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十五話―三回戦終了

「ダメ……だめだ、遼。やめてよ」

 女性シンガーの歌声のなくなった部屋に、愛の悲痛な願いが響く。

 頭が重い。頭蓋骨の内側を伝う痛み。吐き気もある。――遼。

 正直に言えば、恥ずかしかった。自分のなかに芽生えた感情が、事実であること。それを認めるのが、わたしには耐えられなかったのだ。

 彼の強さに気付いていながら、気付かないふりをしていた。だから、学校も毎日でも行きたかったのに、わざと適当にさぼったりして、いつもと変わらない自分を演じていた。


 度を越えたいじめには、被害者の崩壊はつきものだ。被害者はなにかに捕まっていないと、すぐにいじめの闇に引き込まれる。そしてそのなにかは、学校で見つけるのは特に難しい。集団というのは、単純思考の一匹の獣に過ぎない。

 遼は、目の奥にはやつらのぶちまけた闇が広がっているくせに、いつだって学校にはちゃっかり来ている(わたしが学校に来ていた日だけを数えただけなので、他の日は知らない)。

 強いなぁとわたしは思った。でも喋ってみると、普通の気弱な男だった。……それでわたしが落胆したかって?違う違う。

 自分の強さに気付いてないだけだって、そう思ったよ。

 いままで普通だと思ってきたことが、他人から言わせてみるとすごく妙だったってこと、案外あるよね。遼がどこでその強さを手に入れたのかはわからない。もしかしたら、やつらとのかかわりの最中で得たのかもしれない。ひとりぼっちでいるって思っている以上に怖いことなのに、遼はそれを二年以上もやってのけた。わたしは、遼を尊敬する。

「あっはっはっは。君が自殺?無理無理できるわけないじゃ〜ん。過ぎた青春取り戻したついでに大口叩いてなにするつもりだい?」

 いつの間にかのっぺらぼうがしゃがみこんで、ベッドに横たわるわたし(もとい、携帯)を覗き込んでいた。影に染まったマスクが、不気味さを盛り上げている。そういえば遼は、こいつをなんて呼んでいたっけ。一度か二度、名前らしきものを叫んでいたような……。

「自殺じゃない。助けるんだ」

 遼の声が聞こえた。なんだか決意に満ち溢れているが、それはわたしにとっては困ることだ。死なれたりしたら、わたしは罪悪感で体の全機能を維持したまま死ぬようなもの。止めなくてはならない。

「だったらさっさと死ね。くず人間」

 のっぺらぼうが立ち上がって、わたしに刀を振りかざした。動く気力を持てないわたしはそれをもろに受け止め、痛みに感覚を無くした。耳が遠くなり、勝手にまぶたが閉じていく。携帯とベッドのシーツに、血が筆で飛ばしたように点々と付着した。



 ああ、意識が飛ん――




「あらら、気絶しちゃったよ」

 遼は包丁の切っ先を、自分の胸に当てている。ゆっくりと、吟味するように包丁を這わせる。ドクンドクンと耳まで響く心臓の音は果たして、刺してくれと望んでいるのか、刺さないでくれと懇願しているのか。ゲロの上に不器用に腰を据える遼にはわからなかった。

 大谷さんが好き。これだけの感情で動いていることが、遼には信じられなかった。人を守りたいと願うことが、自分をこんなにも強くするなんてありえないと思っていた。

 だけど、いまはそれが出来る。自分の胸にこれを刺せる。

 胸のやや左に寄った部分で包丁の動きを止めた。軽く力を入れると血は出たが、骨が邪魔でほとんど進まなかった。この際に生じる痛みはもはや気にならない。血がゲロのしみたシャツに混じる。

「理屈でいまの君を説明するなら、なんていうつもりだい?」

 しゃがみこんだままのミキが問う。

「今の君を突き動かしているもの。それがなんなのか、ぼくにはわかるが、理解は出来ない。説明してくれよ」

 包丁から目を離し、遼はテレビに映るミキを見つめた。背を向けるミキに、遼は答える。

「理屈じゃない」

 間髪を入れずに、ミキが鼻で笑った。まるでそう来るのを予想してたかのように。遼は包丁のほうに注意を戻した。

 血の跡をつけた胸の辺りに、包丁の焦点が定められる。遼は包丁を持った腕を伸ばした。

「じゃあな、倉田遼。いろいろ、楽しかった」



 

 腕が思い切り引かれると、その手に握られていた包丁が、リラックスに保たれた男の体を容易に通過した。男の息遣いが荒くなり始めるころ、血はシャツの前面を赤色に染めあげた。咳き込む反動で、男の顔が上へ向く。咳の代わりに出てきたものは血だった。男の顔はアゴを中心に赤にまみれた。

 やがて男は、薄れ行く意識、仰向けに倒れる狭間、呟くのだった。


 ……勝った。



 三回戦、終了。





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