宝石戦士
冬の童話祭のためのやつ
……童話?
「こい、こい!」
明かりは付いているのに、どこか薄暗い部屋の中。
スマホの画面が虹色に光り出した。
「うおおおおおおお!」
演出が終わり、ガチャの結果が明らかになる。
狙っていた最強の武器、デッドギガソードだ。
「オッシャアアアアアアアア」
ここ一週間、寝る間も惜しんでゲームに打ち込んだ成果が、ようやく実ったのだ。
感動のあまり、涙を流して万歳をしようとした、瞬間。
パリン!
窓が割れ――衝撃。
俺は、嫌な予感を感じつつも、閉じていた目をそっと開いた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアァ!」
窓から飛来したナニカによって、俺のスマホは鉄屑にされていた。
♢
状況を整理しよう。
俺の名前は石崎優斗。
色々あって高校を不登校になり、現在は半ば引きこもりと化していること以外は、健全な十七歳の少年だ。
さっきまで、自分の将来を代償に得た時間で、スマホのゲームを攻略していたのだが――。
「どうしてこうなった……」
画面に大きなヒビが入ったスマホは、電源をいれようとしても、うんともすんとも言わない。
完全に壊れてしまっている。
「データ復元――あのゲーム、対応してくれないって聞いたことあるんだよなぁ」
まだ現実感がないので、ダメージはそれほどでもないが、後々泣き叫ぶことになると思う。
グッタリとした虚無感に襲われ、ようやく、スマホを壊した元凶に思考がいった。
「窓から何かが突っ込んできたんだよな……」
近所の悪ガキが石でも投げ込んだのか。
絶対に弁償させてやると意気込み、ひとまず、突っ込んできたナニカを探す。
それは、スマホに弾かれ、部屋の隅に落ちていた。
キラキラと光を反射するクリスタルの輪。
水晶のような、綺麗なダイヤモンド。
丁度腕に嵌めるくらいのサイズだろうか。
「……本物か?」
ハンカチ越し持ってみると、ズッシリとした重量を感じる。
少なくとも、オモチャの感触ではない。
「こんなもの人の家に投げ込むヤツなんていないよな……まさか、隕石とか?」
隕石ならば、所有権は落下地点の土地を所有しているウチの物になるはず。
そういったものと全く縁が無いのでわからないが、売れば百万は下らないのではなかろうか。
「……とりあえず親に相談だな」
現実感が無いことの連続に、一旦思考を投げ出した。
価値が下がらないよう、そっと置こうとした、その時。
「……」
ダイヤのリングと、目が合ったような気がした。
目などついていないが、そう表現するのが正しいと思った。
宝石の魔力。
そのキラキラした輝きに、魅入られる。
気がつくと――俺はそのリングを、腕に嵌めていた。
「おぁ」
思わず、感嘆の声が漏れた。
不思議な感覚。圧倒的な存在感。
俺なんかに装着されても、その輝きには一切の翳りもない。
似合っているとは口が裂けても言えないが、なんだか自分が立派な人間になったように思える。
(ブランド品を買い漁る人って、こんな気持ちなのかな)
などと場違いなことを考え――ボンヤリとして、その変化に気づけなかった。
「アレ……なんか、小さくなってね?」
さっきまでは手をパーにした時の大きさだったのに、いつのまにか手首を通るかも怪しいサイズになっている。
慌てて外そうとするが、時すでに遅し。
リングは、俺の手首にピッタリ。
まるで体の一部かのようなフィット感で、縮小を止めた。
「……どうしよ」
かなり力を込めて引っ張ってみたが、全く取れる気配がない。
『もしや、一生このままなのでは?』
最悪の未来が頭をよぎった、その時。
「ああ!」
後ろから声がして、振り返ると、割れた窓から、赤髪の少女――愛奈が、部屋を覗き込んでいた。
宝木愛奈。
近所に住んでいる、昔からの友達。いわゆる幼馴染というやつだ。
小中と同じ学校で、高校で進路が分かれて以来、あまり交流はなかったが、色白の肌と、パッチリとした目の可愛らしさは相変わらずだった。
「って、勝手に人の部屋覗くなよ」
俺はジト目で抗議をしたが、愛奈は意に介さず、割れた窓から足を踏み入れ――ダイヤのリングを嵌めた右腕を掴み上げた。
「あーあ、完全に取り憑いてるわ」
「……コレについて、何か知ってるのか?」
「ん」
愛奈は、右腕を突き出し――その手首には、俺と同じようなリングが付いていた。
大きく違うのは、その色だろう。
俺のリングが無色のダイヤモンド製なのに対して、愛奈のリングは血のように真っ赤なルビー製だった。
「これが何か、知ってるのか!?」
「……説明するより、見せたほうがが早わね」
そう呟くと、部屋の中央に移動し――変なポーズを取った。
足を肩幅に開き、リングを天に掲げ、左手をぐるりと回して、宣言する。
『変身!』
「おお!」
直後、愛奈の体が真紅の光で包まれた。
光は全身を包み込むほど巨大なルビーを幻視させ、愛奈はシルエットのみの存在となる。
数秒後、全身をルビーの鎧で覆い、紅の剣を手にした愛奈が、姿を現した。
『参上、愛と情熱の戦士、ルビーハート!』
「おぉ〜」
凄いマジックを見たような感覚で、愛奈に拍手を送り、彼女は自慢げに胸を張った。
「本当は見せちゃダメなんだから、誰にもバラさないでよ?」
「……コレって、マジのやつ?」
「大マジよ。手を出して」
愛奈が手を差し出してきたので、それを握ってみる。
「よっ」
「イタタタタタタ!」
手がグキっと嫌な音を出し、慌てて手を引き抜いた。
帰ってきた俺の手は、ルビーと同じくらい赤くなっている。
「何すんだ!」
「ごめん、ちょっと力を入れすぎた。こんな感じで身体能力が上がるから、それで怪人と戦うの」
あまり悪びれない愛奈を睨みながら、手に氷をあて、痛みを和らげる。
少し前から、SNSで怪物を見た、という投稿があった。
CGか何かだと思っていたが、あれが実在し、それを倒していたのが愛奈だった、ってところか。
まだ手品かドッキリの線を疑う自分もいるが、手の痛みがそれを否定する。
「仮面◎イダー……いや、どちらかというと戦隊モノか?」
「そうね。私の他にも三人いるし」
「で、五人目が俺と」
改めて、右腕にハマったダイヤのリングを観察する。
すると……頭に情報が流れ込んできた。
「……俺も変身できるような気がしてきた」
「……そ。やってみたら?」
頭に浮かんだポーズになるよう、体を動かす。
足を肩幅より少し大きく、右腕を前に突き出し、左手で頭上に縁を描き――
「変身!」
体が光に包まれ――まず最初に、右手がダイヤで包まれた。
次に、胸部。そこから全身に広がるように、キラキラの鎧が装着されていく。
数秒後、高揚感に包まれたまま、名乗りをあげた。
『勇気と純潔の戦士、ダイヤモンドクリスタル!』
バッチリポーズまで決めて、変身が完了した。
感覚としては、ひたすら変。
目の前の愛奈のように、頭までダイヤに包まれていると思うのだが、視界は明瞭だ。
鎧の重さは感じず、体の底からパワーが湧き上がってくるのを感じる。
「もう一回握手しようぜ」
「いいよ」
今度は俺から手を差し出し、愛奈が掴んだ。
ガッ
力を入れたのは、二人同時。手を握った瞬間。
人外のパワーがぶつかり合い、間に謎の熱が生まれる。
勝利したのは……愛奈だった。
「……どうよ」
「ガッチリ握られて力が入らん……」
痛みはないが、体勢を崩されて、パワーがでない。
まあ、怪人と戦ってきたようなヤツに、初めての変身で勝てるわけないか。
徐々に高揚感がおさまり、冷静になってきた。
「もういい、離してくれ」
「えー」
潔く降参したのに、愛奈はより強く手を握った。
若干痛くなってきたので、慌てて話を逸らす方にシフトする。
「俺って、戦隊の一員になれるの?」
「多分無理ね。宝石武器を作れてないもの」
「宝石武器?」
首を傾げて疑問を露わにすると、愛奈は腰にさしていた真紅の剣を手に取った。
「こういうヤツのこと。私は剣だけど、銃とか斧とかの形もあるの。けど――」
愛奈は手を握ったまま俺の全身を見渡し、
「アンタそれっぽいの持ってないじゃない」
「……」
確かに、武器らしいものは一つも持っていなかった。
さっきの感じから、特別力が強いとかでもなさそうだし、このままじゃ戦えないか。
「な、慣れたらでるかもしれないし……」
「聞いたことないけどね。最初から宝石武器を持てる人に任せた方がいいよ」
……何も反論できない。
まあ、冷静に考えると、適正も無いのに、無理して命を張って戦わなくていいか。
愛奈の口調からして、外す手段はありそうだし。
面白い体験ができただけでよしとしておこう。
ピリリリリ!
その時、愛奈の腰のベルトについている、トランシーバーのような物が鳴った。
すぐに手に取り、応答する。
「はい、こちらルビーハート」
『近くに怪人が出た。座標を送る、対処してくれ』
「了解」
通信を切り、愛奈は立ち上がった。
「じゃ、そういうことだから。すぐ片付けてくるから、ちょっと待ってて」
来た時と同じく、割れた窓から外に飛び出し、街中を駆けて行く。
スーパーカーを想起させる、凄まじい速度。
しかし、今の俺ならなんとかついていける気がする。
少し迷ったが……俺も、行くことにした。
窓から飛び出して、赤色のシルエットを追う。
愛奈はすぐに追跡に気づいたのか、スピードを落として並走する。
「なんでついてきているの!?」
「……戦ってるとこ、見てみたくて」
「引きこもってたんじゃないの!?」
『――ありがとう、優斗』
懐かしい声。
今は来ないでくれと、頭を抑える。
「……学校に行けないだけで、外には出れる。それで、ついていってもいいのか?」
「――いいよ、ついて来れたらね」
加速。
俺を振り落とすため、さらにスピードを上げた。
それについて行くため、慣れない体に四苦八苦しながら、無理やり足を動かす。
というか、今愛奈を見失うと帰れなくなるので、死ぬ気でついて行くしかなかった。
「よく付いてこれたね」
「ま、まあな。それで、アレが――」
「そう、怪人」
目の前にいるのは、ブヨブヨとした、カエルの怪人だった。
怪人と言っても、人の要素は二本の足で立っていることと、マントのような物を羽織っていることくらいで、ほぼカエルである。
「ワシはカエル星人、人間をカエルに変えちゃうぞー」
「……思ったよりシュールなんだけど」
「油断しないで。遠くで見てなさい」
「いでよ、我が眷属」
カエル星人が杖を地面に突いたかと思うと、地面がゴボゴボと音を鳴らし――車くらいの大きさのカエルが二匹、姿を現した。
「「ゲロゲロ」」
「三対一だけど、いけるのか?」
「黙って見てなさい」
愛奈は剣を構え、その名を呼ぶ。
「燃え上がれ、宝剣レクスロード・B!」
ルビーの剣が燃え上がり、威圧感が増した。
先ほどまでは余裕がある雰囲気だったカエルたちだが、輝く剣を前に、空気が引き締まる。
「「ゲロロ!」」
最初にうごいたのは、眷属の巨大カエルたち。
口を開き、太い舌を愛菜に向かって伸ばした。
「ハッ!」
愛菜が気合を入れたかと思うと、自在に動いた宝石の剣が二本の舌を切り刻む。
長さに限度が無いのか、舌は切られたそばから愛菜に襲い掛かるが、その全てを切り落とし、カエル星人に接近する。
あと一歩で間合いに入るというところで、剣を振り上げた。
「紅蓮撃!」
「クッ!」
ガン!
強烈な振り下ろしが、カエル星人を襲う。
なんとか杖を使って防いでいるが、とても苦しそうに見えた。
「眷属よ!」
「ゲロ!」
愛菜の背後から、巨大カエルが襲い掛かるも、後ろに目でもついているかのように、ひらりと回避し、カエル星人に攻撃を続ける。
言いつけ通り、俺はそれを遠くから見守っていた。
「これなら、大丈夫そうか」
戦隊が、死人が出そうなくらい苛酷だったら、無理やりにでも入隊して、愛奈と共に戦うつもりだったけれど、その必要はなさそうだ。
「あいつ、昔から要領よかったし、上手く――」
「何コレ!? 映画の撮影!?」
振り向くと、写真を撮ろうとスマホを構える女子高生がいた。
多分、止めておいた方がいいだろうと、足を踏み出そうとした、瞬間。
カン!
カエル星人が杖をつく音がし――三匹目の、巨大カエルが現れた。
「ゲロ!」
新たに加わった巨大カエルが、カメラを向ける女子高生に向かって、舌を伸ばした。
愛奈はその他の相手をしている。今動けるのは――俺しかいない。
「ッ!」
踏み出そうとした足が、動かなかった。
敵が妨害しているのではない。
俺の、覚悟と勇気が足りなかった。
俺は、あの時から――この一歩が、踏み出せなくなった。
「クソ、なんでこう、大事な時に!」
動け動け動け!
必死に念じながら足を叩いたが、それが前に動くことは無かった。
そうこうしているうちに、舌の先端が女子高生に迫る。
「させない!」
あと少しという所で、愛奈が舌を切り落とし、難を逃れた。
しかし、その代償はあまりにも大きい。
「よそ見はいけませんね」
一般人を助けるために背を向けた愛奈に、カエル星人の杖が叩き込まれた。
防御姿勢を取れず、まともに食らった愛奈が、ふっとばされた先にあったのは――カエルの、口。
「マズッ!」
すぐに脱出しようとしたが、カエル星人に阻まれる。
先ほどの攻撃で剣を落としていた愛奈は、抵抗できず――カエルの口が、閉じる。
「優斗!」
飲み込まれる直前に、愛奈は俺に何かを投げた。
キャッチしたそれは、先ほど愛奈が使っていた通信機だった。
「クソ、こんなんでどうすれば」
『落ち着いて下さい』
ヤケクソでカエル星人と対峙しそうになった時、通信機から声が聞こえてきた。
『事情は把握しています、今は一旦撤退しましょう』
「撤退って、愛奈が――」
『ルビーの赤には生命力という意味もあります。あの人なら、カエルの胃の中でも数分は生きていられるでしょう。だから、一度落ち着いて』
「……」
無機質な通信機の声を聞いて、少し冷静になってきた。
確かに、今俺一人で戦っても勝ち目はない。
幸い、カエル星人は愛奈との戦いで足を傷つけているみたいなので、逃げようと思えば逃げられるだろう。
「後で絶対助けに来るからな!」
それだけ言い残して、こうなった原因である女子高生を抱えて、俺は一度敵に背を向けた。
「今あったことは、全部忘れろ。いいな」
「は、はい」
口止めをして、女子高生を離した。
彼女は少し申し訳なさそうに、この場を去っていった。
「さて、早く戻らねえと」
『待ってください。あなた一人では勝てないことに変わりありません。せめて宝石武器がないと――』
「無いもんは仕方ないだろ。というか、応援は来ないのか?」
『他の人たちは別件にでているしているので、応援は――』
「なら、俺がやるしかないだろ」
……強気なことを口にしてはいるが、いざ奴らを前にした時、今度は足が動くのか。
いや、動くかじゃない、動かすんだ。
最悪、足が動かなくても、上半身だけでぶちのめしてやる。
そんな意気込みをして、ダイヤの硬質な足音を鳴らしながら来た道を戻り始めた。
『……どうして、宝石武器は君に応えないんだ』
「資格が無いからだろ。あそこで踏み出せない人間だから」
愛菜は敵に隙を晒してでも、知らない人を助けた。
あんなこと、俺には到底できない。
「や――アレがなければ、できたかもな」
『……君のことを、聞かせてくれないか?』
「どうして?」
『これから戦場に向かう戦士のことを、知っておきたい』
「……接敵するまでな」
誰かに話して、心を整理すれば、少しは症状がよくなるかもしれない。
そんなことを考えながら、あの事件のことを話し始めた。
♢
あの日、スマホを忘れて、もうほとんど人が残っていない学校の教室に戻った。
時間からして、誰もいないと思っていたが、一人だけ残っていた。
……ベランダの柵の上に。
「……何してんの」
「飛び降り」
金城陽花里。
いつも教室の端で本を読んでいる、物静かな少女。
それが今、校舎の四階から飛び降りようとしている。
「ちょっと待とう、うん。とりあえず死ぬのはやめよう」
「いや、もう限界。飛ぶ」
彼女が重心を外側に倒した瞬間、俺は足を踏み出して、駆けだした。
落下する前に手首を掴み、全力で中に引っ張る。
火事場の馬鹿力が出たのか、どうにか落ちる前に引き戻すことができた。
「っ、あっぶね!」
「離して」
金城は、暴れて飛び降りようとする。
コイツを、一発で黙らせるには――
「そういう訳にいくか。あのー、アレだ。通ってる学校から自殺者がでるとか、嫌だから」
「……ハァ」
言い返す言葉が無かったのか、一旦飛び降りるのは諦めてくれたようだ。
金城は、憂鬱そうに自分の席に座り、机にうつ伏せになった。
気まずい空気の中、このまま帰る訳にもいかないので、とりあえず彼女の前の席に座る。
「何があったか、話す気あるか?」
「……親が嫌い。毎日毎日勉強勉強。テストの結果が気に入らなかったら殴って来るし、酷い時は拷問まがいの事までする」
「児童相談所は?」
「アイツ、外面だけはいいから、言いくるめられた。あざとかは作らないように殴るしね」
金城は自分の体を見下ろして、自嘲気味に笑った。
「それで、私が死んだら大ごとになるかなって」
「……無理だと思うぞ。児相の時と同じく、煙に撒かれるだけだ」
「やっぱり、そう思う?」
自分でも、内心は自殺でも解決できないと思っていたらしい。
机に突っ伏したまま、深くため息をついた。
とりあえず、すぐ死ぬのは諦めてくれたようだった。
しかし、これからどうするか。
事情を聞いてしまった以上、無視はできない。
考えを巡らせながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「つまり、虐待の証拠を抑えればいいんだな?」
「そうだけど――そんな簡単に行くなら苦労してないよ。一応スマホは持ってるけど、中身は全部見られてるし」
金城は、自分のスマホを机の上に乱雑に放り投げた。
「じゃあ、協力者がいたら?」
俺は、それに重ねるよう、丁寧にスマホを置いた。
「掴んだ証拠は俺が預かる。そうすればほぼ気付かれないだろ」
「……どうして、手伝ってくれるの? 体目当て?」
金城は自分の体を守るように腕を組んだ。
正直、明確に手伝う理由は持っていない。
そうしたいと思うからやっているだけだ。
しかし、正直にそう言っても金城は納得しないだろう。
だから、俺は嘘をつく。
「好き、だから」
「は?」
「好きだから。アイラブユーってヤツだよ」
「さっきまでほぼ接点が無かったのに?」
「身投げする時の、儚げな感じに一目惚れした。そんなお前が困っているのに、放って置けない」
金城はジッと俺を見つめる。
俺は胡散臭い笑顔を顔に貼り付けておいた。
時計の音だけが響く教室。
重苦しい沈黙の中、金城は何かに納得したように頷き、机に肘をついた。
「……いいよ。そういう事なら、協力させてあげる」
「なんて言い草だ」
「よろしくね、えっと――」
「石崎だ。クラスメイトだろ?」
「下の名前は?」
「優斗だけど」
「よろしくね、優斗」
コイツ、距離の詰め方バグってるだろ。
一瞬怯んだものの、すぐによろしくと返して、立ち上がった。
「よし、じゃあさっそく必要な物を買いに行くぞ。時間あるか?」
「まだ大丈夫。塾に行ってる設定だから」
「それは大丈夫なのか……?」
色々と言いたいことはあるものの、それを飲み込んで、俺たちは学校を出た。
テクテクと後ろを歩く金城を連れて、向かった先は、電気屋だった。
「ここで何を買うの?」
「盗聴器」
足音が聞こえなくなったので、振り返ると、金城は体を守るように腕を組み、少し距離を開けて俺に懐疑的な目を向けていた。
「いや、俺が使うんじゃないから。お前に持たせるから」
「ふぅん」
普通の電気屋に売ってるか不安だったけれど、少数ながらしっかりと売られていた。
その中から、なるべく金城が持っていてもおかしくないものを選ぶ。
「まあ、これか」
俺は、ボールペン型の盗聴器を一つ、手に取った。
あまりバッテリーは大きくないが、登録した端末に電波で音を送れて、カメラ機能もある高性能品。
これなら、虐待の証拠を逃さず取ってくれるだろう。
「待って、そんなの払えない」
「俺が払うよ」
値段は、高性能だけあって高く、三万と少しだ。
調べた感じ、これでも安い方らしい。
財布を取り出しながら、適当に言い訳を並べる。
「好きな子にプレゼントってことで」
「盗聴器がプレゼントって――それでいいの?」
「どうしても納得いかないなら、親から解放された後に返してくれたらいいよ」
何を言っても俺は止まらないと分かったのか、それ以上は何も言わなかった。
ささっと会計を終わらせて、店を出る。
公園のベンチで、初期設定と軽い動作確認を二人でしてから、金城に盗聴器を持たせた。
「じゃあ、早速今日から、チャンスがあったら録音してくれ」
「分かった」
「……無理はしなくていいからな」
「分かってる」
公園の時計を見て、金城はもう帰らないと、と呟いて立ち上がった。
「優斗」
「ん?」
「ありがとう」
彼女は、キラキラとした笑顔で、笑った。
次の日の昼休み。
早速録音できたという金城に、俺たちは空き教室に集まった。
「じゃあ、再生するぞ」
「うん」
『ただいま』
『遅かったじゃない。何してたの?』
『先生に質問してて』
『高校程度の範囲で、分からないことがあったの!?』
「いっ!?」
急に大音量が教室に響き、慌てて音を小さくした。
『……ごめんなさい』
『今日は夕飯抜きね』
『はい……』
階段を上がっているのか。
少し足音がした後に、録音は終了した。
「なんか――思ったより酷かった」
「これくらいなら、週一くらいであるよ」
声が、震えている。
……少し、金城に椅子を寄せてから、話を続けた。
「母親の声しか聞こえなかったけど、父親は?」
「とっくの昔に逝った」
「それで、母親が暴走してるって感じか」
無事に暴言の録音はできたが、これだけでは足りないだろう。
「あと、二、三回分は欲しいな」
「いいえ、ここまで来たら確実にやる」
盗聴器であるボールペンを握りしめながら、金城は決意を口にした。
「三日後からテストがある。そこで手を抜いて、敢えて爆発させる」
「わざわざ虎の尾を踏まなくても――」
「虎児を得るためには、虎に挑まなきゃいけない時があるの」
震えつつも、強い意志が見える声に、俺が言うことは無かった。
「食べたいものとかあるか? 昨日の夜は何も食べてないみたいだし、何か腹に入れておいたほうがいいぞ」
「ありがとう。じゃあ、メロンパンを買ってきて」
「あいよ」
数日後、金城が持ってきたテストには、しっかり40と書かれていた。
「じゃあ、行って来る」
「……ボールペンを通して、俺も聞いておくから。本当にヤバくなったら呼べよ」
「……分かった。最後に、背中を押してくれる?」
「金城――」
「陽花里って呼んで」
「……行ってこい、陽花里!」
「ありがとう」
覚悟を決めて、陽花里は見えている戦火に突っ込んだ。
『ただいま』
スマホから、か細い声が流れてきた。
俺は、陽花里の家の近くの公園で祈るように天を仰ぎ、無事を願う。
『テスト、返って来たよ』
『見せなさい……は? 何この点数』
最初は、意外に静かな怒りから始まった。
『真面目にやったの?』
『今回、ちょっと体調が悪くて』
『関係ないでしょ、そんなの!』
鼓膜が破れるかと思うほど、大きな声。
音量を下げたくなるが、彼女はきっとこれ以上の音量で聞いていると思い、音量調節のボタンから指を外した。
『こんな点を取る子に、生きてる価値が、あると思う!?』
『う、あ』
『ねえ、聞いてるの!? 効いてるなら返事しなさい!』
音だけで判断しかねるが、おそらく、首を絞められている。
「頑張れ、陽花里――これさえ耐えれば――」
『人が話してるのに、何ポケットに手をいれてるの!』
カン
ボールペンが、床に落ちる音がした。
「あいつ、盗聴器のボールペンを握りながら説教を聞いていたのか!? マズい!」
『なにこれ』
バキ
盗聴器が踏み壊される音がして、何も聞こえなくなった。
ヤバイヤバイヤバイ!
この時は、躊躇なんて一切無かった。
「陽花里!」
警察に通報する準備をしながら、陽花里の家へと走っていった。
幸い、ドアの鍵を閉める前に説教が始まっていたので、駆け付けるのに時間はかからなかった。
門を飛び越え、豪邸の庭に踏み入る。
扉に耳を当てると――苦しそうな、陽花里の声が聞こえた。
「ッ!」
勢いよくドアを開くと、想像通りの光景が広がっていた。
鬼の様な形相をしたおばさんが、盗聴器の残骸を踏んだまま、陽花里の首を締め上げている。
「やめろ!」
おばさんにタックルし、顔が青くなっている陽花里を解放した。
「大丈夫か?」
「うん……」
「誰よアンタ」
「お宅の娘さんに、余計な知識を教え込んだ、悪い友達だよ」
鬼の形相に気圧されつつも、堂々と陽花里を守るように一歩前に出て、スマホの画面を見せつけるように前にだした。
「これまでの会話は、全て録音させてもらった。それだけじゃない、ここ一年くらいの記録もある。お前の虐待はすぐに明るみになるぞ」
「ガキが……お前に教育の何が分かる!?」
「テメェのは教育じゃなくて洗脳だ! 俺と会った時、コイツは四階から飛び降りようとしてたんだからな!」
自殺と聞いて、怯む母親。
その隙に、とっととにげることにした。
「逃げるぞ。立てるか陽花里」
「う、うん。ちょっと待って」
パニックで、足が立たなくなっている。
仕方なく、背負って無理やり逃げようとした時――包丁を持った、母親が現れた。
「コイツがいるから……コイツがいなければ!」
「ッ!」
狭い廊下では避けられない。
反射的に二本の腕で、せめてもの防御姿勢をとり、目をつぶった。
しかし、いつまでたっても痛みが来ない。
あったのは――生ぬるい液体の感触。
目を開けると――胸に包丁が刺さった、陽花里が立っていた。
「陽花里!?」
「あ、あ」
「ごめんね、ダメな娘で」
娘を刺して、発狂状態に入った母を、陽花里は抱きしめた。
「片親だから、力をいれすぎちゃったんでしょ。アナタの教えは絶対に間違えてたと断言できるし、幸せなんてほとんどなかったけど……生きてこれたことは、感謝してる。今まで、ありがとう」
「ひ、ひか」
「陽花里イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」
♢
『……それで、どうなったんだい?』
「母親は逮捕、まだ塀の中。陽花里は胸に包丁が刺さってたけど、当たり所が良かったみたいで、生きてはいるらしい」
『いるらしいっているのは?』
「親戚に引き取られて、遠くに行ったから、あれから会ってない」
振るえる足を押し込んで、前へ前へ。
「あれから、時々フラッシュバックするんだ。俺を庇って、刺された陽花里が」
『……』
「あの時、俺が踏み出さずに、警察に任せていたら。いや、それ以前にもっといい方法があったんじゃないかと思って……大事な時に足が動かなくなる、チキンになっちまった」
『不登校になったのは――』
「……陽花里のことを、思い出すから」
話していたら、少し気が楽になった。
誰にも話したことなかったから。神に懺悔する咎人の気持ちだった。
「ありがとう、これでまだマシな戦いができると思う」
『陽花里という子は、君に感謝してるよ』
「そうかな」
『絶対にそうだと、言い切れる』
「……どうして」
『だって私が、「陽花里だから」
ボイスチェンジャーでも使っていたのか。
急に声質が変わり、通信機から陽花里の声が聞こえてきた。
「……は?」
「まずは、ごめんなさい。私のせいで、そんなことになっているだなんて」
「待って、待って!」
「そして――言わせてもらう。私は、あなたがしてくれた、全てのことに感謝している。あの時、あなたが来てくれたお陰で、母と和解できた」
「急展開すぎるだろ!」
「そんな私の、キラキラしたヒーローが――いつまで腐ってんだ! 戦って――愛菜を、助けて」
「……ああ」
気持ちが晴れた。
今なら、出せる。
『全てを清めろ、D-メナジューラ!』
胸から、先端が三相に別れた、ダイヤの三相槍が生えてきた。
それを手に取り、歩みを早める。
「やるぞ」
カエル星人は、愛菜が戦った時と同じ場所にいた。
「おや、尻尾を巻いて逃げたのかと思いましたが」
「まさか。テメェを殺す準備をしてただけだ!」
先駆け一番。
ダイヤの槍をカエル星人の顔に投げた。
真っすぐ、綺麗な軌道を描いた槍が、豪速でカエル星人を貫く寸前、手持ちの杖で、弾かれる。
その間に、距離を詰めていた俺は、空中に投げ出された槍を掴んで、カエル星人に振り下ろすも、硬い杖に防かれた。
「クッ、眷属よ!」
「ゲロ!」
「邪魔だ!」
背後から迫って来たカエルを、腹から顎にかけて切り裂いた。
しかし、巨大カエルには傷が浅かったようで、悲鳴を上げながらも前足を振り下ろして来る
「チッ」
カエルの攻撃を再度ステップで避け、追撃のカエル星人の突きを槍の柄で受け止めた。
さすがに囲まれると分が悪いので、一旦距離を取る。
やはり、多対一では分が悪いか。
愛菜は上手く立ちまわっていたので、俺にもできるかと思ったが、愛菜の戦闘練度が高いだけだった。
「まずは、人数不利を覆すのが優先か」
槍をクルクルと回してから、一気に駆けだした。
また攻撃を受け止めようと、杖を前に突き出し――俺は、それを踏み台にして、カエル星人を飛び越した。
そのまま、戦闘に参加せず、奥に待機していた巨大カエルに襲い掛かる。
「テメェだろ、愛菜を飲み込んでんのは!」
「ゲロ!」
カエルが伸ばした舌を躱して、開いた口に、落ちていたルビーの剣を突っ込んだ。
「げろ」
剣を飲み込んだカエルは、断末魔を上げ、バラバラになって崩れ落ちた。
胃液まみれになった、愛菜の仕業だ。
「遅い」
「すまん」
「まあいいや。先に片付けよう」
「ああ」
愛菜がルビーの剣を軽く構え、俺はダイヤの三相槍を構えた。
カエル星人も決戦の空気を感じたのか、巨大カエルの眷属を二匹補充して、本人も合わせて合計四体で戦闘態勢をとる。
「「「ゲロ!」」」
「「オォ!」」
三匹が一斉に伸ばした舌を、二人で切り裂きながら突き進む。
三対二だが、愛菜の活躍によって、こちらの処理能力が上回っていた。
ジリジリとにじみより、俺は、槍を振りかぶる。
「行け、愛菜! ダイヤモンド・ブリザード!」
小さなダイヤの雨が、カエル達に降り注ぐ。
それを目くらましにして、愛菜は飛び上がり、ルビーの剣を振り上げた。
巨大カエルが怯む中、カエル星人だけは、杖を引いて迎え撃つ。
「紅蓮バースト!」
「嘉絵琉突き!」
ルビーの剣と杖の突きが衝突し、拮抗。
嵐のような爆発が起こる中、俺は姿勢を低くして、突っ込んだ。
「炭槍」
ダイヤの槍がカエルの胸を貫き……カエル星人は、灰になって消えていった。
変身を解除した、帰り道。
「出せたのね、宝石武器」
「ああ……陽花里のおかげでな」
愛奈から陽花里のことを聞いた。
彼女は、この宝石の変身リングの制作者に引き取られたらしく、その優秀さを買われて、現在はオペレーターをしているらしい。
多忙ながらも、元気にやっているようだ。
「そのリングをつけていたら、すぐ会えるわ」
「そっか」
俺は、キラキラと輝くダイヤのリングを、太陽にかざす。
コイツのおかげで、少しはキラキラした人間に戻れた気がする。
「宝石武器も出せたし、俺も戦隊に入れるよな?」
「そうね。……あんまり危ない目に遭わせたくなかったんだけど――」
「何か言った?」
「聞こえなかった? ようこそ、宝石の世界にって言ったのよ」
長い短編を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
色々裏設定もあるので、人気なら続編を描くかもしれません。
では、またどこかで。




