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決闘の申し込み

 私を庇うように立つその背から、恐る恐る視線を上げる。


 まず目に入ったのは、光を受けて柔らかく艶めく黒い髪だった。


 続いて視界に飛び込んでくるのは、白地の礼装軍服。肩章には金のボタンが並び、襟と袖には深い緑のラインが走っている。


 肩からかけられた同色のサッシュと、金の飾緒が揺れた。黒のロングブーツまで、どこからどう見ても式典用の完璧な装いだ。


 そして視線が腰元の剣帯に触れた瞬間、息を呑む。

 レナード帝国皇族の紋章が、柄に刻まれている。


(ーー暗い髪色に、この紋章。まさか……)


 学園で数度、言葉を交わした相手の姿が脳裏に浮かぶ。

 


 もし。

 本当に彼だとしたら、今の状況は最悪以外の何ものでもない。


(不味い……)


「私は、大丈夫ですから…」


 そう言って止めようとした私の言葉を、彼は遮って振り返った。


「どう見ても、大丈夫な顔してないだろ」


 猫目気味の大きな黄金色の瞳が、真っ直ぐ私を射抜く。その眉が、不快げに寄せられていた。


「……っ」


 否定できなかった。

 頭では止めるべきだと理解しているのに、彼を制することこそ間違いのように思えた。   



「フォルゲン皇太子殿下。


彼女の名誉を傷つけた非を、決闘の場にて正していただきます。


俺が勝った暁にはーー彼女に謝罪してください」



 アレクは投げられた手袋を拾う。


「確か彼は…レナード帝国のーー」


 小さく呟くと、アレクは従者へ目配せをした。従者は名簿をめくり、あるページで手を止めた。


「あのお方は、ラルフ・レナード。レナード帝国の第一皇子です。


殿下の婚約式以降は特に交流はありません。


学園での成績・剣術含め全てにおいて平均的でありーーアレク殿下の敵ではないかと」



 周囲に聞こえない声で側近が耳打ちすると、アレクは短く息を吐き、視線をラルフへ戻した。



「レナード皇子。貴殿の勇気を尊重し、その申し出を受けよう。


それでーー貴殿が負けたその時は如何にする?」


「その時はフォルゲン帝国の武勇がレナード帝国より勝ることを認め、跪きその栄誉を讃えましょう」




♢♢♢




 あの後、皇帝陛下の声が響き、卒業式は強引に幕を下ろした。

 人々のざわめきが遠くの波音みたいに耳に残る。

 侍女が必死に私の腕を支えてくれているのに、足元がふわふわとしてうまく踏み出せない。  

 

 侍女の声も、廊下を行き交う人々のざわめきも、まるで水の底で聞いているようだった。



 友人たちの視線が一瞬だけ触れて、すぐに逸れた。

 助けたいと思ってくれてはいたのだろう。


 でも——彼女たちの立場を思えば、近寄れないのも当然だ。


 今の私に安易に寄り添うと、彼女たちの大切な家族にも影響があるかもしれないのだから。


 分かっているのに、胸の奥がじんと痛んだ。



 そして、レナード皇子と、フォルゲン皇太子の決闘が明日、行われる。これも陛下が卒業式を終わらせる際に決定したことだ。


 現実味が薄く、頭の中だけが静かに遅れていくような感覚がした。まるで自分の体が、自分のものではないみたいに。


 その宣言を聞いた瞬間、レナード皇子への申し訳なさで、喉がつまった。

 あの時、彼が私の前に立った背中の温度だけが、やけに鮮明に思い出される。


 彼は、私を哀れに思い、助け舟を出したに過ぎない。

 おそらく正義感が人一倍強いのだろう。


 だからこそ、心苦しい。


 彼と私は数度だけ会話したことがある。


 互いに悪印象を持っていないのはわかっていたけれどーーあの場で、私の味方をすることに、彼のメリットはなくデメリットが大きい。


 レナード帝国の事情は詳しく知らない。


 それでも、次期皇帝はまだ正式には決まっていないものの、皇后の子である第二皇子が有力だと周囲に認識されていることくらいは知っている。


 そんな中で、フォルゲン帝国の次期皇帝である皇太子に決闘で傷でもつけようものならーー彼の母国での立場的に、プラスに働かないのは確かだ。


(今頃…冷静になって後悔しているわよね…)

 そう思いつつ、胸の奥がちくりと痛む自分が嫌になる。



 私のために彼が負うかもしれない不利益を思うと、胸の奥がひどくざらついた。



 冷静になれば、彼は明日の試合で皇太子に負けることを選ぶかもしれない。


 とはいえ、元より皇太子であるアレクの剣術は学年一位だ。負けたところで、恥でもなんでもない。

 だけど、私を庇ったせいで、大衆の前で負け試合をさせてしまうなんてーー心苦しい以外の言葉が見つからない。



 様々なことを考えながら、馬車に乗り込むべく段に足をかけた。


 そのとき、風のざわめきが私の髪を揺らした。


 なんとなく、学園をふりかえるとーーふと、いつも学園で気にかけていた花壇を最後に見たくなった。


 今頃、皆は卒業パーティー会場へ向かっているだろうが、あの流れで私が参加するのは相応しくない。


 かと言って、三年間過ごしてきた学園生活の思い出を、あの断罪劇でしめくくるには、心苦しく思えたからだ。


 卒業式で皆パーティー会場に行っているから誰かが来る心配もない。


 人気も少ない場所だから、誰にも知られず静かに、私の学園生活の最後を彩る景色を目に焼き付けよう。



 そう考えて、花壇に備え付けられた椅子に座り、彩り豊かな花を見やる。


 右手には、誰かが摘んだ後であろう、ここへくる道すがら拾ったアイリスの花を握りしめていた。


 そのまま、私はアイリスをそっと膝の上に置き、ゆっくりと深呼吸をする。

風が花弁を揺らし、淡い香りがふわりと広がった。


 花が好きな私のために、アレクが整備してくれた場所だ。


 アレクとの美しい思い出が沢山つまる場所…誰かが、この場所を維持してくれることを願った。


 そして同時に——彼が、レナード皇子が、あの場で見せた横顔が、頭から離れなかった。

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