表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

宝石戦士

作者: 緋神Rev
掲載日:2026/01/22

 冬の童話祭のためのやつ

 ……童話?

「こい、こい!」


 明かりは付いているのに、どこか薄暗い部屋の中。

 スマホの画面が虹色に光り出した。

 

「うおおおおおおお!」


 演出が終わり、ガチャの結果が明らかになる。

 狙っていた最強の武器、デッドギガソードだ。


「オッシャアアアアアアアア」


 ここ一週間、寝る間も惜しんでゲームに打ち込んだ成果が、ようやく実ったのだ。

 感動のあまり、涙を流して万歳をしようとした、瞬間。


パリン!


 窓が割れ――衝撃。

 俺は、嫌な予感を感じつつも、閉じていた目をそっと開いた。


「アアアアアアアアアアアアアアアアァ!」


 窓から飛来したナニカによって、俺のスマホは鉄屑にされていた。





 状況を整理しよう。

 俺の名前は石崎優斗(いしざきゆうと)

 色々あって高校を不登校になり、現在は半ば引きこもりと化していること以外は、健全な十七歳の少年だ。

 さっきまで、自分の将来を代償に得た時間で、スマホのゲームを攻略していたのだが――。


「どうしてこうなった……」


 画面に大きなヒビが入ったスマホは、電源をいれようとしても、うんともすんとも言わない。

 完全に壊れてしまっている。


「データ復元――あのゲーム、対応してくれないって聞いたことあるんだよなぁ」


 まだ現実感がないので、ダメージはそれほどでもないが、後々泣き叫ぶことになると思う。

 グッタリとした虚無感に襲われ、ようやく、スマホを壊した元凶に思考がいった。


「窓から何かが突っ込んできたんだよな……」


 近所の悪ガキが石でも投げ込んだのか。

 絶対に弁償させてやると意気込み、ひとまず、突っ込んできたナニカを探す。


 それは、スマホに弾かれ、部屋の隅に落ちていた。

 キラキラと光を反射するクリスタルの輪。

 水晶のような、綺麗なダイヤモンド。


 丁度腕に嵌めるくらいのサイズだろうか。


「……本物か?」


 ハンカチ越し持ってみると、ズッシリとした重量を感じる。

 少なくとも、オモチャの感触ではない。


「こんなもの人の家に投げ込むヤツなんていないよな……まさか、隕石とか?」


 隕石ならば、所有権は落下地点の土地を所有しているウチの物になるはず。

 そういったものと全く縁が無いのでわからないが、売れば百万は下らないのではなかろうか。


「……とりあえず親に相談だな」


 現実感が無いことの連続に、一旦思考を投げ出した。

 価値が下がらないよう、そっと置こうとした、その時。


「……」


 ダイヤのリングと、目が合ったような気がした。

 目などついていないが、そう表現するのが正しいと思った。


 宝石の魔力。

 そのキラキラした輝きに、魅入られる。

 気がつくと――俺はそのリングを、腕に嵌めていた。


「おぁ」


 思わず、感嘆の声が漏れた。

 不思議な感覚。圧倒的な存在感。

 俺なんかに装着されても、その輝きには一切の翳りもない。

 似合っているとは口が裂けても言えないが、なんだか自分が立派な人間になったように思える。


 (ブランド品を買い漁る人って、こんな気持ちなのかな)


 などと場違いなことを考え――ボンヤリとして、その変化に気づけなかった。


 「アレ……なんか、小さくなってね?」


 さっきまでは手をパーにした時の大きさだったのに、いつのまにか手首を通るかも怪しいサイズになっている。

 慌てて外そうとするが、時すでに遅し。

 リングは、俺の手首にピッタリ。

 まるで体の一部かのようなフィット感で、縮小を止めた。


「……どうしよ」


 かなり力を込めて引っ張ってみたが、全く取れる気配がない。

 『もしや、一生このままなのでは?』

 最悪の未来が頭をよぎった、その時。


「ああ!」


 後ろから声がして、振り返ると、割れた窓から、赤髪の少女――愛奈が、部屋を覗き込んでいた。


 宝木愛奈(たからぎまな)

 近所に住んでいる、昔からの友達。いわゆる幼馴染というやつだ。

 小中と同じ学校で、高校で進路が分かれて以来、あまり交流はなかったが、色白の肌と、パッチリとした目の可愛らしさは相変わらずだった。


「って、勝手に人の部屋覗くなよ」


 俺はジト目で抗議をしたが、愛奈は意に介さず、割れた窓から足を踏み入れ――ダイヤのリングを嵌めた右腕を掴み上げた。


「あーあ、完全に取り憑いてるわ」

「……コレについて、何か知ってるのか?」

「ん」


 愛奈は、右腕を突き出し――その手首には、俺と同じようなリングが付いていた。

 大きく違うのは、その色だろう。

 俺のリングが無色のダイヤモンド製なのに対して、愛奈のリングは血のように真っ赤なルビー製だった。


「これが何か、知ってるのか!?」

「……説明するより、見せたほうがが早わね」


 そう呟くと、部屋の中央に移動し――変なポーズを取った。

 足を肩幅に開き、リングを天に掲げ、左手をぐるりと回して、宣言する。


『変身!』

「おお!」


 直後、愛奈の体が真紅の光で包まれた。

 光は全身を包み込むほど巨大なルビーを幻視させ、愛奈はシルエットのみの存在となる。

 数秒後、全身をルビーの鎧で覆い、紅の剣を手にした愛奈が、姿を現した。


『参上、愛と情熱の戦士、ルビーハート!』

「おぉ〜」


 凄いマジックを見たような感覚で、愛奈に拍手を送り、彼女は自慢げに胸を張った。


「本当は見せちゃダメなんだから、誰にもバラさないでよ?」

「……コレって、マジのやつ?」

「大マジよ。手を出して」


 愛奈が手を差し出してきたので、それを握ってみる。


「よっ」

「イタタタタタタ!」


 手がグキっと嫌な音を出し、慌てて手を引き抜いた。

 帰ってきた俺の手は、ルビーと同じくらい赤くなっている。


「何すんだ!」 

「ごめん、ちょっと力を入れすぎた。こんな感じで身体能力が上がるから、それで怪人と戦うの」


 あまり悪びれない愛奈を睨みながら、手に氷をあて、痛みを和らげる。

 

 少し前から、SNSで怪物を見た、という投稿があった。

 CGか何かだと思っていたが、あれが実在し、それを倒していたのが愛奈だった、ってところか。

 まだ手品かドッキリの線を疑う自分もいるが、手の痛みがそれを否定する。


「仮面◎イダー……いや、どちらかというと戦隊モノか?」

「そうね。私の他にも三人いるし」

「で、五人目が俺と」


 改めて、右腕にハマったダイヤのリングを観察する。

 すると……頭に情報が流れ込んできた。


「……俺も変身できるような気がしてきた」

「……そ。やってみたら?」


 頭に浮かんだポーズになるよう、体を動かす。

 足を肩幅より少し大きく、右腕を前に突き出し、左手で頭上に縁を描き――


「変身!」


 体が光に包まれ――まず最初に、右手がダイヤで包まれた。

 次に、胸部。そこから全身に広がるように、キラキラの鎧が装着されていく。

 数秒後、高揚感に包まれたまま、名乗りをあげた。


『勇気と純潔の戦士、ダイヤモンドクリスタル!』


 バッチリポーズまで決めて、変身が完了した。

 感覚としては、ひたすら変。

 目の前の愛奈のように、頭までダイヤに包まれていると思うのだが、視界は明瞭だ。

 鎧の重さは感じず、体の底からパワーが湧き上がってくるのを感じる。


「もう一回握手しようぜ」

「いいよ」


 今度は俺から手を差し出し、愛奈が掴んだ。


ガッ


 力を入れたのは、二人同時。手を握った瞬間。

 人外のパワーがぶつかり合い、間に謎の熱が生まれる。

 勝利したのは……愛奈だった。


「……どうよ」

「ガッチリ握られて力が入らん……」


 痛みはないが、体勢を崩されて、パワーがでない。

 まあ、怪人と戦ってきたようなヤツに、初めての変身で勝てるわけないか。

 徐々に高揚感がおさまり、冷静になってきた。


「もういい、離してくれ」

「えー」


 潔く降参したのに、愛奈はより強く手を握った。

 若干痛くなってきたので、慌てて話を逸らす方にシフトする。


「俺って、戦隊の一員になれるの?」

「多分無理ね。宝石武器を作れてないもの」

「宝石武器?」


 首を傾げて疑問を露わにすると、愛奈は腰にさしていた真紅の剣を手に取った。


「こういうヤツのこと。私は剣だけど、銃とか斧とかの形もあるの。けど――」


 愛奈は手を握ったまま俺の全身を見渡し、

 

「アンタそれっぽいの持ってないじゃない」

「……」


 確かに、武器らしいものは一つも持っていなかった。

 さっきの感じから、特別力が強いとかでもなさそうだし、このままじゃ戦えないか。


「な、慣れたらでるかもしれないし……」

「聞いたことないけどね。最初から宝石武器を持てる人に任せた方がいいよ」


 ……何も反論できない。

 まあ、冷静に考えると、適正も無いのに、無理して命を張って戦わなくていいか。

 愛奈の口調からして、外す手段はありそうだし。

 面白い体験ができただけでよしとしておこう。


ピリリリリ!


 その時、愛奈の腰のベルトについている、トランシーバーのような物が鳴った。

 すぐに手に取り、応答する。


「はい、こちらルビーハート」

『近くに怪人が出た。座標を送る、対処してくれ』

「了解」


 通信を切り、愛奈は立ち上がった。


「じゃ、そういうことだから。すぐ片付けてくるから、ちょっと待ってて」


 来た時と同じく、割れた窓から外に飛び出し、街中を駆けて行く。

 スーパーカーを想起させる、凄まじい速度。

 しかし、今の俺ならなんとかついていける気がする。


 少し迷ったが……俺も、行くことにした。

 窓から飛び出して、赤色のシルエットを追う。

 愛奈はすぐに追跡に気づいたのか、スピードを落として並走する。


「なんでついてきているの!?」

「……戦ってるとこ、見てみたくて」

「引きこもってたんじゃないの!?」



『――ありがとう、優斗』


 懐かしい声。

 今は来ないでくれと、頭を抑える。


「……学校に行けないだけで、外には出れる。それで、ついていってもいいのか?」

「――いいよ、ついて来れたらね」


 加速。

 俺を振り落とすため、さらにスピードを上げた。

 それについて行くため、慣れない体に四苦八苦しながら、無理やり足を動かす。

 というか、今愛奈を見失うと帰れなくなるので、死ぬ気でついて行くしかなかった。



「よく付いてこれたね」

「ま、まあな。それで、アレが――」

「そう、怪人」


 目の前にいるのは、ブヨブヨとした、カエルの怪人だった。

 怪人と言っても、人の要素は二本の足で立っていることと、マントのような物を羽織っていることくらいで、ほぼカエルである。


「ワシはカエル星人、人間をカエルに変えちゃうぞー」

「……思ったよりシュールなんだけど」

「油断しないで。遠くで見てなさい」

「いでよ、我が眷属」


 カエル星人が杖を地面に突いたかと思うと、地面がゴボゴボと音を鳴らし――車くらいの大きさのカエルが二匹、姿を現した。


「「ゲロゲロ」」

「三対一だけど、いけるのか?」

「黙って見てなさい」


 愛奈は剣を構え、その名を呼ぶ。


「燃え上がれ、宝剣レクスロード・B!」


 ルビーの剣が燃え上がり、威圧感が増した。

 先ほどまでは余裕がある雰囲気だったカエルたちだが、輝く剣を前に、空気が引き締まる。


「「ゲロロ!」」


 最初にうごいたのは、眷属の巨大カエルたち。

 口を開き、太い舌を愛菜に向かって伸ばした。


「ハッ!」


 愛菜が気合を入れたかと思うと、自在に動いた宝石の剣が二本の舌を切り刻む。

 長さに限度が無いのか、舌は切られたそばから愛菜に襲い掛かるが、その全てを切り落とし、カエル星人に接近する。

 あと一歩で間合いに入るというところで、剣を振り上げた。


「紅蓮撃!」

「クッ!」


 ガン!


 強烈な振り下ろしが、カエル星人を襲う。

 なんとか杖を使って防いでいるが、とても苦しそうに見えた。


「眷属よ!」

「ゲロ!」


 愛菜の背後から、巨大カエルが襲い掛かるも、後ろに目でもついているかのように、ひらりと回避し、カエル星人に攻撃を続ける。


 言いつけ通り、俺はそれを遠くから見守っていた。


「これなら、大丈夫そうか」


 戦隊が、死人が出そうなくらい苛酷だったら、無理やりにでも入隊して、愛奈と共に戦うつもりだったけれど、その必要はなさそうだ。


「あいつ、昔から要領よかったし、上手く――」

「何コレ!? 映画の撮影!?」


 振り向くと、写真を撮ろうとスマホを構える女子高生がいた。

 多分、止めておいた方がいいだろうと、足を踏み出そうとした、瞬間。


カン!


 カエル星人が杖をつく音がし――三匹目の、巨大カエルが現れた。


「ゲロ!」


 新たに加わった巨大カエルが、カメラを向ける女子高生に向かって、舌を伸ばした。

 愛奈はその他の相手をしている。今動けるのは――俺しかいない。

 

「ッ!」


 踏み出そうとした足が、動かなかった。

 敵が妨害しているのではない。

 俺の、覚悟と勇気が足りなかった。

 俺は、あの時から――この一歩が、踏み出せなくなった。


「クソ、なんでこう、大事な時に!」


 動け動け動け!

 必死に念じながら足を叩いたが、それが前に動くことは無かった。

 そうこうしているうちに、舌の先端が女子高生に迫る。


「させない!」


 あと少しという所で、愛奈が舌を切り落とし、難を逃れた。

 しかし、その代償はあまりにも大きい。


「よそ見はいけませんね」


 一般人を助けるために背を向けた愛奈に、カエル星人の杖が叩き込まれた。

 防御姿勢を取れず、まともに食らった愛奈が、ふっとばされた先にあったのは――カエルの、口。


「マズッ!」


 すぐに脱出しようとしたが、カエル星人に阻まれる。

 先ほどの攻撃で剣を落としていた愛奈は、抵抗できず――カエルの口が、閉じる。


「優斗!」


 飲み込まれる直前に、愛奈は俺に何かを投げた。

 キャッチしたそれは、先ほど愛奈が使っていた通信機だった。


「クソ、こんなんでどうすれば」

『落ち着いて下さい』


 ヤケクソでカエル星人と対峙しそうになった時、通信機から声が聞こえてきた。


『事情は把握しています、今は一旦撤退しましょう』

「撤退って、愛奈が――」

『ルビーの赤には生命力という意味もあります。あの人なら、カエルの胃の中でも数分は生きていられるでしょう。だから、一度落ち着いて』

「……」


 無機質な通信機の声を聞いて、少し冷静になってきた。

 確かに、今俺一人で戦っても勝ち目はない。

 幸い、カエル星人は愛奈との戦いで足を傷つけているみたいなので、逃げようと思えば逃げられるだろう。


「後で絶対助けに来るからな!」


 それだけ言い残して、こうなった原因である女子高生を抱えて、俺は一度敵に背を向けた。




「今あったことは、全部忘れろ。いいな」

「は、はい」


 口止めをして、女子高生を離した。

 彼女は少し申し訳なさそうに、この場を去っていった。


「さて、早く戻らねえと」

『待ってください。あなた一人では勝てないことに変わりありません。せめて宝石武器がないと――』

「無いもんは仕方ないだろ。というか、応援は来ないのか?」

『他の人たちは別件にでているしているので、応援は――』

「なら、俺がやるしかないだろ」


 ……強気なことを口にしてはいるが、いざ奴らを前にした時、今度は足が動くのか。

 いや、動くかじゃない、動かすんだ。

 最悪、足が動かなくても、上半身だけでぶちのめしてやる。

 そんな意気込みをして、ダイヤの硬質な足音を鳴らしながら来た道を戻り始めた。


『……どうして、宝石武器は君に応えないんだ』

「資格が無いからだろ。あそこで踏み出せない人間だから」


 愛菜は敵に隙を晒してでも、知らない人を助けた。

 あんなこと、俺には到底できない。


「や――アレがなければ、できたかもな」

『……君のことを、聞かせてくれないか?』

「どうして?」

『これから戦場に向かう戦士のことを、知っておきたい』

「……接敵するまでな」


 誰かに話して、心を整理すれば、少しは症状がよくなるかもしれない。

 そんなことを考えながら、あの事件のことを話し始めた。



 あの日、スマホを忘れて、もうほとんど人が残っていない学校の教室に戻った。

 時間からして、誰もいないと思っていたが、一人だけ残っていた。

 ……ベランダの柵の上に。


「……何してんの」

「飛び降り」


 金城陽花里(きんじょうひかり)

 いつも教室の端で本を読んでいる、物静かな少女。

 それが今、校舎の四階から飛び降りようとしている。


「ちょっと待とう、うん。とりあえず死ぬのはやめよう」

「いや、もう限界。飛ぶ」


 彼女が重心を外側に倒した瞬間、俺は足を踏み出して、駆けだした。

 落下する前に手首を掴み、全力で中に引っ張る。

 火事場の馬鹿力が出たのか、どうにか落ちる前に引き戻すことができた。


「っ、あっぶね!」

「離して」


 金城は、暴れて飛び降りようとする。

 コイツを、一発で黙らせるには――


「そういう訳にいくか。あのー、アレだ。通ってる学校から自殺者がでるとか、嫌だから」

「……ハァ」


 言い返す言葉が無かったのか、一旦飛び降りるのは諦めてくれたようだ。

 金城は、憂鬱そうに自分の席に座り、机にうつ伏せになった。

 気まずい空気の中、このまま帰る訳にもいかないので、とりあえず彼女の前の席に座る。


「何があったか、話す気あるか?」

「……親が嫌い。毎日毎日勉強勉強。テストの結果が気に入らなかったら殴って来るし、酷い時は拷問まがいの事までする」

「児童相談所は?」

「アイツ、外面だけはいいから、言いくるめられた。あざとかは作らないように殴るしね」


 金城は自分の体を見下ろして、自嘲気味に笑った。


「それで、私が死んだら大ごとになるかなって」

「……無理だと思うぞ。児相の時と同じく、煙に撒かれるだけだ」

「やっぱり、そう思う?」


 自分でも、内心は自殺でも解決できないと思っていたらしい。

 机に突っ伏したまま、深くため息をついた。


 とりあえず、すぐ死ぬのは諦めてくれたようだった。

 しかし、これからどうするか。

 事情を聞いてしまった以上、無視はできない。

 考えを巡らせながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「つまり、虐待の証拠を抑えればいいんだな?」

「そうだけど――そんな簡単に行くなら苦労してないよ。一応スマホは持ってるけど、中身は全部見られてるし」


 金城は、自分のスマホを机の上に乱雑に放り投げた。


「じゃあ、協力者がいたら?」


 俺は、それに重ねるよう、丁寧にスマホを置いた。


「掴んだ証拠は俺が預かる。そうすればほぼ気付かれないだろ」

「……どうして、手伝ってくれるの? 体目当て?」


 金城は自分の体を守るように腕を組んだ。


 正直、明確に手伝う理由は持っていない。

 そうしたいと思うからやっているだけだ。

 しかし、正直にそう言っても金城は納得しないだろう。

 だから、俺は嘘をつく。


「好き、だから」

「は?」

「好きだから。アイラブユーってヤツだよ」

「さっきまでほぼ接点が無かったのに?」

「身投げする時の、儚げな感じに一目惚れした。そんなお前が困っているのに、放って置けない」


 金城はジッと俺を見つめる。

 俺は胡散臭い笑顔を顔に貼り付けておいた。


 時計の音だけが響く教室。

 重苦しい沈黙の中、金城は何かに納得したように頷き、机に肘をついた。


「……いいよ。そういう事なら、協力させてあげる」

「なんて言い草だ」

「よろしくね、えっと――」

「石崎だ。クラスメイトだろ?」

「下の名前は?」

「優斗だけど」

「よろしくね、優斗」


 コイツ、距離の詰め方バグってるだろ。

 一瞬怯んだものの、すぐによろしくと返して、立ち上がった。


「よし、じゃあさっそく必要な物を買いに行くぞ。時間あるか?」

「まだ大丈夫。塾に行ってる設定だから」

「それは大丈夫なのか……?」


 色々と言いたいことはあるものの、それを飲み込んで、俺たちは学校を出た。

 テクテクと後ろを歩く金城を連れて、向かった先は、電気屋だった。


「ここで何を買うの?」

「盗聴器」


 足音が聞こえなくなったので、振り返ると、金城は体を守るように腕を組み、少し距離を開けて俺に懐疑的な目を向けていた。


「いや、俺が使うんじゃないから。お前に持たせるから」

「ふぅん」


 普通の電気屋に売ってるか不安だったけれど、少数ながらしっかりと売られていた。

 その中から、なるべく金城が持っていてもおかしくないものを選ぶ。


「まあ、これか」


 俺は、ボールペン型の盗聴器を一つ、手に取った。

 あまりバッテリーは大きくないが、登録した端末に電波で音を送れて、カメラ機能もある高性能品。

 これなら、虐待の証拠を逃さず取ってくれるだろう。


「待って、そんなの払えない」

「俺が払うよ」


 値段は、高性能だけあって高く、三万と少しだ。

 調べた感じ、これでも安い方らしい。

 財布を取り出しながら、適当に言い訳を並べる。


「好きな子にプレゼントってことで」

「盗聴器がプレゼントって――それでいいの?」

「どうしても納得いかないなら、親から解放された後に返してくれたらいいよ」


 何を言っても俺は止まらないと分かったのか、それ以上は何も言わなかった。

 ささっと会計を終わらせて、店を出る。


 公園のベンチで、初期設定と軽い動作確認を二人でしてから、金城に盗聴器を持たせた。


「じゃあ、早速今日から、チャンスがあったら録音してくれ」

「分かった」

「……無理はしなくていいからな」

「分かってる」


 公園の時計を見て、金城はもう帰らないと、と呟いて立ち上がった。


「優斗」

「ん?」

「ありがとう」


 彼女は、キラキラとした笑顔で、笑った。


 


 次の日の昼休み。

 早速録音できたという金城に、俺たちは空き教室に集まった。


「じゃあ、再生するぞ」

「うん」


『ただいま』

『遅かったじゃない。何してたの?』

『先生に質問してて』

『高校程度の範囲で、分からないことがあったの!?』

「いっ!?」


 急に大音量が教室に響き、慌てて音を小さくした。


『……ごめんなさい』

『今日は夕飯抜きね』

『はい……』


 階段を上がっているのか。

 少し足音がした後に、録音は終了した。


「なんか――思ったより酷かった」

「これくらいなら、週一くらいであるよ」


 声が、震えている。

 ……少し、金城に椅子を寄せてから、話を続けた。


「母親の声しか聞こえなかったけど、父親は?」

「とっくの昔に逝った」

「それで、母親が暴走してるって感じか」


 無事に暴言の録音はできたが、これだけでは足りないだろう。


「あと、二、三回分は欲しいな」

「いいえ、ここまで来たら確実にやる」


 盗聴器であるボールペンを握りしめながら、金城は決意を口にした。


「三日後からテストがある。そこで手を抜いて、敢えて爆発させる」

「わざわざ虎の尾を踏まなくても――」

「虎児を得るためには、虎に挑まなきゃいけない時があるの」


 震えつつも、強い意志が見える声に、俺が言うことは無かった。


「食べたいものとかあるか? 昨日の夜は何も食べてないみたいだし、何か腹に入れておいたほうがいいぞ」

「ありがとう。じゃあ、メロンパンを買ってきて」

「あいよ」



 数日後、金城が持ってきたテストには、しっかり40と書かれていた。


「じゃあ、行って来る」

「……ボールペンを通して、俺も聞いておくから。本当にヤバくなったら呼べよ」

「……分かった。最後に、背中を押してくれる?」

「金城――」

「陽花里って呼んで」

「……行ってこい、陽花里!」

「ありがとう」


 覚悟を決めて、陽花里は見えている戦火に突っ込んだ。


『ただいま』


 スマホから、か細い声が流れてきた。

 俺は、陽花里の家の近くの公園で祈るように天を仰ぎ、無事を願う。


『テスト、返って来たよ』

『見せなさい……は? 何この点数』


 最初は、意外に静かな怒りから始まった。

 

『真面目にやったの?』

『今回、ちょっと体調が悪くて』

『関係ないでしょ、そんなの!』


 鼓膜が破れるかと思うほど、大きな声。

 音量を下げたくなるが、彼女はきっとこれ以上の音量で聞いていると思い、音量調節のボタンから指を外した。


『こんな点を取る子に、生きてる価値が、あると思う!?』

『う、あ』

『ねえ、聞いてるの!? 効いてるなら返事しなさい!』


 音だけで判断しかねるが、おそらく、首を絞められている。


「頑張れ、陽花里――これさえ耐えれば――」

『人が話してるのに、何ポケットに手をいれてるの!』


カン


 ボールペンが、床に落ちる音がした。


「あいつ、盗聴器のボールペンを握りながら説教を聞いていたのか!? マズい!」

『なにこれ』


バキ


 盗聴器が踏み壊される音がして、何も聞こえなくなった。

 ヤバイヤバイヤバイ!

 この時は、躊躇なんて一切無かった。


「陽花里!」


 警察に通報する準備をしながら、陽花里の家へと走っていった。

 幸い、ドアの鍵を閉める前に説教が始まっていたので、駆け付けるのに時間はかからなかった。

 門を飛び越え、豪邸の庭に踏み入る。

 扉に耳を当てると――苦しそうな、陽花里の声が聞こえた。


「ッ!」


 勢いよくドアを開くと、想像通りの光景が広がっていた。

 鬼の様な形相をしたおばさんが、盗聴器の残骸を踏んだまま、陽花里の首を締め上げている。


「やめろ!」


 おばさんにタックルし、顔が青くなっている陽花里を解放した。


「大丈夫か?」

「うん……」

「誰よアンタ」

「お宅の娘さんに、余計な知識を教え込んだ、悪い友達だよ」


 鬼の形相に気圧されつつも、堂々と陽花里を守るように一歩前に出て、スマホの画面を見せつけるように前にだした。


「これまでの会話は、全て録音させてもらった。それだけじゃない、ここ一年くらいの記録もある。お前の虐待はすぐに明るみになるぞ」

「ガキが……お前に教育の何が分かる!?」

「テメェのは教育じゃなくて洗脳だ! 俺と会った時、コイツは四階から飛び降りようとしてたんだからな!」


 自殺と聞いて、怯む母親。

 その隙に、とっととにげることにした。


「逃げるぞ。立てるか陽花里」

「う、うん。ちょっと待って」


 パニックで、足が立たなくなっている。

 仕方なく、背負って無理やり逃げようとした時――包丁を持った、母親が現れた。


「コイツがいるから……コイツがいなければ!」

「ッ!」


 狭い廊下では避けられない。

 反射的に二本の腕で、せめてもの防御姿勢をとり、目をつぶった。


 しかし、いつまでたっても痛みが来ない。

 あったのは――生ぬるい液体の感触。

 目を開けると――胸に包丁が刺さった、陽花里が立っていた。


「陽花里!?」

「あ、あ」

「ごめんね、ダメな娘で」


 娘を刺して、発狂状態に入った母を、陽花里は抱きしめた。


「片親だから、力をいれすぎちゃったんでしょ。アナタの教えは絶対に間違えてたと断言できるし、幸せなんてほとんどなかったけど……生きてこれたことは、感謝してる。今まで、ありがとう」

「ひ、ひか」

「陽花里イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」





『……それで、どうなったんだい?』

「母親は逮捕、まだ塀の中。陽花里は胸に包丁が刺さってたけど、当たり所が良かったみたいで、生きてはいるらしい」

『いるらしいっているのは?』

「親戚に引き取られて、遠くに行ったから、あれから会ってない」


 振るえる足を押し込んで、前へ前へ。


「あれから、時々フラッシュバックするんだ。俺を庇って、刺された陽花里が」

『……』

「あの時、俺が踏み出さずに、警察に任せていたら。いや、それ以前にもっといい方法があったんじゃないかと思って……大事な時に足が動かなくなる、チキンになっちまった」

『不登校になったのは――』

「……陽花里のことを、思い出すから」


 話していたら、少し気が楽になった。

 誰にも話したことなかったから。神に懺悔する咎人の気持ちだった。


「ありがとう、これでまだマシな戦いができると思う」

『陽花里という子は、君に感謝してるよ』

「そうかな」

『絶対にそうだと、言い切れる』

「……どうして」

『だって私が、「陽花里だから」


 ボイスチェンジャーでも使っていたのか。

 急に声質が変わり、通信機から陽花里の声が聞こえてきた。


「……は?」

「まずは、ごめんなさい。私のせいで、そんなことになっているだなんて」

「待って、待って!」

「そして――言わせてもらう。私は、あなたがしてくれた、全てのことに感謝している。あの時、あなたが来てくれたお陰で、母と和解できた」

「急展開すぎるだろ!」

「そんな私の、キラキラしたヒーローが――いつまで腐ってんだ! 戦って――愛菜を、助けて」

「……ああ」


 気持ちが晴れた。

 今なら、出せる。


『全てを清めろ、D-メナジューラ!』


 胸から、先端が三相に別れた、ダイヤの三相槍が生えてきた。

 それを手に取り、歩みを早める。


「やるぞ」



 カエル星人は、愛菜が戦った時と同じ場所にいた。


「おや、尻尾を巻いて逃げたのかと思いましたが」

「まさか。テメェを殺す準備をしてただけだ!」


 先駆け一番。

 ダイヤの槍をカエル星人の顔に投げた。

 真っすぐ、綺麗な軌道を描いた槍が、豪速でカエル星人を貫く寸前、手持ちの杖で、弾かれる。

 その間に、距離を詰めていた俺は、空中に投げ出された槍を掴んで、カエル星人に振り下ろすも、硬い杖に防かれた。


「クッ、眷属よ!」

「ゲロ!」

「邪魔だ!」


 背後から迫って来たカエルを、腹から顎にかけて切り裂いた。

 しかし、巨大カエルには傷が浅かったようで、悲鳴を上げながらも前足を振り下ろして来る


「チッ」


 カエルの攻撃を再度ステップで避け、追撃のカエル星人の突きを槍の柄で受け止めた。

 さすがに囲まれると分が悪いので、一旦距離を取る。


 やはり、多対一では分が悪いか。

 愛菜は上手く立ちまわっていたので、俺にもできるかと思ったが、愛菜の戦闘練度が高いだけだった。


「まずは、人数不利を覆すのが優先か」


 槍をクルクルと回してから、一気に駆けだした。

 また攻撃を受け止めようと、杖を前に突き出し――俺は、それを踏み台にして、カエル星人を飛び越した。

 そのまま、戦闘に参加せず、奥に待機していた巨大カエルに襲い掛かる。


「テメェだろ、愛菜を飲み込んでんのは!」

「ゲロ!」


 カエルが伸ばした舌を躱して、開いた口に、落ちていたルビーの剣を突っ込んだ。


「げろ」


 剣を飲み込んだカエルは、断末魔を上げ、バラバラになって崩れ落ちた。

 胃液まみれになった、愛菜の仕業だ。


「遅い」

「すまん」

「まあいいや。先に片付けよう」

「ああ」


 愛菜がルビーの剣を軽く構え、俺はダイヤの三相槍を構えた。

 カエル星人も決戦の空気を感じたのか、巨大カエルの眷属を二匹補充して、本人も合わせて合計四体で戦闘態勢をとる。


「「「ゲロ!」」」

「「オォ!」」


 三匹が一斉に伸ばした舌を、二人で切り裂きながら突き進む。

 三対二だが、愛菜の活躍によって、こちらの処理能力が上回っていた。

 ジリジリとにじみより、俺は、槍を振りかぶる。


「行け、愛菜! ダイヤモンド・ブリザード!」


 小さなダイヤの雨が、カエル達に降り注ぐ。

 それを目くらましにして、愛菜は飛び上がり、ルビーの剣を振り上げた。

 巨大カエルが怯む中、カエル星人だけは、杖を引いて迎え撃つ。


「紅蓮バースト!」

「嘉絵琉突き!」


 ルビーの剣と杖の突きが衝突し、拮抗。

 嵐のような爆発が起こる中、俺は姿勢を低くして、突っ込んだ。


「炭槍」


 ダイヤの槍がカエルの胸を貫き……カエル星人は、灰になって消えていった。






 変身を解除した、帰り道。


「出せたのね、宝石武器」

「ああ……陽花里のおかげでな」


 愛奈から陽花里のことを聞いた。

 彼女は、この宝石の変身リングの制作者に引き取られたらしく、その優秀さを買われて、現在はオペレーターをしているらしい。

 多忙ながらも、元気にやっているようだ。


「そのリングをつけていたら、すぐ会えるわ」

「そっか」


 俺は、キラキラと輝くダイヤのリングを、太陽にかざす。

 コイツのおかげで、少しはキラキラした人間に戻れた気がする。


「宝石武器も出せたし、俺も戦隊に入れるよな?」

「そうね。……あんまり危ない目に遭わせたくなかったんだけど――」

「何か言った?」

「聞こえなかった? ようこそ、宝石の世界にって言ったのよ」

 長い短編を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 色々裏設定もあるので、人気なら続編を描くかもしれません。

 では、またどこかで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ