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流転の戦

流転の戦 校内探査

●日和自宅のマンション


日和、学校帰りのためセーラー服を着ている。時刻は午後七時。季節は六月。辺りは薄暗くなっている。鍵を取り出し、部屋の鍵を開ける。

住んでいるのは二十階建ての高層マンションの十一階の1121号室。 

日和「あれ…」

 鍵が閉まっているため首を傾げる日和。もう一度、鍵を開ける。

日和「この臭い…」

 扉を開けた瞬間、鼻につく酒気に顔を顰める日和。部屋を開けると電気がついていて、玄関にはスニーカーが一足置いてある。

 靴を脱ぎ、あきれ顔でリビングの扉を開ける日和。そこには床にあぐらをかいている久祇がいた。ジーンズにTシャツとういラフな恰好。

 手にはロックグラス。ウィスキーをロックで飲んでいる。足下にロックダニエルの瓶が置いてある。中身は半分ほど。

久祇「おかえり~」

日和「私の部屋は酒屋じゃないんですから。自分の家で飲んでください」

 軽く睨む日和の視線に、久しいはヒラヒラと手を振りながら、

久祇「親父殿が五月蠅いのよ」

日和「二十歳を超えていれば伯父さんも文句言わないですよ」

 久祇は十七才なので、当然法律違反。

久祇「んん。細かい事は気にしない」

日和「こんな馬鹿でかいワインセラーを置くのは全然細かく無いです」

 日和の指さした先に、冷蔵庫の横に百二十本収納可能なワインセラーが置いてある。冷蔵庫より少し大きい。

久祇「ワインは生き物だからね~」

日和「答えになってないです」

 ケセラセラな久祇の様子に、日和はこめかみをヒクつかせながら、

日和「飲むのはいいですが、空き瓶は持って帰って下さいよ」

久祇「中身の無い奴に興味は無いわ」

 赤らんだ顔で、真摯な視線を日和に送る。

日和「キメ顔で言っても駄目です。この間、空き瓶を捨てたとき管理人のおばちゃんにみられて、ものすっごい疑った目で見られたんですから」

久祇「まあ、まあ。いいじゃないの」

日和「誤魔化さないで下さい」

 日和の言葉を聞き流すように、壁に掛かった時計を見る。時刻は午後七時八分。

久祇「もう七時か…遅いな~」

日和「どうしたんですか」

久祇「いやね。此処で待ち合わせしているんだけど。なかなか来ないな~と思って。六時半には来られると言っていたんだけどな」

日和「勝手に人の家を待ち合わせ場所にしないでくださいよ」

久祇「もう。最近小言が多いわよ。そういう所、ミサ姉さんにそっくりね」

 グラスに口をつけた状態、小さい声で文句を言う久祇。

日和「そんな事言ってると、ここで酒盛りしている事を母さんに報告しますよ」

 日和の母が、久祇の歳の離れた姉で、久祇は日和の叔母にあたる。

久祇「ごめんなさい。私が悪かったです。許してください」

 一瞬の変わり身で、額を床に擦りつける最低頭の土下座をする。日和は呆れた顔で、

日和「…言ってみただけですよ」

久祇「それ洒落にならないから。心臓に悪いから…」

 胸を押さえながら、荒げた息を整える久祇。

日和「でっ、待ち人の方はいいんですか?」

久祇「そうは言っても来ない事にはね…」

日和「ちゃんと部屋の番号を教えましたか」

久祇「あっ…そっか。部屋番教えてないや」

 いけねっ、と頭を掻く久祇。

日和「…連絡してみたらどうですか?」

久祇「そうだね…あれ、電池切れだ。充電器ある」

 自分のバックを漁り、中から携帯を取り出す。五年ほど前の古い携帯。開くと電源電池切れ。

日和「携帯持つ意味無いじゃないですか、とういか、いつの機種ですかそれ」

久祇「えっと…五年前かな」

 日和は自分の充電中の携帯からケーブルを抜き、久祇に渡す。

日和「そういう所、相変わらず無頓着ですね」

 久祇は自分の携帯にケーブルを繋ぎ、その状態で電源を入れる。

久祇「こんなの電話出来ればいいのよ」

日和「出来て無いじゃないですか」

 ため息を吐く日和。久祇が電源を入れると一件のメールが受信される。

久祇「おっ、メールが来てる」

佐奈のメール『教えてもらったマンションの前まで来ました。部屋の番号が分からないので連絡を下さい』


●日和のマンションの外


 正面玄関の前でウロウロする佐奈。服装はスカートのレディーススーツ。

佐奈「うう~。此処だよね…何でヒサちゃん携帯の電源入れてないんだよぅ」

 半泣き状態の佐奈。

警官「すいません貴方、ちょっといいですか?」

 後ろから声をかけられ振り向くと男の制服警官が立っていた。

佐奈「へ?」

警官「近所の住人から通報がありましてね。マンションの前を徘徊している不審な女性がいると。ここで何をしていたんですか」

佐奈「あっ、えっと、その…ここに入りたくて…その…あの…えっと」

警官「入りたいって、勝手に入ったら駄目だろう」

佐奈「いえ、そうじゃ無くてえっと…」

警官「…とりあえず交番に来て。そこで話を聞こう」

 警官が佐奈の手を掴んだ所で、久祇の間の抜けた声が響く

久祇「佐っ奈ぁさ~ん」

佐奈「ヒサちゃん!」

久祇「何しているんですか」

佐奈「それは…」

 佐奈は警官の方を横目で見る。

警官「なんだね君は…酒を飲んでいるのか。君、未成年じゃないにか?君もちょっと来なさい」

久祇「なによ。親父殿みたいに堅い事言わないでよ」

 ケラケラ笑いながら、警官の背中をパンパンと叩く。久祇は軽く叩いたつもりだが、酔っているせいで力加減ができていなく、警官はその場に膝を付き悶絶する。

久祇「あっ、ゴメン。ちょっと強かったかな。ハハハッ」

警官「とっ…とにかく君たち、交番まで来なさい。話はそ…こで」

 突然警官がうつら、うつらと船を漕ぎだし、力が抜けたように腰を落とし眠る。

日和「何をやっているんです。貴方たちは…」

 あきれ顔でため息を吐く日和がそこに立っていた。日和が能力を使い、警官を眠らせた。


●日和自宅マンション


久祇「あははははっ!」

 バンバンと床を叩き、爆笑する久祇。片手にはグラス。その正面に佐奈が座っている。同じく手にウィスキーをストレートで飲んでいる。

佐奈「酷いよヒサちゃん。元はと言えばヒサちゃんのせいじゃない」

 もう酒が回っているのか、赤らんだ目には涙が滲んでいる。

久祇「ごめんって言ってるじゃないですか」

 そこに、皿に切り分けたチェダーチーズを持ってきた日和がやってきた。

日和「全く、あのまま私が来なかったらどうするつもりだったんですか」

久祇「ゴメンゴメン。まさか職質受けていると思わなかったから。警官が職質受けるって笑えないよね~」

 思いっきり爆笑しておきながらわざとらしく言う久祇。

日和「このお姉さん警官なんですか?」

久祇「そう言えば、紹介がまだだったわね。この人は私の従姉で柊佐奈さん。特務課の刑事よ」

 久祇がてで示し、紹介する。肝心の本人はチーズを囓りながら涙目のまま。

日和「特務課って結構エリートじゃないですか」

 特務課というのは異能を持った能力者を専門に取りしまる部門。危険が伴う事も多いため、待遇もいい。

久祇「佐奈さんって昔から座学だけはすこぶる優秀だったのよね」

日和「…納得です」

佐奈「酷いよ二人とも…私だって頑張ってるんだからね…なのに課長ったら…港さんは意地悪だし…それに…」

久祇「あーいじめすぎたかな」

 しまったという表情をする久祇。


 五分後。


 久祇がなんとか佐奈をなだめ、ようやく話が始まる。

久祇「この子は私の姪っ子の日和。私の一番弟子よ」

日和「初めまして。相馬日和です。久祇さんは一応私の師匠です」

久祇「一応は余計よ」

佐奈「ミサお姉ちゃんの娘さんだね。うん。目元がよく似てる」

日和「二人とも、やたらと母さんの話をしますね」

佐奈「昔、お世話になったから…」

久祇「そうね…」

 二人の顔から血の気が引く。

日和「大体分かりました。でっ、家を居酒屋にしている理由はなんなんですか?」

久祇「資料持って来ていますよね。この子に見せてあげてください」

佐奈「えっ、でも…」

 一応、職務上の秘匿書類なのだろう、口籠もる佐奈。

久祇「今回はこの子に手伝わせますから」

佐奈「えっ、この子に!」

久祇「舐めないほうがいいわよ。この子は十三才にして相馬の筆頭候補なんだから」

佐奈「それなら問題無いね」

 職業モラルの欠片もない佐奈に、軽い軽蔑を覚えつつ書類を受け取る。

日和「違法薬物摘発ですか…高ノ塚宮学園への潜入調査。中学生に手伝わせる案件じゃないでしょう」

久祇「そうですよね。いい大人がする事じゃないです」

佐奈「あ~、酷いよヒサちゃん。私ヒサちゃんに頼んだのに」

久祇「あのね…私もまだ十七歳です」

佐奈「またまた~だって私、久ちゃんが制服着てるとこ見た事無いよ」

 冗談はよしてよ。という佐奈の態度に久祇はムッとした表情をする。

久祇「どういう意味ですか?私はサボってるだけですよ」

日和「胸張って言う事じゃないでしょう」

 日和の言葉を久祇は聞かない振り。

日和「ですけど、高校に潜入するならそれこそ久祇さんのほうがいいんじゃないですか」

 日和は別段子供っぽいわけでは無い。落ち着いた態度から歳より上に見られることもしばしば。しかし、まだ十三才なので身体的特徴で無理なのではないかと言った。

久祇「それは駄目。だってその高校、昔私が通ってた所だから」

日和「へっ、初耳ですよ」

 久祇は小さい頃から一緒に居る機会が多かったが、そんな話は聞いた事が無かった。

久祇「いや~派手に喧嘩してね。相手を半殺しにして病院送りにしちゃったのよ」

日和「なにやってんですか」

久祇「宗華みたいに、護天人の家柄で雁字搦め…みたいなとこには行きたく無かったのよ。それで高ノ塚宮に進学したんだけど、逆にあそこ護天人に対する反骨心とおうか、敵愾心の固まりなのよね」

 宗華高校というのは、異能者を育成する学校の最高峰である。その実態は家柄などを重視した排他的な場所である。

日和「なんでそんな所に進学したんですか?」

久祇「私、趣味で限定解除のフルコンやってるでしょ。それで、中学の時、全国でベスト十六になったのよ。その実績を買われて推薦してくれるっていうから行ったのよ」

 能力を使った格闘技。斬撃などの直接的な殺傷力は禁止という以外、結構何でもありとう競技。だが、あまりスーポーツ然としていたため、久祇は飽きてしまいもう止めてしまった。

日和「喧嘩の原因は?」

久祇「鼻につく男がいてね。そいつが稽古をつけてやってるんだってさ。だから私も教えてくれって言ったの。そしたらてんで大したこと無いでやんの。まあそれで私も腹に据えかねてたから少しやり過ぎたのよ」

日和「らしいですね」

佐奈「何、そんな漫画チックバイオレンス高校なの?」

久祇「ああ、だから偽名を使った方がいいですよ。流石に私と同じ姓は不味いですよ」

佐奈「今更言われても遅いよ。もう書類提出しちゃったもん」

 半泣きの佐奈。

久祇「まあ、大丈夫ですよ」

佐奈「何を根拠に!」

久祇「ああ、補足しときますと、私がボコったのはそこの学校の理事の息子ですから」

佐奈「そう言う事はもっと早く教えてよ~」

マンションに悲痛な声がこだまする。


●翌日 高ノ塚宮学園 正門前。


佐奈「見た目は…普通だよね」

 正門前で、おっかなビックリしている佐奈。

日和「なにやってるんです?」

 そこに、後ろから現れた日和が佐奈に声をかける。

佐奈「…もしかして日和ちゃん?」

 日和の姿に驚く佐奈。日和は能力で外見を三歳ほど成長させている。

日和「それ以外の誰に見えるんです?」

佐奈「でも、昨日と雰囲気が…身長だって高くなったような」

日和「三歳ぐらい、外見年齢を弄ったんですよ。中学生が高校生の中に入ると流石に浮くでしょう」

佐奈「そうでも無いと思うけどな~」

 逆に垢抜けすぎて、目立ってしまう。


●同 一年B組 教室


日和「初めまして。楠日和です。よろしくお願いします」

とても人当たりのいい、笑顔で自己紹介をする日和。

雪子「よろしく楠さん」

 自分の席に腰掛けた時、隣の席の女生徒に話しかけられる。

日和「貴方は?」

雪子「佐倉雪子。お隣さんとしてよろしくね」

日和「よろしく」


●同 廊下


日和「案外普通だな…」

 休み時間、廊下を歩いている日和。        

日和「校内リーグ戦ランキング?」

 掲示板に張り出された、順位表。

日和「変な所…」

 ボソリと感想も漏らす日和。


●同 三年A組 教室


佐奈「以上です。今日はここまでにましょう。分からない所があれば遠慮なく聞いてください」

 頭はいいのでそつなく臨時教師の役をこなす佐奈。

陸貴「先生」

佐奈「えっと君は…」

陸貴「嵯峨陸貴です」

佐奈(嵯峨…たしか理事長の名前も嵯峨だったよね…)

 久祇の話を思い出し、冷や汗をかく佐奈。しかし平静を装う。

佐奈「どうしたの嵯峨君。何か分からない所でもありました」

陸貴「先生の名字柊っ言うんだろ?」

佐奈「…そうですけど」

佐奈やっぱり…これって…

陸貴「柊久祇っていう女、アンタの親戚か」

 そう言い、値踏みするような目で佐奈を見る、陸貴。

佐奈(初っぱなからキター!)

佐奈「えっと久祇…知らないわね」

陸貴「そうですか」

佐奈「そうそう、ヒサちゃんの事なんて知らないわ」

陸貴「ヒサちゃん?」

佐奈「あっ、いえ、何でも無いよ。先生は用事があるからこれで」

 口を滑らせてしまった事を、不味いと思いつつ、その場を去ろうとする佐奈。

陸貴「先生よ。この傷…彼奴につけられた傷でさ。柊って名前を聞くたびに疼くんだよ」

 佐奈の様子を確かめるように、落ち着いた口調で喋る陸貴。

佐奈「それは大変だね」

 そう言って、その場を去りながら、心の中では、

佐奈(ヒサちゃんの馬鹿ー!)


●夕方 日和のマンション


久祇「どうだった~」

 変わらず、酒を飲んでいる久祇が暢気な声で聞く。

日和「変な所だった」

佐奈「怖い所だった」

 学校のままの二人が同時に喋る。

日和「なんです、校内リーグランキングって」

 あきれ顔の日和。

佐奈「そういやそんなのもあったね。たしか、あのランキングって直接的に成績に関係していたのよね」

日和「あんなのがあるから、薬物に頼る不届き者が出るんじゃないのかな」

久祇「まあ、その通りだろうね」

日和「まずは一位から当たってみますよ」

佐奈「佐奈さんはどうでした?」

 気の小さな佐奈はびびった様子で。

佐奈「嵯峨って子にヒサちゃんの知り合いか聞かれた」

久祇「あっ、やっぱいました。でも、彼奴はたいしたこと無いんで気にしなくていいですよ」

佐奈「それはヒサちゃんの基準でしょう?」

 打ち捨てられた子犬のような瞳で久祇に縋る佐奈。

久祇「まあ、何かあったら日和を頼ればいいと思うわ」

佐奈「あっ、そっか」

日和「普通逆でしょう」

久祇「多分、今回の件、『総意の慟哭』が一枚噛んでる」

日和「それって、能力者の犯罪結社ですよね」

久祇「そう。そして彼らの行動理念は護天人への報復」

日和「…面倒ですね」

久祇「まあ、アンタなら大丈夫でしょうけど油断はしないで。割と手段を選ばない奴らだから」

日和「人に押しつけておいて、今更ですね」

 苦笑する日和。

久祇「日和だからよ。アンタだから任せたの。私の顔は奴らに割れているからね」

日和「分かりました。任してください」

久祇「流石私の一番弟子」


●翌日 学校 一年B組 教室


日和「この学校って、変なランキングがあるんだね」

雪子「ああ、あれね。昔からの慣習みたいだよ」

日和「雪子さんも参加しているの」

雪子「生徒全員参加だからね。まあ、私なんかリーグ戦まえの選考の予選で負けちゃったけどね」

日和「へぇ、それじゃあ一位の玖木湊さんてもの凄く強いって事?」

雪子「玖木さんは別格だね。あの人が負けた所、見た事ないもの。二位以下は常に順位が変わってるけど、玖木さんは不動だね」


●武道館 総合武闘の時間


日和「ふぅん。確かに強いなあの人。力の流れに淀みが無い…」

 離れた場所からランキング一位の女生徒玖木湊の組み手を見る日和。


●武道館 通路


湊「ちょっと待ちなさい」

 通路を歩いている所を呼び止められる日和。

湊「アンタ、ただ者じゃないね」

日和「何です藪から棒に」

湊「ちょっと、闘ろうか」

日和「たしか私闘は校則に抵触するはずですが?」

湊「関係無いよ。私は強い奴と戦うためだけに此処にいるんだ。それ以外は些末な事だね」

日和(勘弁してよね…目立ちたく無いってのに。此処は適当に負けて…)

 嘆息する日和。その時、湊の攻撃があまりにも鋭かったため、思わず避けてしまう。

湊「よく避けた!」

 うれしそうに、興奮した様子で指の関節を鳴らす湊。

日和(反射的に避けちった。とはいえ、あんなの真面に受けたら顔面が陥没しちゃう)

日和「あの、止めませんか。私こういうの苦手なんです」

佐奈「そこの二人、何をしているの?」

佐奈「ッチ、邪魔が入ったか」

タイミングよく現れた佐奈。湊は舌打ちをして、その場を去る。

日和「…助かりました。このまま佐奈さんが来なければ、一線交える事になっていたと思います」

佐奈「…の割には余裕だね。ひょっとして残念だった?」

日和「何言ってるんです。そんな訳ないでしょう」

 しかし、その表情は薄く笑っている。

佐奈「矢っ張り、ヒサちゃんの弟子だな」


●翌日  武道館 演舞場


 日和の組み手の番になる。日和は大柄な男子生徒と向き合う。

日和(問題は…どれ位薬が蔓延しているかよね)

 俯いて考え込む日和。

審判「はじめ!」

 開始そうそう、男子生徒の攻撃を躱す日和。

日和(なにこの人。流動がまるでなっちゃない。まだ始まったばかりなのに息も荒い)

 顔を上げ、目の前の生徒を観察する。そして、イノシシのような猛烈なチャージをする相手。

日和「なっ」

日和(速い…力も)

 驚くものの、難なく躱す日和。

日和「アンバランスね…」

 猛烈な追撃。防戦一方の日和。

相手の男子生徒「ははっ、どうした!避けているだけじゃぁ勝てないぞ」

日和「分かったわよ」

 攻撃を避け、開いた腹に強烈なボディーブロウをお見舞いする。

日和「動きが直線的すぎるのよ」

 倒れる対戦者。日和はすまし顔で殴った手をプラプラさせて、

審判「勝者、楠」,

雪子「すごい、すごい。日和ちゃんって凄く強いんだね」

 演舞場の下で見ていた雪子が、興奮した様子で日和に詰め寄る。

日和「そうでも無いよ」

雪子「謙遜しないで、今の人十三位だよ」

日和「十三位?今のが?」

 驚いた表情の日和。

日和(他も見て回るか…)

 雪子と一緒に、他の対戦相手を見て回る日和。

雪子「あっちが、六位と七位だよ」

 六位と七位もアンバランスな動き。

日和(もしかして…上位陣は全部…)

 顎に手を当て、考えながら歩く日和。

日和「あの人集りは?」

雪子「玖木さんだよ」

 そこで、雪子の闘う様子を見る。

日和「あの人、本当に強いね」

 他の人間とは違う、流れるようななめらかな動きで、対戦相手を圧倒する玖木。


●武道館 通路


昨日と同じように、通路で日和を待っていた玖木と鉢合わせ、

湊「貴方…結果は」

 胸の前で腕を組み、通路の壁に背を預けている玖木。

日和「一応勝ちましたけど」

湊「十三位の叉木だったわね。まあ、確かにあれじゃあアンタの相手にならないでしょう」

 日和は玖木の目を見ながら、試すような口調で、

日和「力の流れが妙な人が多いんですね」

湊「へぇ、一目で分かるか」

 感心する玖木。

日和「瞭然じゃあないですか」

湊「薬やってるって話だよ」

日和「薬?」

 日和は初めて知ったかのような、驚いた表情を作る。

日和(いきなり確信が来たわね)

 内心で呟きながら、

日和「どんな薬なんですか?」

湊「体内の魔力循環を無理矢理早めて内圧を上げて、威力を上げる薬みたい」

 さも又聞きしたかのような玖木の口調。

日和「そんなの、力に振り回されるだけじゃないですか」

湊「その通り、でもそれを分かる奴は少なくてね」

日和「誰がそんな事をしているんですか」

湊「聞いた話だと嵯峨が主犯みたいね。彼奴自身も薬を使っているわ」

日和「いつからこんな状況なんです?」

湊「…なんか、取り調べみたいね」

日和(ちょっと、調子に乗りすぎたか)

 日和は内心反省しつつ。 

日和「いえ、そんな。ただの興味本位です」

湊「ホントに?」

日和「ええ」

湊「なら、貴方が色々知りたがっているって嵯峨に言っても問題無いのね」

 片目を瞑り、悪戯っぽく言う玖木。

日和「それは…困ります」

湊「貴方、何者なの」

 真剣な表情で日和を見据える玖木。日和はため息を吐き、観念したように、

日和「私の本名は相馬日和といいます」

湊「相馬って…護天人の…」

日和「ええ」

湊「ふふっ、いいわね」

 ニィと笑みを浮かべる玖木。

日和「出来れば秘密にしていただけると有り難いのですが」

湊「まぁ、妥当ね。私は突発型の一代目だから護天人に蟠りも無いけど、この学校には外れ人の家系の人間が数多くいる。嵯峨家もそうだしね」

日和「答えは?」

 日和は真剣な顔で玖木を見据え、試すような意図を含める。

湊「一つ、条件を飲んでくれるならやぶさかでは無いわ」

日和「言ってください」

湊「私と手合わせをして、ガチでね」

日和「いいですよ。調査が終わって、人の目が無い所でならですけど」

湊「OK。契約成立ね」

 笑みを浮かべる玖木と握手する日和。日和も戦いは嫌いでは無いため、自然と顔がほころんでいる。


●嵯峨達の溜まり場に向かう途中。


佐奈「いや~流石日和ちゃんだね。犯人とおぼしき生徒たちのたまり場を突き止めるなんて」

 上機嫌の佐奈。

日和「佐奈さん、居る意味無くないですか?」

 半ば呆れた表情で佐奈を見る日和。

佐奈「うっ」

日和「あら、雪子さん」

 そんな二人の前から、雪子が歩いてくる。

佐奈「知り合い」

日和「同じクラスの子です」

佐奈「ん?あら、あなた。顔に何か付いているわよ」

 佐奈はハンカチを取り出し、その汚れを拭き取る。

佐奈「何これ…まるで」

 ハンカチについた赤黒いシミに、顔を顰める佐奈。

日和「佐奈さん!」

 いきなり手刀で佐奈ののど元を狙った雪子。日和は間に入りそれを受け止める。

佐奈「ひっ…日和ちゃん」

日和「くっ!」


●嵯峨達の溜まり場の前


約束の場所に到着する湊。

湊「あの子まだ来ていないのね…あら」

 溜まり場の扉が開いていることに気付く。湊は仲をのぞき込む。

湊「なんの…冗談なのこれ」

部屋の中には斬殺された十数人の生徒が横たわっている。


●日和達の場面に戻る。


雪子「さすがですね。相馬日和さん」

 今までの、愛らしい表情のまま淡々と話す雪子。

日和「貴方が…黒幕ってわけね。ついでに私の正体もとっくにバレていたわけね」

 日和もそれに合わせるようにおどけた様子で、

雪子「何を言っているんです。そこまで必死に隠す気も無かったでしょう」

日和「と言うより、いきなり頼まれたんで偽装工作する暇が無かっただけです」

佐奈「何?どういうこと?」

 自体が理解できす、きょろきょろと視線動かす佐奈。

日和「簡単な話ですよ。全ての元凶はこの子だって事です」

佐奈「はへ?」

日和「正確には『総意の慟哭』だっけかな」

雪子「知りすぎると寿命を縮めるよ」

 今まで見せた事ない凄惨な笑みを浮かべる。

日和「怖いですね」

 言葉とは裏腹に、微かに微笑む日和。一歩踏み出そうとする日和を制する

湊「あれ、アンタがやったの」

 走ってきたため、息を切らしている湊が登場。

日和「湊さん」

雪子「あれとは?」

湊「しらばっくれてんじゃ無いわよ。嵯峨達を皆殺しにしたのはアンタなんでしょう」

雪子「ええ。そうです」


●雪子 回想


日和に負けた生徒「嵯峨、最近、薬の純度が落ちているんじゃないのか?」

陸貴「薬のせいにするなよテメェが弱いだけだろうが」

陸貴「ったく、ノーマルな奴に負けやがって。薬の効果が疑われちまうだろう。いいか、お前等、こいつを使うからには絶対に負けるんじゃねーぞ」

違う生徒「何だお前。かってに入ってくるんじゃねーよ」

 そこに入ってきた、レインコートを着た雪子の正面の絵。

陸貴「アンタは…」

雪子「どうです?調子は…」

陸貴「別に問題はねーよ。あんたこそ、その恰好はなんだ?」

 むくれた様子の陸貴。

雪子「知らないんですか?今日は雨が降るんですよ」

陸貴「雨?こんな天気のいい日にか?」

 訝しむ陸貴。その刹那、雪子は背中から抜きはなった仕込み刀で、横に立っていた生徒の一人を切り捨てる。

 鮮血が飛び、雪子のレインコートを汚す。

逃げまどう生徒達「なっ…」「うわぁぁっ!」

雪子「…血の雨がね」

 場違いな笑みを浮かべる雪子。

陸貴「何なんだよ…一体」

 恐怖に顔を引きつらせる陸貴。

雪子「そろそろ引き時だったんだよね。特務課の捜査が嗅ぎ回っているしね」

陸貴「だからってなんで…」

雪子「野暮な事を聞かないでよ。証拠隠滅に決まっているでしょう。貴方には別に対したこと教えてないけど念のためにね」

陸貴「巫山戯るな!」

 自棄になり、近くにあったパイプ椅子をつかみ、雪子に殴りかかる陸貴。雪子はパイプ椅子ごと陸貴を切り捨てる。

雪子「愚図ね…全く」

 この時に、佐奈に拭って貰った血が顔につく。


●回想終わり 日和達の場面に戻る


佐奈「それじゃあこれって…」

 手に持つハンカチに付いた赤黒いシミを見て、震える佐奈。

雪子「返り血を浴びてもいいようにレインコートを着たんだけど、些か詰めが甘かったね」湊「腐ってるわね…あんた」

 惨劇の現場を目撃したため憤っている湊。湊は進み出る。

日和「やめて下さい。これは遊びじゃないんですよ」

湊「言うわね。私だって分かってる。でもね…そうしようもない位、腹の据えかねているのよ」

 拳の胸の前で激しくぶつけ合い、雪子を睨み付ける湊。

雪子「怖いですね。玖木さん」

 予告無く、湊が攻撃を仕掛ける。目に止まらぬ超速移動。正面から殴りつける。

 それを片手で難なく受け止める雪子。

湊「なっ!」

 自分の渾身の一撃をいとも容易く受けとれられた事に驚愕の表情を浮かべる湊。

 間髪入れず、開いている右拳が湊の腹に突き刺さる。

雪子「軽い。意気込んでそれですか」

 そのまま、悶絶し、その場に蹲る湊。

雪子「そのまま死んでください」

 うずまる湊の首もと目がけ、手刀が飛ぶ。

日和「だから言ったのよ」

 間一髪の所で間に入る日和。雪子の攻撃を受け止めつつ、湊を踵で佐奈の方へ蹴飛ばす

日和「その人を連れて離れていてください」

佐奈「うん。分かった」

 佐奈は湊の手を肩にかけその場から離れる

 互いに涼しい顔のまま顔をつきあわせる。二人。

日和「案外と優しいんですね。二人を見逃してくれるなんて」

雪子「よく言うわ。そんな隙を見せない癖に」

日和「ところで、貴方の目的は?」

 世間話をするような軽さで聞く日和。

雪子「薬の臨床実験よ。被検体の数を確保できてなおかつ経過も観察できる」

日和「しかも使用した者も、後ろめたさからまあ、秘密にしようとするわね。よく考えているわね。関心するわ」

雪子「皮肉?ホント…あんたら護天人はいつも…いつも」

 苦虫をかみ殺すような表情で、背中からゆっくりと仕込み刀を抜く雪子。

日和「仕込み刀…古風ね」

雪子「私たちは、あんた達の実験台にされてきた」

日和「だからって、関係ない人間を実験台にしていいわけないでしょう」

 日和は呆れた顔で、

雪子「こうでもしなければ貴方たちに勝てないでしょう」」

日和「勝ってどうするの」

雪子「それだけよ。私の望みは」

 その言葉を合図に躍り出る雪子。日和は隠し持っていた短刀を取り出し、その斬撃を受け止める。が、一メートル程、踏ん張った状態で押される。

日和「まさか薬を…」

 つばぜり合い、仕切り直しで、距離を取る二人。舌打ちする日和。

雪子「当たり前でしょう。これは元々自分達で使うために開発されたものなのだから」

薄くねちっこい笑みを浮かべる雪子。体の回りを力の奔流が駆けめぐる。

日和「…強いわね。薬を使用した状態でも完全に力を制御している」

 今度は日和から仕掛ける。しかし、躱され後ろに回り込まれる。

雪子「遅いわ」

 体を捻りなんとか斬撃を受け止める日和。しかし、そのまま、吹き飛ばされ、地面を転がる。その時、日和の外見を変えていた術が解ける。

雪子「ふぅん。十三才にしてわ大人っぽいと思っていたけど、その姿が本来の姿ってわけ」日和「分かった…貴方を殺すつもりで行くわ」

 口の中を切り、口から漏れた血を拭う日和。

雪子「さっきとは別人ね」

 本気を出す。日和。先ほどとは比べものにならない威圧感を放つ。

日和「外見の底上げに結構力を取られていたからね」

雪子「いいわ。そうでなくっちゃね。殺し合いましょう」

 目を見開き、笑う雪子。

日和「いえ、もう終わりです」

 指を打ち鳴らす日和。その瞬間、空間の三方から突如出現した光の鎖が雪子を雁字搦めにする。

雪子「なっ。ぐっ…外れない」

 はずそうとする雪子。しかしビクともしない。

日和「螺旋壁。離解の型」

 日和が雪子に向かい手をかざす。瞬間鎖は見えない渦となり、雪子を取り囲む

雪子「がっ…力が無理矢理…」

 螺旋壁に力を奪われ、膝をつく雪子。

日和「その障壁は力を絡め取る」

雪子「力を消せば…」

日和「あんな加速剤を打っておいて、そんな真似が出来るわけないでしょう。見当違いなのよ。単純に力を強化した位で私に勝てるなんて」

 冷徹に言ってのける日和。

雪子「クソッ、クソッ、クソッ…こんな…こんなぁー!」

 膝をついたまま、見えない障壁を叩く雪子。その手からは血が飛び散る。そして、そのまま気絶する。


● 数時間後の校内。


救急車やパトカーでごった返す校庭。

 その端に、沈んだ顔の日和がいた。

日和「総意の慟哭の母体が何か知っていますか?」

 佐奈に質問をする日和。

佐奈「…外れ人…って言っちゃいけないんだろうけど」

 重々しく口を開く佐奈。

 二百年前、護天人の始祖である相馬家。

 能力を持つ武家の者を選別し十二家に「護天人」の称号を与えられた。同胞である能力者の管理統制を行うために。

 そして、称号を得られなかった者達は「外れ人」と呼ばれ、社会的に強い差別待遇を強いられる結果となった。

 その後、情勢が変わり、法政上は身分を解放されたが、彼らに対する偏見は現在もなお根絶やしにされていない。

何も変わらないのに不遇の扱いを受けていた「外れ人」

 彼らの恨み、辛み。それは鬱屈したものがあり、特に「護天人」に対するものは相当なもんがある。

日和「全く…なんでこんな力があるんでしょうね」

 自分の右手の掌を見ながら、呟く日和。

久祇「何を黄昏れているの?」

 そこに現れる久祇。

日和「久祇さん」

久祇「思ったより大事になったみたいね」

日和「…なんで力が欲しいなんて思うんですかね…」

 落ち込んでいる日和。それを見て仕方ないなという表情で日和の頭を小突く久祇。

日和「いて」

久祇「無い物ねだりだよ。それは」

日和「分かってますよ。分かってますよ」

 空を見上げる日和。そんな日和を後ろから抱きしめる久祇。

久祇「ばか。その年で背負いすぎなのよ。アンタは」



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