悪い人ではないのだろう。

底抜けに明るい笑みを浮かべているし、なによりさっきの人助けをみていれば彼の人柄が如実に分かる。



「あー、それなら一杯だけね」


「よっしゃ!んじゃ、とりあえず目に見えるそこの店でいいか」



そうして、僕は大柄な彼に連れられるようにして近くにあった冒険者御用達の飯所に入って行った。





■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



「俺の名前はバルガス・キャラハン。北のキャラハン男爵の四男の無駄飯ぐらいで、仕事もないから自由な冒険者になった。使う武器はこのバトルアックスだ。一応はこれでも熟練者なんだぜ。二つ名こそないけどな」



片手に持った骨付き肉にがぶりと噛みつく、彼の胸元には金色に輝く六角形が揺れている。

キャラハン男爵と言えば、このダイダロス王国北西部の国境沿いの要塞をまとめ上げている武闘派貴族で、隣国『エルセア帝国』と殴り合いをしている有名人だ。

何が有名なのかと言えば、ダイダロス王国とエルセア帝国は仲が良く、殴り合いをする必要もないのに向こうの同じように喧嘩好きの貴族と嬉々として殴り合いをしているからだ。

王国も帝国も軍事力の強化にそこに新兵を送り込んで徹底的にしごくことも有名な話だ。

そんな武闘派貴族の四男も、同じ血だから平穏に暮らすより刺激的な冒険者になったらしい。



「この街には今日ついたばかりでな。この前までは北のガルア大森林で野獣狩りをしていたが、やっぱり動物相手だと手ごたえがなくてな。それでこの街にきた」



野獣狩りに飽きたから、マドゥロスへときたとバルガスは言うが、そもそもガルア大森林は獣形モンスターの巣窟のはずだ。

それを野獣狩りと言い切ってしまえるあたり、バルガスの実力がよく分かるようだ。



「野獣狩りといっても、ガルア大森林は獣型モンスターの巣窟でしょう。それほど楽なところではないと思うんですけど」


「そう思うだろ?あいつらやっぱ野生の獣から進化しただけに攻撃も同じことばっかりなんだよ。そりゃ奥に入ればとんでもねぇのもいるけど、滅多に会えるもんじゃねぇ。だから、遺跡とかの面白そうなところに入ってみたくなってな。それでこの街にきたってわけだ。ガルアからも近いしな。」



流石にこれから遺跡にもぐるのに酒は飲まないらしく、手に持った果実水のグラスを傾ける。



「面白そうだからって理由でここに来る人ってそう多くないですけどね。ちなみにバルガスさんはどの辺りから始めるつもりなんですか?」


「階層のことか?とりあえずは下層だな。中層に出てくるモンスターの話は聞いたが、雑魚ばかりだな。下層ぐらいがちょうど良さそうだ」


「…バルガスさん、ちょっとお聞きしますけど遺跡系の場所って初めてですよね?」


「おう、そうだ。どんなもんかとわくわくするぜ」



武闘派貴族の血は争えないのか、その言葉にあきれ返る。



「バルガスさん、下層には罠だってたくさんでてきます。いきなり下層なんてとんでもないですよ。遺跡の内部を知らないうちはまずは中層で勝手を知ってからじゃないと危険ですよ」


「む、そうか…。俺は手ごたえのある奴とやれればそれで満足なんだがなぁ。俺はちまちまとした小手先の技術が苦手なんだ。どうしたもんか…」



表情を曇らせたバルガスさんは、あーと呻きながらがりがりと頭を書いている。



「それだったら、僕がまずは案内しましょうか。これでも僕はここで長いですし、下層でも戦えるだけの力はありますよ」


「おっ!そりゃいいねぇ。助かるよ、それじゃぁ、よろしく頼むぜ。ジャックはいつも一人で潜ってんのかい?」



機嫌がよくなったバルガスさんは、カラッとした笑顔になり、果実水のグラスを傾ける。



「だいたい一人ですね。たまに知り合いの人たちと一緒に行くこともありますけど。…僕には目的があってですね、単純に強くなりたいんですよ。だから、実力をつけるために一人で潜ってます。…まぁ、そのせいで何度か死にかけましたがね」


「ワッハッハッハッハ!死にかけたか、そりゃいい。死線をくぐった奴らはどいつもこいつもつえぇからな!強くなりたいなら何度も死にかけた方がいいぜ!」



あのトラップにハマった話も今では笑い話の一つだ。

内容自体はまるで笑えない話だけど、新たな力も得ることが出来たし、珍しい防具も手に入れることができたから結果的に言えばよかったといえる。

もちろん、二度とあんな経験はしたくないと声を大にして言いたいけれど。



「頼もしい奴だな!俺のことは気軽にバルガスって呼んでくれ、今日から頼むぜ!」



どうやら、彼の中ではこれからしばらく俺にお世話になることがけっていしているらしい。


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