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一話―ルール説明

 ガチャ。


 住み始めて半年のマンション。その303号室のドアを開け、男は散らかった部屋へ足を踏み入れる。食事のほとんどがカップ麺の男には不要の台所。アンモニアと害虫の密集する洋式トイレ。一週間に一度使うか使わないかのバスルーム。

 それぞれへ繋がるドアを通り過ぎ、男は最も散らかっている居間へと着いた。

 中央にあるつくえは新聞やらカップ麺の容器やらで埋め尽くされ、つくえのつの字も見えない。そのつくえを挟む形で、右にソファ、左にテレビが向かい合っている。この二つは、男の部屋において使われる回数一,二位を争う。

 そして、前を見れば、洗濯物を干したことのないベランダ。窓は汚い。

 今までコンビニへ、今日発売の週刊誌を立ち読みしにいっていた男は、高校を卒業したばかりだった。高校卒業前に無理を言って住み始めたこのマンション。ここに住み、親の視線から逃げた浪人生の男はなまけていた。勉強もせず、働きもせず、ただ親からの仕送りだけで生活をしていた。

「ちゃんと働かないと仕送りなんてしません!」

 そんなことをいいながら、いまだに仕送りをしてくれている。親とは都合のいいものだ。

 だぼだぼのTシャツにサイズの小さいジーパン。髪はぼさぼさで、目はうつろ。高校時代からは見る影もない。大学に落ちたことで、男は生きる気力を失っていた。特別レベルの高い大学だったわけではない。ただ、受かっていれば、それこそ倉田の人生は順風満帆だったろう。ショックは大きかった。

 ソファに腰掛けて(散らかっているが、なぜか人一人座れるほどのきれいなスペースがある),リモコンを机から発見し、テレビを付ける。今は昼時なのでニュースが流れていた。どこに変えても大して面白い番組はやってなかったので、仕方なくもとのニュース番組に戻した。

 あまりみたことのない女子アナウンサーがニュースを読み上げている。

「……つづいて、**県**市の連続殺人事件のニュースの続報です……」

 **市とは、男の住んでいる〇〇市のすぐ隣にある。最近世間をにぎわせているのがこれだ。なんでも日本刀だかなんだかが凶器で、たった一日で10数人が犠牲になった。ターゲットが全員、互いに知り合いだったことでも、余計にメディアの注目が集まっている。男はこの出来事が身近に起こっていることに恐怖したが、同時に好奇心を掻きたてられもした。

 ニュースに目を戻すと、それらしい専門家が意見を述べていた。

「いえね、こういうのって大体犯人が異常をきたしてるって思いがちでしょうがね、違うんですよ。ターゲットが全員知り合いでしょ?だからね、その近辺の人たちを洗えば……」

 そんなこと、今までの警察の調査で十分にわかっている。専門家の言う犠牲者の"近辺の人たち"を調べた結果、容疑者になり得る人は誰一人としていなかったのだ。

 同じことをベテランの男性アナウンサーが指摘すると、専門家はもごもご言った後、黙った。これはカットすべきところであったと思うが、生放送であるため仕方ない。

 女子アナが「CMの後は……」と言った後、テレビを消した。テレビを見る事以外にやることがないのに、消してしまった。特別な理由があるわけでもない。ふと、外へと目をやる。雲がまばらにあるが、青空が目立つ。小鳥が数羽、ベランダの前を通過した。

 やりがいのない人生。

 自分の置かれている状況を思うと、心から空しくなった。




 プルル……プルル……。




 ポケットにしまったままだった携帯が鳴り出した。取り出して、誰からの着信か見てみる。

 非通知だ。

 不審に思ったが、とりあえずでてみることにした。

「……はい」

「もしもし?きみ、倉田遼君かい?」

「そうですけど」

 そうですけど、と言った後、すぐにまずい気になった。自分の携帯番号を知っている、顔も名前もわからない相手。声からすると若い男のようだが、聞いたこともない声だった。よくわからないが、本名を認めてしまったことで、犯罪かなにかに巻き込まれるのではないかと思ったのだ。

「いや、ちが、違います。あなただれですか?」

 こんな否定の仕方では、むしろ自分が倉田遼であることを強めている。

「はは、別に否定はしなくてもいいんだよ。僕はもうきみが倉田遼だってことはわかってる。今のはカラかっただけさ」

 妙に馴れ馴れしいところが癇に障ったが、それでもまだ不審に思う気持ちのほうが強い。

「あ、それと僕が誰か、ってことね。僕の名前はミキ。よろしく」

 知らない名前。いや、もしかしたら高校、中学、小学のいずれかで出会っていたのかもしれない。遡れば幼稚園だってありえるが、当時の名前で覚えているのが「みなこちゃん」という女の子だけなので、幼稚園の線は薄いだろう。

「……僕の知り合い、ですか?」

「ううん、違う。君とは初対面だ。それはそうと、テレビ付けてくれないかな?」

 幼稚園からの知り合いではなかったらしい。遼は無意識にいわれるがままにしようとした。が、ここで一つの疑問があがる。

「なんでテレビが付いていないことを知ってる?」

 この男に敬語は必要ない。遼は警戒心を渦巻かせた。

「ん、いやぁ、細かいことはまた後で、ってことじゃダメかい?」

「切るぞ」

「ちょっ、まっ……」

 プツッ。どうしようか。警察に連絡。これしかない。




 プルル……プルル……。




 そう思った途端、また電話がかかってきた。やはり非通知だ。

「……はい」

「おい、いきなり切るなよ、倉田遼」

「切るぞ」

「わかった!!わかった!!本題へ行く。今から僕とゲームしないか!」

 電話を耳から離そうとした。しかし、次にミキが言った一言で再び電話を耳に戻す。

「僕がキミの知り合いを殺す。それをきみが助ける。これがルールだ。」

 しばらくの沈黙。少しの迷い。困惑。この男はなにを言っているのだろう。そんな突拍子のない事を言って、誰が信じるというのだろう。

「……信じてないな?」

 見透かしたようにミキがいった。

「わかった。前もそうだったからな。とりあえず証拠を見せよう。テレビを付けてくれ。」

 前もそうだった、という言葉になにかがひっかかるような気がしたが、今度は言われるがままにテレビを付けた。

「ははぁ、驚くぞぉ・・・」

 ミキの言っているのが聞こえた。遼はまた先程のニュースがやっていると思った。しかし、テレビに現れたのは見慣れない女子アナウンサーではなく、部屋だった。天井の一角から、ちょうど全体を見通している。倉田ほどではないものの、部屋は散らかっていた。広さを見るに、そこはマンションなどではなく、一軒家の一室のようだった。散らかった物の中には、ゲーム機や漫画などが目立つ。そして、部屋の中央に陣取り、さっき遼が立ち読みしていた週刊誌を読んでいるのは……。

「タクちゃん」

「タクちゃん。きみはそう呼んでいる。本名は井川卓志だ。知っていることと思うが。キミの一番の親友、だね?」

 ふつふつとした熱い感情が心をよぎる。同時に先程ミキがいった、友達を殺す、という言葉が、この映像を通してより確かなものへと姿を変えていくのがわかった。

「まあ、この映像は生中継だ。彼が今読んでいる雑誌、きみさっき読んでたろう?」

 そうだ。それに、壁にかけてある時計も遼の部屋の時計とぴったりだ。

「……おれのことも、その周りのことも、なんでもわかるのか」

「うん、まぁね。正確には、今回必要なことすべて、だけど。例えば、きみの生まれた病院なんかはしらないよ」

 恐らく、遼の部屋にも井川卓志と同じようにカメラが設置されているのだろう。しかし、天井のどこを見渡してもカメラは見えない。

「ははっ、カメラは見つけられないよ。肉眼じゃ見えない、最新鋭のカメラさ」

「殺すのか」

 カメラを見つけるのをあきらめ、それでも周りを見回しながら聞いた。

「その通り。でも、あくまでもきみ次第だ。彼等が死ぬか生きるかは、すべてきみにゆだねられる。どれだけ自分の身をけずれるか、にね」

「……身を、けずる?」

 ミキは、遼が大人しく話を聞く気になったことで、安堵していたようだった。

「そう。きみには今から、彼等との絆の強さを身をもって示してもらいたい。ぼくの命令を忠実に実行するんだ。僕の命令を一回実行すれば、一人助かる。2回なら、二人だ。何人の犠牲者候補がいるかはまだ秘密だよ。

 あ、あと、きみが逃げるかどうかは自由だからね。勝手にこの電話を切るのも自由だ。逃げた君を僕は殺さないし、電話を切った君も殺さない。ただし、君が逃げたり、次にそっちから電話を切った場合は犠牲者候補全員を殺す。いいね?」

 遼は黙っていた。

「それ以外の自由は皆無だ。この携帯以外の電話に触ることは許さない。僕の許可なくトイレに行くこともタブーだ。その居間から移動するな。わかったら、証拠をみせるから、携帯をスピーカーにしてくれ。耳から離しても、声が聞こえるように。

 ……そうだ。よくできた。それを机に置くんだ。」

 遼は携帯を机に置いた。というより、新聞と広告が重なる上に置いた。携帯からミキの声が聞こえてくる。遼は立っていた。

「……よしよし、では、最初の命令だ。」

 遼はテレビに映る井川を見ていた。ミキという男が井川を殺すというので、やつの命令どおりにしないといけないらしい。が、それでもまだ遼には信じきれていない部分があった。まさか死ぬわけがない、と。下らないテレビの企画かなにかだろう。



「最初の命令だ。倉田遼、自殺してくれ。

 君が自殺すれば、彼、井川卓志は助かる。

 時間は5分。さぁ、楽しいゲームの始まり始まり」





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