五話―罪の意識
いま見ていたニュースの中で、中国のサファリパークのことが報道されていました。中国では、肉食の動物達に生きた餌を上げることができるらしいです。正確な値段は覚えていませんが、一番高かったもので牛が20000円と少しだったと思います。トラックに積まれた1頭の牛が、観客の乗るバスと、数匹のトラたちの間に落とされました。一瞬、牛は自分の置かれた状況が読み込めず止まってしまいます。そして、次には自分を見つめるいくつかの殺意に気付き、逃げ、捕まり、殺され、食われる。そんな一連の流れを、観客達は笑ってみていました。一番安い600円のニワトリは、生きたままバスに設置された金網に押し付けられ、その向こう側にいるライオンやらトラやらに群がられていました。動物愛護団体が捉えた映像だったそうですが、この5話を書き終えたすぐ後に見て衝撃を受けたため、前書きに書かせて頂きました。長くなってしまってすいません。では、第5話どうぞ。
「倉田遼、なにもしないの?」
二分が立った。遼は黙ったまま、ぼんやりと映像を見つめている。
「こいつは、殺されて当然だ。」
映像は再び居間へと移り、ベッドに腰掛けた武藤がたばこをふかしている。
「だってそうだろ?こいつは人を人として見てないんだから。あの頃からずっとだ。どうせ、今だってあんなことしてんだろ?見た目から想像できる」
「まあな。だが、してることは変わってる。はるか悪いほうにね。暴力団とも繋がってるよ。」
暴力団。それを聞いて遼は、いま武藤が吸っているのは本当にたばこだろうか、という疑問と、さらにもうひとつの疑問が思い浮かんだ。それは疑問でもあり、わずかな希望のかけらでもあった。
「そんなやつを殺して大丈夫なのか?暴力団絡みのやつなんか殺して、お前だってただなんかじゃすまないんじゃないのか」
「おや、他人の心配かな?しかも憎んでいる人間の。僕のことを心配、武藤翔のことを心配。面白いな、倉田遼は。」
あぁ、下らない駆け引きさ。こいつがこんな脅しかどうかもわからないおれの言動に、動揺するわけがない。どうやら、心の奥底にまだ潜んでいるもしかしたらの感情を、完璧に取り除かなくてはならないらしい。
「・・・そうだな。」
ミキは、あれはハッパだ、ともののついでのように言うと、黙った。
そのままの状態でさらに3分が過ぎた。遼は冷や汗を流すわけでもなく、しかし目線だけがテレビから天井へ移っていた。ソファにぐったりと背中を預け、いじめられていた当時の思い出を浮かべては、武藤への憎しみをさらに募らせていた。
「さて、武藤君宅の前に僕が到着したところで、新アイテムの導入を発表します!!」
唐突にハイテンションなミキの声が発せられる。新アイテム、という言葉に反応した遼は、目線を携帯へ移し、背中をソファの背もたれから離して前かがみになる姿勢をとった。
「なに?」
「新アイテムだ、倉田遼。これがあれば、きみはテレビに映る人物と自由に話すことができる。」
ちらっと武藤へ目をやり、再び携帯へ目を戻す。
「なんだ、それは?」
「まぁ、ソファを漁ってみろ」
遼はきょろきょろと両脇に広がるゴミの山を見回し、手当たり次第にそれらをどかし始めた。
「・・・ちゃ・・・ちゃらららったた〜♪携帯電話〜♪」
国民的アニメのおなじみのBGM。歌うタイミングを遼が見つける時に無理矢理合わせたミキは、携帯を見つめる遼に言った。
「1を押して発信ボタン。1以外は押してもまだ意味はないからね」
これといって特徴のない携帯。
「・・・タクちゃんの時はなぜ教えなかった。」
「例題は例題でしかない。このアイテムは不要だ。それともなにか?これがあれば、あの時死ねてたとでも?」
武藤翔の命が、あと3分で終わろうとしている。いや、遼が右足親指の爪をはげなければ、の話だが。
「・・・どうしても掛けなきゃダメなのか?」
「本来は本人の自由なんだけど・・・いいや、今回は掛けろ。」
鼻で深呼吸をした後、遼は1を押してから発信ボタンを押した。
プルルル・・・プルルル・・・
武藤の顔が、床に散らばる衣服の一つに向けられた。ハッパを持ったまま自分のズボンを拾い上げ、ポケットに入っていた携帯を取り出す。女がなにかを武藤に話し掛け、武藤もそれに答える。
"誰から?"
"わかんね。非通知だ。"
遼の携帯を握る手に力がこもる。今更ながら緊張してきた。武藤が電話にでた。
「はい?」
「あっ・・・あの」
「誰だよお前」
最悪のスタート。こう話してみてやっとわかる。おれはこいつの前じゃなに一つ変わってやいないことを。ミキのほうの携帯からクスクスという笑い声が聞こえてくる。
「お、おれだ。倉田だ。」
「はぁ?倉田?知らねぇな。」
「倉田遼だ。覚えてるだろう?中学の時の・・・」
「知らない。覚えてない。なにお前?知的障害者?」
そういって、笑った。忘れられていた。あれだけのことをした人間のことを、こいつは忘れている。
「中学の時、お前がいじめた人間を覚えているか」
「あ?ってかお前誰だよ、マジで。わけわかんねぇこと言いやがってよ。オレが人をいじめたことなんかあるわけないだろ。なぁ、マナミ?」
女はいまいち話がつかめていないようだったが、それでも笑った。
「・・・いじめたことが、ない?」
「あぁ、ない。お前の言う中学のころも、オレはいじめなんかしてないぜ?・・・あ、そういえば、お前!」
やっと遼のことを思い出した武藤。
「あの頃は楽しかったな!倉田!だろ?」
心のそこからそう言っている。遼にはわかる。いじめたことがない、という言葉も、あの頃は楽しかった、という言葉も。遼は呆然と立ち尽くしていた。
「彼には自覚というものがないね。悔しいか、倉田遼。自分にあれほどのことをした人間が、よもやそれをしている自覚すらなかったのだから」
ミキにやどる感情は読み取れない。言葉のなかにあるのは、わずかな哀れみでも、冷酷な喜びでもない。遼はなにも感じ取れなかった。
「おい、倉田!聞いてんのか?ってか、それでなんで今日急に掛けてきたんだよ。きもいぞお前。ってか、本当にお前倉田―――」
「お前は殺される」
プツッ。ツー、ツー。
映像には、怪訝そうに耳から携帯を離した武藤と、電話の相手が誰だったのか気になっている様子の女の姿。
「なぁ、倉田遼。」
一生懸命、なるべく冷静に深呼吸を繰り返す。頭がおかしくなりそうだ。
「君はもう、武藤君が本当に死んでもいいと思っているだろうな。」
自覚。自覚。自覚。
それがない。だから反省のしようもない。オレがこいつに謝られることはない。一生。
「一つ聞きたいことがある。」
罪の意識。世を生きる人間が、持っているようで持ち合わせてはいないもの。人は無意識のうちに罪を犯す。そしてそれに気付かず、自分は正しいことばかりをしている、そう思いながら生きていく。
「君はあれほどに彼を憎み、別に死んでもいい、とあっさり彼が僕に殺される事を望んだ。」
そして、ある日誰かに気付かされる。自分は間違っていた、と。そこで初めて人は成長する。
「そう思った君は果たして正しいのかな」
だが、もしだれも気付かせてくれる人がいなかったらどうすればいいだろう。もし、誰かの気付かせようとする意思が、その人には届かなかったらどうだろう。そんな人間は、どうなってしまうんだろう。
「倉田遼。命は、平等だと思うかい?」
武藤を憎む遼の心にどすりと、その言葉が深く突き刺さった。