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 あの新型を駆るリーダー機のパイロットはヨノイと名乗った。

 結局呼集もかからぬまま日の暮れたその日、イライは夕食の席でヨノイと同席することになった。

 大規模な基地であれば、イライたちパイロットとホガリたち整備員が同じテーブルを囲むこともないだろう。が、イライが住みかとする基地では、階級によって食堂を分離することが無駄なほどに人員が少ない。だから今日も、パイロットと整備員は同じテーブルを囲んだ。

 夕食のトレイには、鶏肉を過程不明に調理したプレートと、山盛りの野菜、焼きしめたパンが並んだ。そしてテーブルには、知らない顔が何人も並んでいた。澄んだ海底のように青く沈んだ夜の風景が窓の外に広がっていた。イライは滑走路をわずかにのぞくことのできる、食堂の端の席に着き、知った顔と知らない顔がくっきりと分かれたテーブルを一度見渡して、腰を下ろした。ハスミの顔が食堂の対角線上に見えたが、彼はチナミとともにもうトレイの半分以上を平らげていた。昼間に漏らした言葉の通り、新型機の印象を聞いているのかもしれない。イライは新型にさしたる興味もなかった。新型とともにやってきたパイロットを除けば。そんな気分でいたとき、空席だった対面に、知らない顔がやってきたのだ。それがヨノイだった。ヨノイは黙ってイライの正面に座り、けれど表情は柔和だった。見たことあるな、イライは思った。キリウやレンダと同じ種類の表情だ。きっとこの男も純粋培養組だ。かけてもいい。……かける? 誰と。

「初めまして」

 ヨノイはイライの目をまっすぐに見て言った。そして名乗った。自分は名乗っておきながら、イライの名を訊ねようとはしなかった。

「ここの食事はうまそうだ。いや、前にいた基地はね、魚はうまかったんだけど、肉がね」

 おしゃべりな男だ。第一印象はそれで決まった。

「あなたは、ずっとここに?」

 ヨノイが訊く。訊かなくてもわかりそうなことだ。

「長そうに見えるかい」

「飛行時間は」

「前は、放浪の旅をしていてね。ギターが下手なんで、パイロットにされた」

 言ってから、つまらない冗談だったとイライは後悔した。自分にはやはり、冗談も本音も似合わない。

「ずっとノスリに?」

 おおかたのパイロットと同じく、ヨノイもまた仕事の話以外はできないのかもしれない。それでもいいと思った。自分も似たようなものだ。イライはよく焼けた鶏の肉をかじる。皮はパリパリだ。予想外にうまかった。

「ここしばらくは、Ⅴ型以外乗ったことはない」

 イライが答えると、返事だというように、ヨノイもまた鶏肉をかじった。そして、本当にうれしそうな顔をした。鶏肉がうまかったのか、イライの返事がうれしかったのか。イライには前者に思えた。

「僕はⅤ型には乗ったことがない。けど、Ⅵ型には四十時間ほど乗ったことがあるよ」

 Ⅵ型か。今日、新型と飛来したノスリのことだろう。

「ターボプロップ?」

 ヨノイはうなずく。

「反応が鈍くてね。その前に乗ったⅣ型の方が僕は好きだった」

「よりどりみどりだな」

「そういう職業なんだ」

「そういう職業にしては、ずいぶん舌が回るんだな」

 挑発的すぎたかもしれない。イライは思ったが、ヨノイは意に介さずといったところだ。すでに一個目の鶏肉を平らげ、二個目に入る前にキャベツを噛み砕いていた。

「プロペラ並みには。ターボジェットほどじゃない」

 冗談のつもりだったのだろうか。イライは可笑しくなった。ヨノイの冗談にではなく、そのぎこちない態度にだ。この男はいくつくらいだろう。イライの半分ということはないだろう。もう少し上……基地でいうなら、半分くらいの場所か。

「あまりフレアを掛けないんだな」

 イライは話題を振ってみた。着陸のときの話をしてみる。

「速度はね、スポイラーで殺した方が飛びやすいんだ。エンジンの反応が鈍い分、変なピッチを取ると、ストールする」

「ストールしたことがあるのか」

「まさか。着陸中だったら、僕は今頃ここにはいない」

「俺はある」

「着陸中に?」

 ヨノイは大きな目をしていた。よく澄んでいた。作り物のようだ。世代が違うのだ。イライは悟る。

「上空で。場所は機密だ」

「敵機は」

「いたら今頃ここにはいない」

「なるほど」

「あんたの飛行機は速いのか」

「速いって、最大速度の話をしているの?」

「別に着陸速度でも、離陸速度でもかまわないが」

「全部、速いね。ノスリとはずいぶん違う。僕が乗ったⅥ型よりもずっと」

「重そうだったな」

 ハスミの感想を、代弁してみた。

「そう……」

 ヨノイはフォークを放るようにプレートに置くと、右手をひらりとトレイの上に舞わせた。

「ロールレートは、ノスリの相手にならないよ。確かに重い」

 そう言って、ヨノイは離陸させた右手を、そっとバンクさせた。左に。まるで今日の再現のように。

「もっとバンクしたらどうなる」

「速度を失う。旋回時ならね。そうだな、空回りするような感じだ。エンジンが」

「よくわからないな」

「格闘戦になったら、Ⅴ型にだったら、簡単に墜とされてしまうよ。作りが違うから」

 左旋回に入ったヨノイの右手は、唐突に失速し、再びフォークを握った。

「機銃は同じか」

「メルクア・ポラリスの二十ミリ。電気式だよ。二重装填の心配がない。……Ⅴ型と同じだね。ベースは同じ。でも、バレルが長いんだ。撃ちやすいよ」

「どれくらい」

「そう……」

 イライが訊くと、ヨノイはエンピツ持ちをしていたフォークを、フォアハンドにした。人差し指を軽く浮かせる。操縦桿のつもりらしい。

「気持ち、ほんの少し遠くても、当たる」

 イライは答えるかわりに、二個目の鶏肉を口に入れた。

「でも、飛行機の速度が違うからね。たいして変わらないよ」

「そんなに違うか」

「違わなければ、新型じゃないでしょ」

「そうだな」

 今日の夕食は、それ単体で見たならば、週に一度あるかないかの上出来だった。料理長の機嫌がよかったのだ。きっと。けれど、堪能できない。目の前の男のせいだ。いや、目の前の男が連れてきたもう一人のパイロットのせいだ。

「たった二機でどうするつもりなんだ」

 訊いてみた。遠回しに、もう一人のパイロットのことを匂わせたつもりだった。

「あまり大きな声では言えないんだけど」

「なんだ」

 ヨノイは軽く身を乗り出し、そしてうれしそうに、散歩前の子犬のような顔をして言った。

「この基地、掩体にはかなり空きがあるでしょ」

「空から見たか」

「ここに来る前に聞かされた」

「ではその通りだ」

「全部とは言わないけれど、ほとんどを埋めるつもりなんだ」

 ヨノイは二個目の鶏肉にかじりついた。

「埋葬するのか。旧型ごと」

 自分には向いていないと思っていながら、イライはまたやってしまった。冗談と本音の半々をこぼしてみた。すると、ヨノイには受けたらしい。一瞬目を丸くした後、けらけらと笑った。子供のようだった。こいつ、いくつなんだ。

「要するに、新型に置き換えるわけだな」

 ヨノイはうなずいた。

「話してもいいことなのか」

 ヨノイはうなずいた。

「俺が敵に通じてたらどうするんだ」

 言うと、ヨノイはグラスからオレンジジュースを一口飲んで、そして笑った。

「もし、あなたが敵に通じてたら。そうだね、僕が明日あなたと一緒に飛んで、帰ってくるのは僕だけさ」

 冗談半分、本音半分。きっとそんなところだろう。イライのグラスにはミルクだった。残りを全部飲み干した。悪い食事ではなかった。同席した人間を除けば。

「じゃあ、明日一緒に飛んでみよう」

 イライはポケットから煙草を取り出した。喫っていいか、とは訊かなかった。

「飛行割りに、俺の名前があった。俺は飛ぶ。あんたは、ヨノイさんか。あんたは飛ばないのか。『旧型』以外の名前はなかったが」

 イライは「旧型」のところに力を込めてみた。

「さっきの話とは別にして、僕はあなたと飛んでみたい」

 煙草に火をつけた。ヨノイは表情を変えなかった。こいつは煙草も喫わないんだろうな。イライは思った。

「一機で飛ぶわけじゃないだろう」

 イライはまた食堂を見渡した。ヨノイのウィングマンの姿は、見えなかった。


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