シンデレラの日常
AM5:20
「ふぅ…やっと終わった…」
シンデレラはピカピカに磨かれた長い階段を見上げ、汗を拭った。
「思うに、階段掃除で汗をかくっていうのもどうかなぁ…」
いつの間にかやって来ていた、猫のビアンカが同意を示すようにしっぽを振った。
今は、まだ日も昇っておらず、暗い。そんな、まだ朝と言えるか微妙な時刻から何をしているかといえば、屋敷中の掃除だ。今の奥方になってから一家の支出は増える一方で、使用人は一人、また一人と去っていった。
そんな時、上のお姉さまが
「あら、だったらシンデレラにやらせればいいじゃない」
なんてことを言ったものだから、さあ大変。シンデレラはまだ日も昇らない時から、毎日屋敷中を掃除し回らなくてはいけなくなったのだった。
「ちょっと待っててね、ビアンカ。今ご飯をあげるから」
みゃあ~、とビアンカが鳴いた。
AM7:00
ぷぅ~ん、と台所から香ばしい匂いが漂い始めた。
それに伴い、あちこちから、鼠やら小鳥やら鶏やら馬やら犬やら…いや、ここらへんで止めておこう。とにかく、沢山の動物(?)たちがでてきた。ちなみに、シンデレラは全員の顔を覚えているらしい。
「みんな、ご飯だよ」
そう言って、昨日の残りやなんかの入った器を出してきた。
「あら? チッチは?」
いつも一番にやってくる、大食いな鼠が今日にかぎっていないことにシンデレラは気が付いた。
「おかしいなぁ、風邪でも引いたのかしら?」
そんな時、一人(?)だけご飯を食べずにだた突っ立っている鼠がいた。
(なんだか、嫌な気がするんですけど…)
引きつった笑みを鼠に向けながら、シンデレラに問うた。
「ねぇ、ガス、貴方もしかしてチッチがどこにいるか知ってるの?」
ガスはコクリ、と一つ頷くと、走り出した。
疑問が確証に変わったシンデレラは叫びながら、駆けだした。
「今度はどこの鼠取りに引っかかったのよ――――――!!」
結局、今度は東階段の傍で引っかかっていた。
チッチが、罰として朝食抜きになったのは、いうまでもない。
AM9:47
ジリリリンッ
ジリリリンッ
ジリリリンッ
「はいはい、ちょっと待っててよ」
この家の主たちがようやく目覚めたようだ。一斉にベルが鳴りだす。そして、シンデレラにとって一番嫌いな時間だった。
「遅いわよっ!!」
上のお姉さまの寝室に入った途端、罵声を浴びせかけられた。
いつものことなので事務的にシンデレラは謝る。
「すみませんでした」
「はぁ!? 何その挨拶。一体誰に向かって言っていると思っているの!?」
これもまた、いつものこと。
(自分の姉に向かって言っていますけど何か? つーか、それ昨日も同じこと言ってなかったかしら?)
心の中でツッコミながらも、表向きは綺麗にスルーして、彼女の身の回りの世話を手早く終えるとすぐさま隣の部屋に移動。そしてまた、似たようなことが起こる。シンデレラがこれを三部屋分やると、帰り際に
「ちょっと、これ洗濯しといてよっ」
と、二十着くらいいただく。
シンデレラは、ため息を一つ吐き、もう歩きなれた洗濯場までの道を踏み出すのだった。
AM11:30
♪ジングルべ~ルジングルべ~ルすっずがなる~もりっにはやっしに~♪
レッスンルームから、軽やかなピアノの音とともに綺麗な……とは程遠い歌声が流れてくる。どのくらい音痴かというと、十人中九人が耳をふさぐであろうというくらい。これを毎日聞かなくてはならないシンデレラや動物たちは、決まってレッスンルームから一番遠いであろう、西のサロンに集まるのである。本当に、ご苦労なことだ。
「…今日もお姉さま方の歌声は良好なようね」
サロンの掃除をしながら、シンデレラは呟く。小鳥たちが、答えるようにひときわかん高く鳴いた。
「お願いだから、あの声が屋敷から漏れてないことを祈るわ。だって、ねぇ? ちょっと人前を歩けなくなっちゃうし」
動物たち以外誰もいないと安心してか、シンデレラはグサグサとものを言う。
「こんな悪口、本当は言ったらいけないのだけれども。だけど、言いたくなっちゃうのが人の性。まぁ仕方がないものよ。だって、私は人間なのですから」
胸を張ってシンデレラは宣言する。それを聞いていた動物たちが
『いや、違うだろ――――――ッ!! てか、そこ胸を張って言うようなところじゃないだろ―――――ッ!!』
とりあえず、盛大にツッコんだ。
PM3:00
「本日のお菓子は、マンゴープリンです」
そう言って、シンデレラは器を配る。一口食べた奥方の方から、びゅんっとナイフが飛んできた。
(怖っ!! ちょっ、人殺す気!?)
思わず青ざめたが、とっさにターンして避ける。遠くでチッと、舌打ちした音が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
「シンデレラ!! 五度熱いーっ! わたくしは猫舌だと何回言えばわかるんだい! お前の脳みそは空っぽかい!? ええ? 言い訳は聞かないさ!」
(言い訳も何も、まだしゃべってもいないしー)
次々に投げられる食器を避けながら、シンデレラは思わずツッコむ。
奥方は、投げられるものが無くなると、気が済んだのか、二人の娘と買い物へ出かけて行った。
「こんなふうにものを大切にしないから、うちは赤字になるんだ―――――ッ!!」
誰もいないテラスで、シンデレラは一人、目に涙を溜めながら割れた食器の後片付けをしていた。
PM6:14
「シンデレラっ、シンデレラはどこよ!? まったく、シンデレラのくせして何処にいるのよ!?」
下のお姉さまに呼び出されてみれば、案の定、部屋は買ってきた服でいっぱいになっていた。
「これを今から全部着てみるのよっ。シンデレラ、手伝いなさい」
「あぁ… また出費が…」
シンデレラが小さく嘆くと、下のお姉さまは不機嫌そうに眉をしかめた。
「ああ!? 何か言った?」
慌てて首を振る。
「いえ、何も申してはおりません」
下のお姉さまは何度も訝しげにシンデレラを見ていたが、やがて服のことを思い出したのか言った。
「ああそう。なら、これから着るから手伝ってよ!」
さらに、そこへ奥方と上のお姉さまがやってきて…
「違うわ! このショールはこれにあわせるのよ」
「シンデレラ! そこの青い手袋を取ってきな!」
「あたくしの、エメラルドの指輪はどこよ!?」
ああでもない、こうでもない、と着替え続け、シンデレラが解放されたのは、二時間もあとのことだった。ついでに、それらはすべて洗濯しろと言われ、シンデレラは深いため息を吐いたのだった。
PM9:38
「いいこと? シンデレラ、明日の朝までにはドレスにアイロンまでかけておくのよ。 あと、朝はマフィンが食べたいわ!」
指を折りながら、上のお姉さまが言う。
「わかりました」
シンデレラはきわめて神妙な顔をして、受け答える。そうすると、何を安心するのか、早く離してくれる。
「お休みなさい」
パタン、と扉が閉められた。
だが、シンデレラが寝るのはもっと遅く… 屋敷中が眠りについた頃、静かに自室に戻るのだった。