審問官
レベル制限。バランス、いや帝国は、転移者の強さに気付いたことでレベル解放可能人数を大きく制限した。最初はこのアルス・エンドール。もう1人は、彼の腹心。そして3人目。
正直、この3人だけで十分すぎる戦力だ。帝国人もうすうす気づいている。今や転移者は善意で俺たちと戦わないようにしているだけなのだと。
「モンスターを狩る、ダンジョンを攻略するって言う傭兵家業も、レベルが上がるリスクを伴うせいで、実質僕らのオリオンでも働ける人は少ないんだ。オリオン内で経済活動を行うにはあまりにも狭い。そこで僕たちは考えた。攻略したダンジョンに住もう、と」
納得を買うには十分すぎる材料だった。
勝手にレベルを上げるわけにはいかないと言ってもレベルを上げなければ転移者とてモンスターを狩ることが出来ない。傭兵家業も行えない。
だけどそれ以外の経済活動を禁止され、中で自活しようにも仮設都市オリオンが狭すぎて叶わない。土地を買う権利すらない転移者が次に目指したのは、攻略したダンジョンの利権――
「まあ落としどころはあるけれど、リスクを負うにしても十分だろう? 君はひょんなことからこれを知ってしまい、一時的に身柄を預かっていたことにする。少し休んだら帰っていいよ。医者に行きたければそうしてもいいけど、ウチのヒーラーは死者も蘇らせるレベルだから不要だと思うよ」
白いローブをはためかせて、彼は男でもドキッとしてしまうような綺麗な笑みを見せた。
見た目のせいで若く見えるが、少なくとも50年前の大戦を生き抜いた男だ。カリスマ性と経験が違う。
残された俺はベッドから起き上がって軽くストレッチした。
本当に痛みがない。それどころか、疲労がすっかり取れているようだった。
すごいな……薬草と魔法である程度ヒールは出来るが、このレベルはさすがとしか言えない。
「あの、スカイさん」
「はいはい」
「改めて、ありがとうございます。時間がかかるかもしれませんが、騎士団として頑張っていこうと思います」
「……あなたなら出来ると思います。俺も、夢を応援しますよ」
「ありがとうございます。ゴブリンと戦ってた時、かっこよかったですよ」
「忘れてもらえると助かります」
苦笑してその場を後にした。
分かったことがいくつかある。まず、オレたち帝国人はどう足掻いてもモンスターにも転移者にも敵わない。
これは確かにバランスが隠したくなるのも分かる。圧倒的な力の差を見れば、帝国人の幻想は崩れ、恐怖が支配し、糾弾しかねない。
後は俺も、もっと強くならないといけない、か。
重い足取りでギルドに戻ると……もう、いた。
「レンヤ・スカイさん。お久しぶりですね」
「何かの皮肉ですか、コルネ審問官」
ギルドは既に当たり前だが営業中であり、喧騒と忙しさでごった返していた。
だが、コルネさんの周りだけは時が止まったように凍り付いている。
奥にある応接室にご案内して審問が開始。何を聞かれても俺はエンドールさんのアリバイをずっと言い続けた。
「なるほど。良いでしょう、納得いく理由ではあります。では、帝都ダンジョンのことですが、何か思い出しましたか」
「だから……」
そこまで言って、俺は今回のダンジョンでフラッシュバックした僅かな記憶を思い出した。そうだ、俺は、ダンジョンに誰がいたかを……思い出した。顔までは見えない。ただ、どういう間柄だったかだけ、靄がかった記憶の中で思い出した。
「同期3人と、転移者……名前は思い出せませんが……彼らと行って、ゴブリンの大群と、炎が……つ……」
「結構です。また思い出せば話してください。そうすれば、あなたを帝都に戻すように計らいましょう」
「本当ですか……」
「ええ。戻れれば、あなたの夢が叶うのでしょう? ダンジョンの攻略と、恩人の敵討ち」
「……どこまでご存じなのですか」
「壁に耳あり障子に目あり。あなたも知っておくべきことがあるでしょう。知っての通り、ダンジョン攻略を行いますが、攻略にはウォッチとギルドからそれぞれ人員を派遣します」
「ウォッチはともかく、ギルドからも?」
「ウォッチと転移者でダンジョンの利権を割ることは許されませんが、バランスは軍事力を持ちません。そこで、ギルドの審問官以下部課長クラスに話を通しておきました。ギルドからも人を出すように、と」
さすがは審問官だ。抜かりがない。いや、この人だからこそ抜かりがないと言ったところか。
コルネさんは黒タイツに包まれた肉付きの良い脚を組み直し眼鏡越しに俺を見る視線は猛禽類のようだった。
「スカイさん、私は、最早帝国人の総力を挙げなければオリオンの転移者たちと対等にすら戦えないと信じています。その辺りはどうお考えですか?」
「対等という言葉は誉れある帝国人のプライドを傷つけない配慮ですか」
「さすがにダンジョンを生き延びただけはあって鋭いですね。その通りです。最早私たちでは彼らに勝てません。だからこそ、バランスはレベル制限を設け、土地の縛りを設けました。それでも拡大する転移者の勢力は留まることを知らない。楔は、打たねばなりません」
「分かりますし、ギルドという中立組織が潤滑油になるのも分かります。ですが、ウォッチすら警戒している理由は何ですか?」
「話すつもりはありません。あなたも職務を全うしてください」
「待ってくださいよ、せめて、ギルドから誰が出るかだけでも教えてください。まさか、グラウス課長ではないですよね」
「まさか。そんなわけがないでしょう」
確かにそれもそうだと納得した俺は職場に戻った。
当然と言えば当然だが午後からは休みになった。というか今日はもう夜勤明けだ。しばらく休もう。どうせ、すぐのすぐ馬鹿みたいに危険な任務が始まるわけがない。
帝都勤めから田舎に飛ばされた俺に白羽の矢が立つわけがないし立ったら困る。
あの恐怖と絶望は一度知ってもう一度味わいたいものじゃない。
「ちょっとちょっとスカイ君。なになに、大丈夫だった? コルネさんにさ、ほらあ、そのさ、私のことぉ――」
「言ってませんよ別に」




